2章『結局のところすべては自分次第。』


もめている原因となっているのは「点数」などと鷲尾の発言から推測すると、やはりテストのことについてなんだろう。
そんなに悪かったのだろうか。勉強会していたとき叶野は頭が良いな、と俺も思っていたのだが。でも、もし本当に悪かったとして……鷲尾が何故そこまで怒っているのだろうか。
そして何故叶野は

「…鷲尾くんの期待に沿えなかったのは申し訳ないけどさ、俺はこれが限界なんだよ。」

笑っているのに、どこか冷たく見えるような…突き放すような雰囲気を醸し出しているのだろうか。

「そんなわけないだろ!勉強会で出来ていただろうところまで、どうして出来ていないんだ!!お前はそんなものじゃないだろう!?」
「あー…おれ、本番に弱いタイプなんだよ。ねえ、もう終わろうよ、この話題。」
「叶野!」
「っ鷲尾くん、痛いよ…はなして…!」

心底叶野はこの話題が嫌みたいで、これ以上話したくないのだと言わんばかりに首を振るけれど、鷲尾は納得がいっていないようでなおも掴みかかっている。
叶野は苦しそうに眉を寄せて泣き出しそうにも見える顔で鷲尾に放してほしいと言うけれど、鷲尾は叶野の声が聞こえていないようで問い質している。
どうしてこうなったのかと言う詳細は分からないけれど、鷲尾が予想していたよりも叶野のテストの点数が著しくなくどういうことなのかと問い詰めていて、叶野はこの話題が嫌で細かく話そうとはせずもう辞めようと告げるも納得のいっていない鷲尾が叶野を掴んで離さない。
よくわからないが、このままじゃ叶野が本当に辛そうで泣き出しそうなのを見て、頭で考えるよりも先に叶野たちのほうへ行こうとしたとき。

「おいっ鷲尾、いい加減にしろよ!」

この騒動に気が付いた湖越が叶野に掴みかかる鷲尾を引き剥がした。
心底怯え切った様子の叶野が湖越の姿を見て少し安心した顔をしたあと、すぐ俯いてそのまま湖越の後ろに隠れてしがみついた。

「…湖越、なにをする。」
「それはこっちのセリフだ。」

鷲尾もそれなりに身長が高いが、湖越は180cmを超えている上がたいもいいので力では到底かなわないことは鷲尾も分かっているだろうけれど、屈することなく睨みつける。
湖越も負けずに言い返す。

「叶野がどうして頭が良いのに出来ないフリをしているのか気になっただけだ。」
「希望にとってそれが限界なだけだ。それに、出来ていない訳じゃねえだろ。全然見せれるし誰にでも言えるぐらいの点数だろ?お前基準からしたら、まぁちげえんだろうけどな。
あ、さっきみてえに点数を晒すの辞めろよ?これ以上希望を傷付けたくねえならな。」
「……納得がいかない、叶野がそのぐらいで終わるわけがない。出来るのに、どうして出来ないよう抑えつける?!真面目にやっている奴に失礼だろう!!」

問い質す、ではなく鷲尾は確かに叶野を責めた。
いまいち俺にはこの状況をうまく飲み込めていないのでついて行けていないところがあるけれど、鷲尾がそう叫んだ瞬間叶野が唇をぎゅっと噛みしめていたのを俺は確かに見た。
責められたことが泣くのを我慢したのか……悔しさを叫びださないよう我慢していたのか。
俺にはどっちかは理解できなかったけれど、でも、辛いって言うのは分かるんだ。
鷲尾も湖越も叶野の様子には気が付いていなかったが、叶野が自分の後ろ苦しんでいるのを湖越は察したようで鷲尾を睨みつける。

「じゃあ、お前はどうしたいんだよ。」
「なんのことだ。」
「なんのことだ、じゃねえよ。お前真剣にやってた一ノ瀬を傷付けるようなことしてたじゃねえか。それは良いのかよ。」
「っそれは…!」

