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2章『結局のところすべては自分次第。』


俺から見ると後姿しか見えないが、あの真っ直ぐな姿勢で勉強しているのは確実に鷲尾だ。
随分早い時間に来ているのだな、と少し意外だった。鷲尾は勉強に集中しているようで俺が来ていることに気が付いていないようだった。
そうだ、今なら二人で話せる。荷物を自分の机の上に置いて鷲尾のほうへ近づいた。

「……おはよう」

鷲尾に自ら声を、さらに挨拶を自分からするのは初めてのことなのでちょっと緊張したが、

「一ノ瀬か。今日は随分早いな。どうした?」

俺の緊張しながらした挨拶を返さず要件を即求めてくる鷲尾になんとなく安心する。
要件はなんなのかと堂々と言ってくれた方が俺も言いやすいので、結構ありがたいと思ってる。

「……友だちって、人それぞれに答えが違うらしい。」

順序良く話そうとしようとしたのだが、うまく口がまわらず端的な物言いになってしまう自分に苛立つ。時間かかれば相手がどう思うのか心配になるし、こうして少し焦っていると端的にしか言えない。

「…そんな曖昧なものなのか?」

鷲尾が相手だったので、頭の回転が速いおかげか何のことなのか察したようで、会話をつなげてくれた。ありがたいと思うと同時に自分が情けないとも思う。
鷲尾の言葉に横に首を振る。

「……曖昧、とは違うと思う。ただどんな存在なのか、それはその人にしかわからない、て。」
「考えれば考えるほどよくわからんな。結局あれか、自分で答えを見つけるしかないってことか?」

その言葉に次は首を縦に振る。顎に手をやって考え込む鷲尾に、俺は一つ質問する。

「……鷲尾は、今は友だちが欲しいと思う?」
「さあな。」
「……俺は、前はいらないとかじゃないけど…俺には、出来るはずがないって、そう思い込んでた。」
「…。」
「でも俺が良いって、伊藤は言ってくれた。どんな存在が、友だちと呼べるか分からない。けれど、そう考えこまないでいいんだ、て。そう言われた。俺は、考えすぎるって言われた。」
「考えこまない?考えなければ分からないだろう?考えこむのは人間の特権だろう?それを駆使しないのは動物同じだろ?」
「…俺は鷲尾の言うことを、否定はしない。そう言う考えが、自分にあるよう……ほかの人はまた違う考えがある。それだけ、だ。」
「……」
「…勉強の邪魔して、ごめん。また、話そう。」

少し偉そうだっただろうか。
確かに、そうして自身の意志を曲げずにいることを否定するつもりはさらさらないし、鷲尾の美点とも思う。だけど、その鷲尾の考えをほかの人に求めるのは違うと思った。
鷲尾は鷲尾であるように、俺は俺で、他人は他人なのだ。
他人の意志をすべて肯定しろとか受け入れるべきだとかそんな押し付けはしないけれど、ただ知っておいてほしい。鷲尾には信じられない考えをして生きている人がいると言うことを。
自分の意志を他人になにか言われたら苛立ちを覚えるのと同じように、他人の意志を自分がなにかを言うのも同じだ。それだけは、知っておいてほしかった。

「…貴様の意見は分かった、頭の隅にとどめておくぐらいはしておいてやる。」

席に戻ろうとして鷲尾の堂々とした声が教室に響いた。
俺は鷲尾のほうを振り返るけれど、鷲尾は俺のほうを見ることなくノートに問題を書き進めている。

「……ありがとう。」

今、勉強に夢中になっているから聞こえているか分からないけれど、それでも俺の言ったことを蔑ろにしなかったことに感謝した。


あの後すぐに伊藤が戻ってきて、他のクラスメイトもぼちぼちやって来て、叶野と湖越も登校してきた。
俺たちに挨拶をして叶野は机に鞄を置いて、
「このがり勉野郎さんっ」
「五月蠅い、チャラいの」
また、鷲尾に絡みに行っている。
最初は叶野の絡みに鷲尾は静かなのだが、煽られ続けることによって少しずつヒートアップしていくからどんどん声が大きくなる。
クラスメイトは鷲尾と叶野に集中していたが、俺の視線は湖越に向けていた。いつもどおりの様子に少し安心する。昨日メールが来なかったのは体調不良じゃなかったようだった。
どうしてメールが来なかったのか、疑問は残るけれどあまりしつこすぎるのは良くないだろう。
湖越が言いたくなったとき、そのときでいい。
漸く鷲尾とのじゃれ合いに一段落が付いたのか叶野は席に戻る。
時計を見れば、もうすぐ予鈴が鳴る時間だった。……トイレ、行ってくるか。

「……トイレ、行ってくる」
「おー急げよー」

伊藤に声をかけてトイレへ向かうべく教室を出た。

「あっ俺も行っておこっとー」

叶野も俺の後を追う様についてきた。
軽い雑談をしながら二人で廊下を歩く、と少しして叶野は周りをきょろきょろと見回して、辺りに誰もいないのを確認したようでホッと息を吐く。

「昨日はあんまり煮え切らない答えになっちゃってごめんね?うまく言葉が出て来なくてさ」
「…いや、俺こそ答えにくい質問して、悪かったな」
「ううん、まぁ確かに答えにくいけど考えてみないと案外自分の思っていることにも気が付かないものだよ」
「……そんなものなのか。」

昨日は考えなくてもいいと言っていたけれど、考えないと思っていることにも気が付かないものなのか。理解していこうとすればするほどよくわからない。

「うん、そんなもの。俺は考えてないから考えないといけないけど、一ノ瀬くんはたぶん考えすぎるから考えない方がいいよって言っちゃったー」

ちょっと矛盾するねぇと叶野はのんびりとそう言った。
……要は、それも人それぞれで考えない奴もいれば考えすぎる奴もいる、と。盲目的になってしまうから、時折バランスをとってやらないといけない、と言うことか…?

「なかなか単純そうに見えて難解で、難解そうに見えたら案外その辺に転がってるんだよねぇ。なんだか、皮肉だよね…。」
「……むずかしい、な」
「ま、ちゃんと理解してる人のほうが一部分だよ。結局自分が良ければすべて良しで治まっちゃうのが人間だからね。」

そう言う叶野はどこか冷めた目をしている気がしたけれど、すぐに馴染みのある笑顔を俺に向けた。

「あのさ、誠一郎上手く答えを文章で伝えられなかった上に昨日弟くんが熱出しちゃって大変だったみたいでね、メール出来なかったんだって。
誠一郎も口下手なところあるからさ、本人が言うまで待っててあげてほしいなーて。」
「……わかった。弟、いるんだな」
「そうそう!弟も妹もいっぱいだよ、誠一郎の家!」
「…大家族、なのか?」
「うん、テレビでよく見るような…ビックマミィみたいなかんじ!」
「……へぇ、大変そうだな。」

夕方の報道番組でやっている大家族で暮らす肝っ玉母さん、と言う特集だった気がする。ああいう感じなのか。名前からして長男なのかもしれない。
そうか、湖越本人じゃなくて家族の方が体調崩していたのか。俺のことより家族のことを優先してあげてほしいし、むしろ俺のことを気にしなくていいとも思う。
答えにくい質問だと言うのも察したので、無理強いするつもりは元々なかったが、さらに強固となった。
叶野と雑談しながらもトイレを終えて教室へと戻った。その日1日、いつも通りの日常だった。
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