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2章『結局のところすべては自分次第。』


覚えていない俺の罪。
両親は俺が原因で失ったとされている。実際のところ、本当に俺のせいだなのかは正直のところ分からない。
真相を知っているのは、誰もいない。両親は事故で亡くなり轢いたほうは今も捕まっていなくて、辺りには防犯カメラも無くて、目撃者は俺以外いない。
その俺は記憶喪失で。当時の事故を見ているひとは誰もいない。俺のせいと言う確証がなければ……俺ではないと言う確証もない。小学生の俺が先に飛び出して、それをかばったのだと言う周りの人たちの想像を肯定することも出来ないけれど、否定することも出来ない。
身に覚えのない…押し潰されそうになる罪。罪ならば、覚えていなくてもなんだろうと俺は罰されなくてはならない。そう思い込んだ。
桐渓さんに暴力を受けて暴言を吐かれて祖父に蔑んだ目で見られてきた。親しい人を作ることも人の輪に入ろうとする気もなく、ただ義務的に勉強だけしてきた。
確かに、『辛い』のだと感じることを『悲しい』んだと叫んでいたことも本当のこと。だけど、それと同時に……罰されることに『安堵』していた。

こうすることが、俺の罪滅ぼしなんだと。そうすれば、許されたような気がした。俺のせいで亡くなって、俺の記憶から殺してしまった両親に。唯一の俺の生きる証のように感じていたんだと、今ならそう思う。

だけど、伊藤が。幸せになって生きることを何よりも俺の両親が願っていたと言われて、何より伊藤自身が俺に……生きてほしいと。そう心から叫んでくれた。
ただ誰かに罰されるために生きているんだって、普通に生きるなと言う言葉を受け入れて何も感じないようにして生きていた。『罰される』ことを逃げ道にして生きることを諦めていたんだって、知った。
俺だけが安心して安堵する自己満足だったんだって。そう教えられた。両親がそう思ってくれていたこと、伊藤しか知らなかったから、俺はそれに気が付くまでずいぶん時間がかかってしまった。それは最近の、はなし。
俺は間違っていた。ただ、生きている気になって、その実……生きることから逃げてた。目を、逸らしてた。

でも、鷲尾は違う。
記憶を失っているわけでもない。謝りたい相手がいない訳じゃない。すぐに、そんなの自己満足なんだと教えてもらえる。俺なんかと一緒になったら、ダメだ。
鷲尾は……逃げないでくれ。誰からも、逃げないで。

「あと…俺は、鷲尾を責めるために追いかけてた訳でもない。」
「それなら、何故追いかけてきた?まさか僕にさっきの話をするためか?それとも情けなく逃げた僕を嗤いにきたのか?」
「……そう警戒しないでくれ。ただ、心配だったから追いかけた。それだけだ。」

何の理由はない。
鷲尾が間違ったことを言っていたからついあんな話をしてしまったけど、特になにも考えずに傷ついている様子の鷲尾を追いかけてここまで来てしまったに過ぎない。
きっとこれが『心配』していると言うんだろう。何も考えていなかったけれどすんなりとその言葉が出てきたから、きっと間違っていないと思う。

「…しんぱい?」

鷲尾は不思議そうに首を傾げる。
今まで聞かれた質問の何よりも深く疑問に感じているかのような響き、いつも真顔の鷲尾に珍しく目を点にして口を半開きにした呆けた顔。
『心配』という言葉や意味自体はきっと知っている、だけどきっとそう言われたのは初めてなんだと思う。鷲尾は、頭は良いけどずいぶんと不器用だから。

「なんでもない僕と一ノ瀬の関係だ。僕はお前に心配されるような関係じゃない。」
「…鷲尾だって、俺のこと心配してたって叶野から聞いた。俺がここに来た日、早退したことを心配していたって。」
「っそれは、叶野が勝手に言ったことだ!僕は何も言っていないっ。」

否定する鷲尾だけど、きっと嘘だ。
だって、いつも通りの鷲尾なら表情も変えず一刀両断していただろうから。いや、言ってはいないというのは間違っていないのかもしれない。叶野がそう感じているように見えたと聞いただけだ。
だけど、あながち嘘でもないんだろうとも思える。
多少なりとも、俺なりに鷲尾を理解してきたと思ってる。だからこそ、今日どうしてそんな敵を進んで作るようなまねをしたのか分からない。
どうして嫌われるように求めているかのようにああ言ったのか。俺にはわからない。理由が知りたい。それもある、だけどやっぱりいつもと違う鷲尾が心配と言うのが大きいんだ。

「……貴様に心配されるような関係でもないだろう。」
「鷲尾からそうかもしれないけれど、俺はそう言う関係だと思っている。」
「は?僕と貴様の関係なんてクラスメイトが良いところだろう?」
「俺は友だちって思ってる。叶野のことも、湖越のことも……鷲尾のことも。」

俺にとって鷲尾がただのクラスメイトならここまで追いかけることはあっただろうか、と自問してみるけど、すぐにそれはしないだろうなと自答する。
傍から見て、どう考えたってさっきの鷲尾の言動は酷いとしか言いようがない。俺に対しても……叶野に対しても。正直傷ついたところもある、それでも俺は追いかけた。
湖越が『最低だ』と言った理由は分かる、けれど鷲尾もどこか傷ついているように見えたから、それが気になってここまで追いかけた。どう声をかけていいか分からず、それでも放っておくと言う選択肢は思いつきもしなかった。
もちろん、言ったことは取り消せないし傷付ける言い方をしたのは鷲尾自身でそこら辺を擁護するつもりはないけれど、それでも掴みかかって問い詰めたいと思うほど俺は怒っていない。
傷ついたか傷ついていないかと聞かれれば傷ついた。
でも叶野と口喧嘩したり昼に一緒に過ごしたり、勉強会して教え合ったりテストの打ち上げとしてラーメン屋に行ったときが、楽しそうに見えたのはそれはきっと嘘じゃない。そう、思いたい。
勉強に熱心な鷲尾がそこで俺らに時間を割り振ったのだから、きっと鷲尾はまだ自覚がないだけで俺らと……叶野といることが鷲尾なりに価値がある、そう思える。

もし、俺のことを言っていた奴らが鷲尾と同じ状況になっても俺は追いかけると言う選択肢もおもいつかなかっただろう。

「…ともだ、ち?」
「前に、友だちかどうかわからないけれど…良い関係だと俺は鷲尾に言った。あのとき、答えを出せなかったけど……その『良い関係』を俺は、『ともだち』て呼ぶことにした。」
「は、え、唐突だな!?」
「さっき決めたからな。」
「そんなもの、お前が勝手に決めて良いものなのか?友だちがそうじゃないか、勝手にお前がそうきめていいのか?僕の意見はどうなる?友だちなんかじゃないなんて言われたらどうするんだ?そもそもなにを持ってお前は僕を『友だち』と言う。どこが良い関係なのかも、僕にはわからない。どうなんだ?」
「……」

鷲尾は真顔のままポンポンと疑問を捲し立てるよう問う。
俺は言ったことは鷲尾の頭を混乱させるものだったようだと他人事のように感じつつも、鷲尾が問うのも理解できた。
そして、どうして俺は鷲尾を気にしていたのかも理解した。鷲尾は、俺と考え方が良く似ているんだ。
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