2章『結局のところすべては自分次第。』
「……ものすごいことに、なった。」
「こんぐらい必要だろ。いくらなんでもあれだけの服だけで夏を乗り越えられねえだろ。」
そうなのだろうか……。いや、それでも多い気がする…。
昼ちょっと過ぎぐらいに服屋に行って…外をみれば空は橙色になりつつある。単純計算4時間はいたことになる。
ほとんど伊藤の着せ替え人形状態だった…。なすがままにあれもこれもと試着させられて、途中どういうわけか一人ファッションショーのようなものになっていた。他の人にすごい見られたしな…。
「やっぱり透は美形で細身だから、なんでも似合うな。」
「…そうか?」
伊藤がそう褒めてくれるけれど、毎日見ている自分自身の顔なんてただの顔でしかなく誇れるものでもなければ、好きでも嫌いでもない、何の感情も持たないものだ。
…自分の顔が好きとかただの気色悪い人間だしな。美形と言われてもいまいち反応に困る。
「髪染めても似合いそうだな。叶野ぐらいの茶髪とかも……ああでも綺麗な黒髪だから染めるの、もったいねえ気もするな」
「……俺としては男らしい伊藤の顔とかのほうが好きだけどな。」
これ以上褒められるとこそばゆいので、俺も伊藤のことを褒めることにした。本当に思っていることでもあるしな。
その意志の強そうな白目の割合のほうが多い眼も、太い眉も大きな口も、健康的な肌色もがっしりとしたその体格も俺からすると好ましい。
特に伊藤が言ったように俺は薄っぺらい身体だから、その厚みのある身体は正直少し羨ましい。
俺よりも力があるって言うのも、分かってはいたがこの間実感させられたし。自分にはないところを伊藤に言ってみると、顔が真っ赤になった。
「ああー…これきついな、身体かゆくなる。」
「……それ、俺がよく味わってる感覚だからな。」
「う、うわー…これ恥ずかしくもなるな。」
照れたように頬を掻いて、居心地悪そうに身動ぎする伊藤に思わず笑う。
「…よく、笑うようになったな、透。」
「…ん?ああ、伊藤のおかげだな。」
伊藤が俺のことを認めてくれたから、あの日の出来事が無ければ今もきっと罪悪感に苛まれてただ生きていただけだったんだろうと思う。
俺がそう返すとまた黙りこくって、そのままちゃぶ台に突っ伏してしまった伊藤に首を傾げつつも買った服を出して値段タグを切っていく。この間は俺がそのちゃぶ台に突っ伏していたのに逆の立場になった。
値段タグを切り終えて箪笥にいれていく。余白の多かったけど随分と賑やかになってきたものだ。
『夏休みには海も行くぞ!』と伊藤に言われるまま水着まで買ってしまった。さすがに夏休みまでまだ遠いのでこれは押し入れにいれておこう、そう思い押し入れの戸を引いた。
……押し入れの中にはまだ未開封の段ボールがある。未だ昔のアルバムの入った、段ボールは開けれていない。これを開けるにはまだ勇気が足りない。
いつか、開けれる日が来ればいいと思う。今の俺には予想も出来ないけれど、それでも、いつかは。今はただ日常を過ごすのに懸命だから、もっと自分を受け入れられたそのときは、きっと。
だけど今は、自分なりの友だちとはなんなのかの問いをもう少し考え詰めたい。
「今日、楽しかったか?」
ちゃぶ台に突っ伏した状態のまま伊藤が俺のことをじっと見上げている。
窺うような心配するような、不安そうな、色んな感情が入り混じっていそうな瞳で俺を見ている。
押し入れの戸を閉めて、伊藤のとなりに向き合うように座って同じ目線になって伊藤を見つめ返した。少しでも、俺の伝えたいことが伊藤に分かってもらえるように。
「……ああ、楽しかった。」
「そうか。俺も楽しかった。また行こうな。みんなでよ。」
「…うん。」
俺の返答に伊藤もパッと嬉しそうに笑う。俺も笑いながら頷いた。
友だちとは何なのかという答えは未だ出ないけれど、それでも俺が楽しいと言って伊藤も楽しかったと答えてくれたから、今はそれで満足だと思える。
ちゃんと生きると決めて、罪悪感に胸に宿しつつも自分のこととか周りのことだとかいろんなことに悩むようになってきたけれど、それでも俺は今のほうが良い。
幸せかどうかなんてわからないけど今のほうが良い。
悩みも出てきたけれど、今のところ人間関係は順調なほうだと思う。
また、伊藤の言う通り皆でああやって集まりたい。みんなが許してくれるなら、毎日だって俺は良いと思う。そのぐらい、たのしかったんだ。
こんな日常が続けば良い。心からそう思った。
この先起こることをちっとも知らない俺は、そんなことをのうのうと思っていた。
無知って、恐ろしいよな。
皆それぞれに思い悩んでいることがあるなんて、俺は少しも考えつかなかったのだ。