2章『結局のところすべては自分次第。』
そのあと1週間とちょっとの間、放課後勉強会を開いたり伊藤が家に来て勉強をしたりして中間テストに備えた。
テスト期間、と言うだけでほとんどいつも通りの日常と変わらない気がした。いや、ちょっと違うのかもしれない。テスト期間前は伊藤と2人でいることが多かったけれど、勉強会を定期的にしていたから叶野たちと過ごす時間が長くなった。
特に、鷲尾は放課後残るようになった。『一ノ瀬の教え方はためになる』とは言っていたが、結局のところ俺はほとんど伊藤と湖越に付きっきりで、鷲尾は叶野と指摘し合うほうが多かったけれど。
鷲尾も楽しそうにしていたと思う。笑っていたかいなかったと言えば笑ってはいない。けれど、遠慮なく言い合えるのはきっと良い関係だと思える。
……それが友だちとして、なのかどうかは俺には分からないけれど。不思議な関係性だなと思う。
勉強会をしたり、伊藤と2人で勉強をしたりとテストまでの期間を過ごし、漸く今日『テスト』と言う縛りから解放された。
「と言うことで!テストお疲れ様でした~!」
「お疲れさーん」
「おー」
元気な叶野の声とそれに少しやる気の無さそうに形だけ労わる言葉を出した湖越に、それに適当に相槌を打つ伊藤。
俺はこくり、と頷いた。
俺の隣に座る鷲尾はもはや無言である。
今、俺ら5人は学校の近くにあるラーメン屋に来ている。
元々ラーメンに行こうと伊藤と約束していたけれど、何故人数が増えているのか。
それはテストが始まる前日に叶野が『ねえねぇ、テスト終わったらさみんなで打ち上げいかない?親睦をさらに深めようぜ~!』と言ったことがきっかけだった。
俺と伊藤に叶野、湖越は同じく電車通学なのだが方面が違うし、鷲尾はそもそもバス通学だ。高校近くじゃないとそれぞれ遠くなってしまうので、近くのラーメン屋に行こうと言う話になったのだ。
鷲尾は最初叶野の誘いを断っていたのだが、どうやら粘りに粘ったらしい。昨日まで『僕はいかないぞ』と頑なに言っていたのだが、叶野はどれほど粘り何を言ったのか不機嫌そうな顔をしつつも俺らに着いて来ていた。
「…たかが学校のテストだろ。こんなことする意味あるのか?」
「一仕事終えた後のラーメンのうまさを知ってもらおうと思ってさ~。ほらほら早く食べないとラーメン伸びちゃうよ。」
眉を寄せてそう聞く鷲尾にのらりくらりと交わしながら叶野はラーメンを啜った。
鷲尾は叶野の言うことに納得したのか問い詰めることをあきらめたのか、1回溜息を吐いてラーメンを啜る。
「カルボナーラ―メンの味は?」
「……意外とうまい」
新発売、と派手なロゴにつられてつい頼んだカルボナーラとラーメンを一体化させた名前そのまんまのそれは意外と、と言うのは失礼かもしれないが、うまいと思う。
「おおー一ノ瀬くんがラーメン食べてる……!」
「……そりゃ、食べる。」
珍獣を見るような目で俺を見てくる叶野に少し呆れた気持ちで返した。
そんなに俺がラーメンを食べているのは意外なのだろうか。別にラーメンが嫌いな訳でもないし俺は叶野達と同じ人間なのだしカップ麺だって普通に食う。…それより、伊藤の方がすごい。
「叶野が言いてえことは何となく理解できるけどな。まぁ透も俺らと同じ男子高校生なだけだ。」
「いや、つか伊藤の食ってるその赤い物体はなんなんだよ…。」
「『泣く子が泣き叫ぶ赤鬼激辛ラーメン』だな。」
「うん。伊藤くんのほうが、なんか違う生き物に見えてくるね!」
「隣にいるだけで目いてえんだけど。…おい、一ノ瀬。伊藤のその唐辛子をとろうとしている左手を止めろ。」
「……もう数回は止めてる。」
伊藤が何度目の前で唐辛子をとろうとして、俺はそれを何度はじいているやら……。伊藤の両隣りである湖越と俺はすでにその刺激的な匂いで若干目に来ているのになんで平然と食ってんだ……。
「…伊藤貴様、味覚までもおかしいんじゃないか」
「おい、までってなんだ。」
「自覚がないのはよっぽどだな。」
「……俺を挟んで喧嘩しないでくれ。」
両隣で言い争われたらたまらないと手を挙げて懇願する。
「あはは、二人が一ノ瀬くん取り合っているようにも見えるねー。」
「いや、金髪の不良と強気な優等生の仲を取り持つ大変なやつにしか見えねえよ……。周りの迷惑になるからそのぐらいにしとけよ。」
おもしろがっている叶野と俺を哀れに思ったのか助け船を出してくれる湖越。
昼時で周りの席も埋まっていて俺らに負けず劣らず店内は賑やかで多少騒いでも目立ちはしないとは思うが、万が一があったら困る。
湖越の言葉に渋々ながらも言い争いを辞めてくれた。良かった。
「透、唐辛子をわたせ」
「……断る。」
「そう言いながら僕にわたすな。」
いくら弾こうと伊藤の左手が唐辛子をとろうとするので、ついに俺が没収したら凄まれる。
渡したら最後、きっとこの左手は見ていてこっちが辛くなるほど大量にこの唐辛子をいれるのだろうと言うのはすぐに予想できた。ので、すぐに鷲尾に渡した。
何故僕に……とぶつぶつ言いながら自身の醤油ラーメンに数回振りかけて、伊藤から手が届かないところに置いた。
俺の確固たる意志に伊藤は軽く舌打ちして、湖越側にある唐辛子をとろうとしたのか振り返る。
「…希望、パス」
「えー俺ラーメンには唐辛子入れない派なのになぁ。」
察したのか湖越が素早くとなりの叶野に唐辛子を渡した。
これでもう座ってとるのは出来なくなった、立ち上がって鷲尾か叶野から強奪するしかない。
しばらく伊藤はどうするか迷ったように俺のほうと湖越のほうを左右に数回見て
「……そんなに、か?」
「……そんなにだ。」
意外そうに呟く伊藤に俺は頷いて返す。
そうか、と納得していないのかしたのか分からないが、大人しく赤いラーメンの汁を飲み始めた。
「……まぁこれでもうめえんだけどよぉ…。」
未練がましくそうに物足りない顔をしながら伊藤がつぶやいたと同時に湖越と叶野のツボに入ったのか噴き出した。