2章『結局のところすべては自分次第。』
湖越と叶野が噴き出し、店員に怪訝そうに見られつつラーメンを慌てて食い終えていた。
視線が恥ずかしかったみてえで二人とも俺に自分たちの分をわたした後『俺らは外で待ってる!』と言って店を出ていってしまった。
「どうしたんだ、あいつら」
「……さぁ」
「気にすんな。とりあえず食っちまうぞ。」
湖越たちがいなくなったので唐辛子をとることに漸く成功する。
4、5回ぐらい振ってぶっかける。
「……」
「んだよ、透…鷲尾も」
「…鷲尾、席交換しないか」
「断る!」
「…そうか。」
「だから、なんだよ」
俺がそう聞いてもなんでもない。と珍しく透と鷲尾がはもる。
鷲尾も「先に出る」と言って席を立ってしまった。
「こいつと同じレベルと思われたくないからな。」
…俺も人のこと言えたものではないが、鷲尾は口が悪い。
嫌味とかではなく本気でそう思っていてそれを隠すつもりのない感じがするのが、まぁ苛立つ。
「あんだと?」
「……頼むから、俺を挟んで喧嘩しないでくれ。」
俺らの間に挟まれた透は居心地悪そうに身動ぎしながらそう言うもんなので「あ、悪い」と謝って鷲尾に食いつくのを辞める。
さっきも透に言われたばかりなのによ、本当自身の頭の悪さ加減に呆れる。
「あと、鷲尾。…言いすぎだ。」
「ふん。……まぁ、悪かったな。」
「……あ?」
「全般的に僕が悪いと思ってはいないがな。」
一瞬何を言われたのか分からなくて、間抜けた声をあげてしまう。
余計とも言えることを言っていたことをようやく理解して言い返そうとしたときには鷲尾はもういなくなっていた。
「……そんなに、意外か?」
「……。」
ずぞーと少し間抜けた音をたてながら汁を飲んだ後、俺に首を傾げる透。
透の言う通り、渋々ではあるし完全な謝罪とまではいかないが、あんなに透の言う通りに謝るのに驚いてしまった。
「…多分鷲尾にはちゃんと伝えれば、理解しようとはする、と思う。…口は悪いけど、な。」
「……そんなもんか」
「……たぶん。」
透も確固たる自信はないようで曖昧な返答が来た。
…確かに鷲尾の謝罪にも驚いたけれど、透が鷲尾のことを理解していることにも驚いてしまった。完全な理解、とまで行かないのだろうけれど。まぁそこは人間同士完全な理解することは出来ないだろう。
元々透は人のことをよく見ているほうだ。前も確かに良く見ていたけれど自分のことを守るためにあえて見ないふりをしていたところがあったんだと思う。
昔も整った顔立ちとその頭の良さからかクラスの女子からモテていて、困っているところを気にかけて助けてあげることがあると、それを自分への好意なのだと自分は特別なのだと勘違いされたり、周りからその子がいじめられるのを見てきたから、したくても出来なくなっていった。
今は自分の身を守るための理由も忘れているから、こうして気にかけられる。のかもしれない。記憶のある透とない透の違いが今目の前で起こっていた。
忘れているからこそ、出来たこと。俺は、1人でいたところに透に気にかけてもらって1人じゃなくなって、透と一緒にいるようになって。俺は救われていてうれしかったけれど。
俺以外を寄せ付けようとしない透に、なんとも言えない気持ちだった、俺が近くにいることを許されて嬉しくあると同時にこれでいいのかと言う後ろめたさがどこかにあった。
けれど記憶のないまっさらの状態の今なら、透は自分がしたいことが出来る。今の透が生きていく上で、過去の記憶なんて必要はないのかもしれない。思い出したところで、思い出そうとしている今でさえ苦しいと思うのなら、いっそのこと……。
「……伸びる、ぞ?」
「…あ!」
透に指摘されて俺の前にあるラーメンに集中する。あえて一つの可能性に行きついてしまいそうになったことをなかったことにしてラーメンに集中した。自分の都合の悪いことから見て見ぬフリをした。
俺が激辛ラーメンを食べているところを苦々しく見つつも食べ終えるのをなんだかんだ隣に座って待ってくれた透とともに会計を終えて店内からでた。
叶野たちは店の出入口付近で待っていた。叶野と湖越は先に出たことを謝られて、その謝罪を軽く流した後、
「よし、今度の期末の打ち上げはファミレスかな!」
叶野は凝りもせず笑顔でそう提案する。
「…またするのか。」
「いやいや、ご褒美は大事だよ!苦しみのあとに楽しみが待っていたほうがいいっしょ。それにわっしー楽しかったんじゃなーい?」
「知らん。」
うりうりと指先で突く叶野に、鷲尾はそっぽを向いてしまった。頭ごなしに否定しないぐらいには悪くはなかったようである。
「鷲尾って素直じゃねえな。」
湖越の独り言のように呟いたことばに俺と透は頷いた。
叶野も湖越もこの後バイトで、鷲尾は塾らしいのでここでお開きとなった。鷲尾はバスだからここで別れ、湖越叶野とは逆方面だから駅で別れる。
初めての学校外、しかも透以外とは初めての食事は案外あっけなく終わったが、こんなものか、と納得もしている。
「この後何すっか。」
「……夏用のYシャツを、買いに行きたい。」
今日はバイトをいれていないし、透もバイトしてないから二人で過ごすことになるだろう。このまま透の家に行ってもいいかと思いながら透に何かしたいことがあるのかと問うとそう返ってくる。
ああ、確かに暑いのが苦手な透だ、今は長袖のYシャツの袖を捲っているが鬱陶しいとでも思っているんだろう。
「じゃあついでに何か服も見ようぜ」
「…いや、それは」
「…あの量の服で夏乗り越えられるのかよ?」
俺も買おうかとも思いながら提案するが透は気が乗らないようだったが、俺は食い下がらなかった。
その理由と言うのも、どういうことか透は持っている服が異様に少ない。
長袖も少ないが、夏服にいたっては本当数着しか持っていないのだ。確かに夏の晴れた日はすぐ乾かせるだろうが、汗臭くて着替えたくなったときとかのためにも余分にいくつか持っておいた方が良い。特に透の部屋は冷房が無いのだから。
俺が言いたいことがわかったんだろう、透は渋々ながら頷いた。
「よし。じゃあ駅前のほう覗いてみるか。」
「……お手柔らかに」
「それは出来ねえ約束だな。」
せっかくの美形なのだから着飾った方が良い。そう幾度となく言っているが透は嫌そうな雰囲気を隠さず、むしろ積極的に醸し出している。
美形の真顔は迫力があるが、まぁ透の場合普段とそこまで変わらない表情なのでスルーする。
俺が聞く耳持つつもりはないことを察したようで、溜息を吐かれる。…こうして、また透と遊べることがまるで奇跡のようだな。
最近やっとここに透がいて隣を歩いていることに現実味を帯びてきたけれど、いつも夢にまで見た光景だったんじゃないかってこれは現実じゃなくて夢だったんじゃねぇかって、朝起きたときたまに思う。
だから、朝待ち合わせていくときそこに透がいると安心する、待ち合わせたとき俺より後から透が来るときは夢でも妄想でもなかったとやっと安心する。
透も俺に打ち解けてくれてうれしい。うれしいんだ、うれしいはずなんだ。
たとえ、透が俺のことを覚えていなくても。
「……」
ぐっと無意識に拳を握りしめていたことに気が付いて、透にバレていないか横目で見つつ意図的に力を抜いた。