湖越は俺の方へ視線を向け、そう言った。
突然自分がふたりの話題にいれられて驚く。クラスメイトの視線は俺に向き、鷲尾も一瞬俺を見た後苦虫を噛み潰したよう顔をした後すぐに視線を逸らす。

「自分よりテストが出来ている一ノ瀬を大きな声でテストの点数まで晒したうえああ言って、自分が予想していたよりテストの点を取れていなかった叶野をまた教室の、次は前のほうで?また目立つように責め立てる。
お前、何がしてえんだよ?お前言ってること、矛盾してるぞ。」
「……っ」

自身の矛盾に今気が付いたようで、鷲尾は目を見開いた。言い返せる言葉が見つからず、口を噤んだ。

「んだよ、今気が付いたのかよ。……俺よ、お前のこと気持ち良い奴と思ってたんだよ。隠し事のしないハッキリとした物言いとか、一応自分なりに筋の通った行動もここまで来たら潔いとも思ってた。
まぁちょっと空気読めねえ奴とも思ってたけど。それでも鷲尾らしいとも思ってた。」

口を噤む鷲尾とは逆に湖越は饒舌に鷲尾のことをどう思っていたのか、今日までこう思っていたことを告げる。
たぶん、湖越なりに鷲尾のことを理解しようとしたんだ。だけど、湖越が今言ってることは……すべて過去形だと気が付いた。
湖越はそこまで言って一回切って、息を吸って、吐いて……。そして

「……だけど、今は最低な奴だと思ってる。」

冷たくそう言った。
友だちを詰られて良い思いをする奴はいない。それが一番の親友なら、なおさら。
さっき俺のことで怒ってくれた伊藤と同じように、湖越も叶野を理解しようとせず傷つける鷲尾に怒っていた。
でも、きっと。湖越も鷲尾に友情は感じたんだとおもう。冷たくそう言う湖越だけど、左手はジャージのズボンをぎゅうっと握り込んでいた。彼にとって、鷲尾は本当はそんなことを言いたい相手じゃないんだってわかった。
傍から見たら気が付けた。だけど鷲尾は湖越に言われた言葉に、

「別に何とも思っていない貴様にそんなことを言われたところで、どうだっていいことさ。」

そう言い返しながら自分の席へ歩いていき、まだ帰りのHRも終わっていないのにスクールバックを持って教室を出ていった。

「、鷲尾……」

ひとり早足で教室を出ていった鷲尾の姿が強がっているようにも悲しげにもみえて、居ても立っても居られない気持ちになって声をかけながら俺も教室を出て行く。




「あれ、一ノ瀬?まじか?」
「え、あいつが追いかけるの?!」

一ノ瀬が鷲尾を追いかけたことに教室では一瞬沈黙があって、騒ぎ出す。
鷲尾が一ノ瀬に言ったことを考えれば、追いかけると思わないだろう。
一ノ瀬がクラスメイトの立場でいたらそんなことが起きたらさすがに驚いていたのだろう。
だが、混乱する教室のなかたったひとり落ち着いていて自分の席に着いて担任の岬が来るのを待つものがいる。

(やっぱり、透は透だな。)

騒ぎ出す教室の片隅で、伊藤ただひとりは口元を隠して気が付かれないよう昔を懐かしむよう笑う。
こうなっては止められないのもきっと同じで、自分はあの案外頭より身体が動く親友が戻ってくるのを待とう。そう心のなかで決めた。
自分も追いかけてはきっと、一ノ瀬が言いたいことも鷲尾が言いたいことも出来やしなくなることを理解しての上のことだった。

ほんの少しのもどかしさと早く帰ってこないだろうかと逸る気持ちと久しぶりのこの感じのなつかしさを一ノ瀬に想いつつ……ほんのちょっとだけ、なまじ頭がいいだけにどうやら妙に思い悩んでいる様子のあの堅物の荷がおろせることを伊藤は願った。
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