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2章『結局のところすべては自分次第。』


本来の予定としては本日のテストを終えたらすぐ塾だったのだが、叶野からの強引な誘いを断り切れず塾に遅れることを家にいるであろう母親に連絡した。

「あら珍しいですね。お友だちと?」
「……そう言うわけではない」

ふわふわした母親の物言いに僕はいつも苛立ちを覚えそれを隠すことなく母親にぶつけるが、笑われて流される。

「ふふ、分かりました。塾には連絡入れておきますね。ゆっくりしていってくださいね。」

ただ昼食をともにするだけだ。ゆっくりするつもりなどない、と反論しようとしたときには電話は切られてしまって思わず舌を打つ。
あのマイペースとどうして父は結婚したのか分からないし、僕に本当に母親の血が流れているのか常々疑問を覚える僕の感覚は間違ってなどいないはずだ。
……まぁ、何故叶野の誘いを断り切れない自分にも疑問を覚えるが。
普段勉強してきた結果を出すだけのことなのに、どうしてあんなに皆浮かれているのか。
どうしてわざわざ集まって打ち上げと称した昼食に行くのだろうか、そんなことを叶野に聞いても「いいじゃん!こう言うこと出来るのは学生の特権だよ!」と訳の分からないことを言われたうえ『そんな特権を使わないなんて、むしろわっしー不健全だよ?ねぇー?』と煽ってきたから…。
気付けばすぐに家に電話していた。……どうしてか、叶野の誘いを切ることが出来ずにいるのだ。
叶野が煽ってくるって言うのも理由の一つだと思うけれど、本当に嫌ならば無視すればいいそれだけのことだ。今日、叶野や一ノ瀬たちと食事していたら正直時間を忘れた。
どうして同じだけ時間が流れているはずなのに勉強をしているときとちがって叶野たちといると時間があっという間に過ぎていくように感じるのだろうか。
ああやって同級生と一緒にいることに理解が出来ない。そうして群れている時間があるのなら学生らしく勉強に費やすべきだ。それは昔も、今も変わらない。
今日は、僕はそんな群れている奴らとは何も変わらないことをした。くだらない話をするなんて誰かといるなんて時間の無駄なのに、それを楽しんでいる自分がいた。
今まで無駄だと思っていたことを僕はした。
それをして、今まで味わったことのない高揚感を、今僕は味わっている。

この場を離れるのが、惜しい。
そう思ってしまった。

「……ハァ…。」

バスを降りて溜息を吐いた。
これから、塾だ。何となく気が乗らない。いいや、やるべきだ。
学生の本分でありこれからの人生を安定していくためには必要なことである。それは分かっている。だけど、初めての高揚感をどう処理するべきか分からない。
1人で勉強しているときでは知らないことばかりだった。
誰かと言い合いながら勉強することが、誰かと外食するのがこんなに時間が短いことなんだと知るのも、抑えきれない高揚感に苛まれるのも。
さっきまでの時間が惜しいと、そう思ってこれから塾なのに切り替えられなくてもう一度溜息を吐く。

……いいや、それじゃいけない。
僕はもうこれ以上父の期待を裏切るわけにはいかないのだ。
ただでさえ僕は高校受験を失敗しているのだから、ちゃんと言いつけ通り勉強して、今度こそ体調管理を万全にしなければいけないのだ。
勉強する時間を増やすためにこの高校を選んだのだ。塾と家庭教師の時間を増やして学校での勉強はその復習としてやればいいのだと割り切ることにして、この水咲高校を選んだ。

他のクラスメイトと僕はちがう。
こいつらと違って僕は努力して上へと目指していかないといけない。
他の奴らとかかわっている暇なんて、僕にはない。今から勉強しないといい大学には受からないのだ。
母は『そんなに無理しないでいいんですよ』と悠長なことを言うが、そんなわけにはいかないんだ。

今度こそ、ちゃんとしないと。今度こそ、父に認めてもらわないと。そうしないといけないんだ。

無理矢理さっきまで騒いだ記憶と自身の胸に宿る高揚感を隅に追いやって、勉強への意気込みを新たにした。
今度こそ。父の期待に応えないと。

使命感に捕らわれて急いで家に帰った。

父の期待に応えることこそ、僕の役目だとそう思い込んでいた。

父の期待に応えたその先のことなんて考えもしないで、ただ言われた通りを追いかけていることに夢中だった。

本当の意味で『自分のしたいこと』なんて考えもついていなかったことに、僕はそれに気づくことも出来ないぐらいそのぐらい追い詰められていたんだと。
僕は、気付かない。気付かない、ふりをしてた。そうすれば傷つかなくて済んだから、だ。

水咲高校は進学校ではない、一般的な高校だ。せめてそのぐらいのレベルのなかで僕は1位をとらねばいけない。
予習復習もしてきて、塾と家庭教師の時間を遅らせ勉強会までしておいて成績なんて下げたら何を言われるか考えたくもないし、そんなこと考えるつもりもない。
いつかは、一ノ瀬に勝つのが第一の目標にしなくては。
父にはまだ一ノ瀬が来たことを言っていないが…次のテストで勝てなくとも、この在学中に勝たなくてはならない。

絶対にそうしなければならないのだから、そうするのだ。
それが自分自身がしたいことなのか強迫観念なのか。今の僕にはわからなかったけれど、でもそうせねばならない。そう、しなくてはいけない。

それが僕の義務なのだから。
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