2章『結局のところすべては自分次第。』
カタン、カタン
定期的に電車が揺れて、そんな音が耳に残る。
「テストどうだったー?」
「勉強会していたおかげか、いつもより解けた気がする。」
「そっか!勉強会誘ってよかったなー。」
いつも俺が聞くと誠一郎は歯切れが悪そうに「…まぁまぁ」と言うのに今回はさらっとそう言えるぐらい自信があるようだ。
うんうん、俺が教えるときより一ノ瀬くんから教えてもらったときのほうが断然理解していたもんね、ちょっと妬けちゃうけど、確かに一ノ瀬くんの教え方はうまかった。
ちゃんと理解できていないと勉強は教えることは出来ない、数学なんて俺って結構感覚的にやっているところあるから、それを言葉にするのはかなり難しいのに、一ノ瀬くんはうまいこと無口ながら要点を突くのが上手かった。
質問してもその無表情な顔を少しも変えずに、かと言って馬鹿にする訳でもなくただただその質問に真摯に向き合ってくれる。
出会った当初はその無表情さに正直、ちょっとだけ怖いなと思ったけど質問に無表情で真摯に向き合ってくれているところに安心さを覚えるんだよ、一ノ瀬くんって不思議な人だね。
「お前はどうだった?」
「……俺は、いつもどおりだよー」
変わった誠一郎の返答とは逆に俺はいつも通り変わらない返答。変えることができない、返答。
そんな俺のことを察してくれたように、あえて気にしていない顔をして「そうか」とだけ返してくれる誠一郎に俺は救われている。
誠一郎は勉強が出来るようになること自体は喜べる。親友が良い意味で変わることに喜べる自分に、安堵を覚える。
でも、臆病な俺は変わることが出来なかった。
あれだけ勉強会を誘ったのにね、鷲尾くんにもあんなに強引に誘っておいて、他人には『変われ』と強要しておいて、そんな自分は『変わることが出来ない』ただの臆病者。
なんて醜いのだろう、過去の自分が今の自分を嘲笑う。
決してね、今のままで良いとは思っていないよ。変わりたいと思う、変わりたいと思うのに変われない。変わりたくないと思えたなら、こんなに自分が嫌いにならないんだろうな。
鷲尾くんのように周りのことなんて気にせずに自分を押し通すことが出来たのなら、もう少し生きやすいのかもしれないね。
「…自分のこと、あまり責めるなよ」
「……うん」
押し黙る俺に誠一郎は元気づけるかのように軽く俺の肩を叩いてそう言ってくれる。
誠一郎、今の俺が唯一信じられる、大事な友だち。
俺のことを見捨てないで、親友と言ってくれる、そんな存在がいることは確かに俺の心の支えとなっている。誠一郎がいなかったら、今俺はこの場に立っていなかったとも思う。
愛する家族がいて俺のことを裏切らない親友が1人でもいる、きっと俺は恵まれていると思う。
俺よりも不幸な人間はたくさんいる。そんな中だったら、俺は全然恵まれていると思うし、俺は世界で一番不幸だなんて口がさけても言えない。
そんな恵まれた環境の中でこう思うのは、ぜいたくなのだろうか。
おれは、このままでいいの?
人に囲まれて1人でいたくない、そのくせ心は冷めきって誰のことも信じられないままで、本当にずっとこのまんまで良いんだろうか、と。
家族や誠一郎に聞けば「それでいい」と返してくれるんだろう。俺が傷つかない答えを探して、そう言ってくれるんだろう。
その気遣いはとてもありがたいものであり、とても罪悪感を覚えるものだ。
気遣わせてしまった。言わせてしまった。……申し訳ないな、とそう思ってしまう。
常に不安にさいなまれながらも、平気な顔を張り付けて日々をなんとか乗り過ごし続ける。たまに、誠一郎にバレちゃうけど、完璧に自分の思っていることを言えずにいる。
……俺の悩みをもし一ノ瀬くんに聞いたら、勉強のことを質問したときと同じように表情を変えずに、でも真摯に考えてくれるのかな。
伊藤くんに聞いたら、俺が考えつかないようなことが返ってくるのかな。
鷲尾くんに聞いたら……怒られちゃいそうだなぁ。
ああ、もう。一ノ瀬くんには偉そうに一緒にいて楽しいと思う人を友だちと定義していいんじゃないかな、とか言ったけど!俺もわかんないや!送った内容がすべて嘘ではない、あの答えは俺の、理想的な答えだった。俺がいつかそうなりたい、そう戻りたい答え。
小さいころは本当にそう思っていた答えなのに、なぁ。
今はもう分かんないや。
でもね、クラスで孤立しそうな雰囲気のするクラスメイトをそのままにしておくことは出来ないんだよ。一ノ瀬くんも伊藤くんもそうだけど。
一番気になるのは、鷲尾くんきみなんだよ。
鷲尾くん。
勉強だけは確かに裏切らないけどさ、人間は裏切るんだよ。他人も。……自分も。
だからさ
俺みたいになっちゃいなよ。
俺みたいに、テストをそれなりの力で済ましちゃおうよ、そのほうが、楽だから。
そのほうが何も気負うことないよ。
なんて、本人に言うつもりはさらさらないけど、さ。