2章『結局のところすべては自分次第。』
「…」
「……」
「………」
居ても立っても居られない気持ちに抗うことなく鷲尾を追いかけたはいいのだが、何て声をかければいいのか分からなくて、無言で鷲尾の後ろを一定の距離を保ちながら歩くしかできなかった。
鷲尾は正門ではなく裏門から帰っているみたいで、1ヶ月半ぶりに俺はこの道を通った。最後に通ったのは、あの日。伊藤に俺の罪を打ち明けたとき以来だった。
もうすぐあの広場に着く。
あの日、伊藤に打ち明けるときに、勇気をすべて振り絞ったとおもった。だけど、そんなことないんだよな。勇気はすべて使い切ることなんてない。そのときによって湧き出るものだ。
そして今。勇気を振り絞る、訳じゃない。鷲尾のことを気遣うだけなんだから、勇気を持つ必要なんてないのだから。
「鷲尾。」
「……なんだ。」
俺があとをついてきていることぐらい、鷲尾も分かっていたことだから俺が声をかけてくるのに驚くことはない。むしろやっと話しかけたか、とでも思われているのかも。
「……ちょっと話さないか。」
「……。」
何を話したいか、なんて沢山有りすぎる。だから立ち止まって話さないかと思っての提案だった。たぶん、鷲尾も俺に聞きたいことがあると思うから。
鷲尾は俺の提案に何の反応を見せず立ち止まりもしないから、無理なのかもしれない。
(無理かな、どうしようか)
思案する。これが駄目なのなら次の案を考えればいい。嫌なものをハッキリ嫌だと言う鷲尾がそう言わないから、チャンスはある。前向きに考えてみることにした。
そうこうしているうちにあの広場に差し掛かったことに俺は気が付かなかった、ただ前を歩いていたはずの鷲尾はそのまま通り過ぎずに広場のなかに入っていった。
前に広場に行ったから内部のことは知っている。記憶が正しければこの広場には通り抜けるところが無かったはず。
どういうことなのか、一瞬考えてみるけれど、とりあえず鷲尾のあとを追いかけることにして、俺も広場へと歩いた。
今にも雨が降りそうなせいかまだ暗くなる時間でもないのに辺りは薄暗く、この間来たときと印象が随分と違う様に感じた。
この悪天候のおかげか今日も人はいない。
今もなお俺に背を向けている状態の鷲尾と、その鷲尾を追いかけていた俺以外は。
「……鷲尾。」
「貴様も僕を責めるつもりで来たのだろう?当然だ。そのぐらいのことをしたのだと言う自覚ぐらいはある。
最低な奴と憎めばいい。もう二度と僕に関わろうとしないと、そう断言すればいい。詰るのも良いだろう、殴るのは顔はお勧めしない。傍から見て分かってしまうだろうからな。
身体ならば、特に胴体ならば苦しみを与えられるうえ僕が訴えない限りバレることはほぼないだろう。そちらを勧める。
安心しろ。
理不尽なことならば僕は声を大にして抵抗するが、僕の行動を省みるに一ノ瀬がそう言った報復することは決して理不尽なことではなく正当だろうと僕は断言する。」
俺に背を向けて、顔を見ることなく早口で鷲尾は捲し立てるように、通る声でそう言った。
鷲尾は今どんな表情を浮かべているのか予想も出来ない。悲しんでいるようにも、笑っているようにも聞こえる声だからなおさら。その声を出しながらどんな表情を今、浮かべている?
「……」
「どうした?そのために追いかけてきたのだろう?学校では出来ないことするチャンスだぞ。ああ、伊藤を呼んできてもいいぞ。」
なにも反応しない俺に痺れを切らしたのか、小ばかにするようわざとらしく声を高くして、手をあげる。俺は、あまりドラマは見ないけれど。
鷲尾が下手くそな演技をしているぐらいはさすがに分かった。いつまでたっても顔を見せずにいることが、俺から隠したいことがあることなんて、分かってくれと言っているようなものだよ。
「それは、鷲尾がされたいことなだけだろ。」
俺に報復の仕方のたとえをつらつらと並べているけれど、罰を与えられたいと思っている鷲尾が勝手にそうするべきだと言っているだけだ。
「……なにを言っている。」
「もし、俺が鷲尾が言っていたことを全てしたとしても。お前の感じているであろう罪悪感は消えることなんてない。自分がしたこと……俺に言ったことも。ぜんぶ。
叶野に言ったことも消えることなんてない。鷲尾がされたいことは叶野を傷つけた罪滅ぼしになんてならない。
そんなの自己満足だ。傷付けた叶野の意志を無視して、勝手に許された気になるだけ。それだけだ。言われた本人の意志なんて気にしてない。
ただ自分が、楽になりたいだけだ。」
「っお前に何がわかる、なにを知ったかのような口を利く!お前は僕のことなんて知らないじゃないか!何故そう言い切れる!!」
俺の言うことに癪に障ったのか、ついに鷲尾は俺のほうを見た。
激高している、俺に怒りと戸惑いと、悲しさの混じった顔をしている。俺の胸倉をつかんで揺さぶられる。
それに抵抗することなく静かにその答えを告げる。
「俺がそうだったから。」
至ってシンプルな、そんな答えを。鷲尾の目を真っ直ぐに見てそう言い切った。