2章『結局のところすべては自分次第。』
伊藤のおかげで昼食に集中できたおかげか気持ちに落ち着きを取り戻す。冷静に考えてみれば俺がここまで思いつめることはないのではないか、と今ならそう思う。
人それぞれで思いは違っているのだから、鷲尾の気持ち俺が勝手に予想していいものでもないだろう。突然の鷲尾の豹変に驚いて焦ってしまってついつい考えすぎてしまうのは、あまり良くないと思う。
でも、叶野が無視されていて寂しそうなのとか、無視した鷲尾が苦しそうにしているのをせめて気にかけるぐらいは、いいのだろうか。
国語の授業中が始まって、テスト返却の最中考え事していたため俺の名前が呼ばれていることに気付かず、隣の伊藤に肩を叩かれてようやくそのことに気が付いてテストを取りに行く。
「一ノ瀬くん、頑張ったね!」
国語の時間に習ったものを暗記していたおかげでテストの結果は相応に出せた。…作者の隠された思いとか、この作品を読んでどう感じたのか30文字以内で答えよ、の問題は苦手で満点は無理だった。今の今まで国語で満点は取ったことはない。
国語担当の岬先生は、俺のことを何の邪気のない全開の笑顔で俺を褒めてくれた。
出来て当然だという環境の中で育ってきたためか、こうして褒められることに慣れていないのでどう反応していいのかわからなくて咄嗟に素っ気なく「…どうも」と不愛想に返事しかできなかった。
嫌な対応してしまった、と岬先生の反応を窺ってみたけれど嫌な顔をせずニコニコと言った効果音が似合うぐらいの全力の笑顔だ。
むしろどうして俺がこう自分の顔を窺っていることに首を傾げているので、
「…ありがとうございます。」
さっきのことをなかったことにして今度こそ言いかったことを言って自分の席に戻る。
席に着けば伊藤がテストの結果を聞いてくるので、こんな感じだったとテストをそのまま見せる。
まじまじと俺のテストを見て、少しして岬先生と同じようにパッと笑って
「やっぱりすげえな、透っ」
キラキラした無邪気な眼で俺を見て、力強く頭を撫でられた。
自分の頭がぐしゃぐしゃにされる。
ぐしゃぐしゃにされながら伊藤の顔を見る。その目は何の陰りもなくてどうしてそんな目で俺を見てくれるのか疑問だ。
どうして、俺のことを自分のことのように伊藤はこんなに喜んでくれるのだろう。きっと聞いても『親友だから』と至ってシンプルな答えが返ってくるのは、分かっているのだけれど。
この間五十嵐先生にも撫でられたけれど、あのときは余裕が無くてただ慣れないことをされたなとしか感じなかったけれど、今は伊藤に頭を撫でられて恥ずかしいようなもっとしてほしいような不思議な気持ちになる。
「…伊藤は、どうだった?」
やっぱり恥ずかしくなって、伊藤の手を掴んで辞めさせてそう聞いて誤魔化した。伊藤のテストの結果が気になっていたのも本当だった。…考え事に熱中しすぎてテスト返却していたことに気が付かなかったのだ。
「ん?あーまぁ、こんなもんだな。」
伊藤は少し口ごもりながらも俺にテストを見せてくれた。そこに書かれていた点数は62点とかかれていた。
「……前より、良くなったのか?」
「倍にはなったな。透のおかげだな。」
「…俺のおかげかは分からないが、……とりあえず、良く出来ました。」
前の点数を知らなくてどう反応をしていいべきか迷ったけれど、倍になったのなら良く出来たと思う。俺のおかげと言うが、俺は教えていただけでちゃんと解いたのは伊藤だ。
そもそも俺は国語が苦手な部類だから、他の科目ほど上手く教えられたとは思えないのだからきっと誰でもない伊藤ががんばった結果だと思う。
伊藤はどうしてか自分のテストが伸びたことへの関心が無いようだったけれど、伊藤がやってきた努力を称えたいとそう思った。
だから、さっき伊藤に撫でられたように…とまではいかないが、伊藤のそのてっぺんが多分地毛の茶色なっているところを軽く撫でた。ついでに、自分の色とは真逆の金髪も気になってそろっと撫でた。
昼間太陽に照らされた金髪はふわふわしているように見えたけれど、やっぱり無理矢理髪の色を変えているせいか痛んでキシキシしていた。髪質も俺より硬いかもしれない。触り心地が良いとは言えないけれど、つい撫でたくなる。
自分以外の頭部を初めて触れたせいかどうしても好奇心が抑えきれなかった。
「…、あの透。」
「…ん?」
戸惑いがちに俺を呼ぶ伊藤に、どうしたのかと顔を見れば心底困っているような、かと言って嫌がっている訳ではなくただ頬を赤らめ照れて居心地が悪そうな表情の伊藤と目が合う。
「……伊藤、お前も俺を撫でただろ…。」
「…するのと、されるのは違うだろ。」
「…まぁ、な。」
多分伊藤が感じているものはさっき俺が感じたもので、俺が感じているものは伊藤が感じていたものだろう。
撫でられるのは恥ずかしく居心地が悪いのに、かと言って逃げたいわけではなくもっとしてほしいような変な気持ちになるから質が悪い、と思う。
だから、今度からはこれをしないと言う選択肢を選びたくないわけで。
「……」
「……」
俺は伊藤から手を引っ込めたものの、何も言えなくなってテストの結果のことでにぎわっている教室の中、俺らだけ変な空気で無言になった。
「はい、皆そろそろ席に着いてねー!」
岬先生が教室のみんなに聞こえよう大きな声で誘導する。岬先生の声に従って賑やかながらも各々席に戻っていく。
いいタイミングで岬先生が誘導してくれてホッとする、これで伊藤と仲が悪くなるわけではないと思うけれど、それでも変な空気が流れていてどうしていいかお互い分からなくなっていたから、良かった。
岬先生は間違いやすい問題の解説をしていく。
それを耳で聞きながら窓の外をチラリと見てみると、朝は少し雲があるぐらいで青空さえ広がっていたのに今はすっかり空を覆い隠すような雲だらけで暗くなっていた。
今日は洗濯物をベランダに干したまま来てしまったから、家に帰るまで降らなければ良いのだが……。