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2章『結局のところすべては自分次第。』


「そう言えば、昨日誰とメールしてたんだ?」
「……叶野。」
「あ、叶野からか。」

少しだけ気まずそうに伊藤に聞かれて、隠すことなく答えれば少しほっとしたような表情だ。伊藤も叶野に対して信頼していると思う。確かに俺が転校してきた日も伊藤に普通に話しかけていたしな。
いつも通り、公園で待ち合わせて伊藤と学校に向かっている途中だった。
昨日のことを気にしている素振りを見せなかったけれど、歩きはじめてしばらくしてそう聞かれた。
気まずそうにしながらも俺のメールの相手が気になってしまったようなので、俺も内容は言えないが相手がだれかぐらいは特に隠す必要性はないだろうと判断して普通に答えた。
これは、もしかしたら叶野とメールしているのを隠していたらまた大変なことになっていたかもしれない。素直に答えてよかった、と思う。
また昨日のことを謝りそうな雰囲気の伊藤に、無言で首を横に振ってそれを拒否した。もう済んだことだ。もうほじくり返そうとしなくていい。そう思った。
本気で俺が嫌がっているのを察したのか、少しだけ伊藤の肩が抜けた、のを見計らって

「うぎゃっ!」
「……はい、昨日の仕返し。」

油断して俺から視線を外しているところで、素早く背後に回り込んで両方の腋の下に両手を突っ込んだ。
突然道の真ん中で伊藤の情けない声が響いて、周りの社会人や俺らと年の変わらない学生が伊藤の方に注目した。
周りの目が伊藤に向いているのを見て、俺は少し早足で……伊藤から逃げるように先に行く。
何をされたか分かっていない様子の伊藤だったが、周りの視線が自分のほうへ向いているのに気が付いたようで「とおる、待ててめ!」と大きな声で言いながら俺のあとを追いかけてくる伊藤の気配を背後から感じる。
俺が早足で逃げているのを合わせているのか、伊藤も走ってはおらず同じように早足だ。なんだかそれが面白くて、自然と早足だったのが、普通に走ってしまった。
伊藤もまた俺に合わせて走った。何故か謎の鬼ごっこが始まってしまったことが、面白くて仕方がなかった。

まあ、足の速さも体力も伊藤のほうがあるので駅に着く前に捕まってしまった。

「……ははっ」
「…ははは!」

何で朝から鬼ごっこしながら駅まで行っているんだ、とお互い正気に戻ったが、この変な状況が面白くてつい笑うと伊藤も笑った。
傍から見れば、でかい男子高校生が二人でなにしてるんだと見られてしまうんだろうけれど、そんな周りの視線なんて関係なかった、どうでもよかった。
ただただ、伊藤と声を出して笑いながら改札を通った。走って来たおかげでいつもより一つ早い電車に乗れてしまった、そりゃあれだけ走ったらそうなるだろうと冷静に考えれば、今も頭が冷静ならただそう思うだけ何だろうけれど。
今は「マジかー」て伊藤が言っただけでも笑ってしまった。きっと今ならほんとうに箸が転がっても笑えると思う。
いつも通り、だけどいつも以上に楽しく今日は電車に乗りこんだ。


普段よりも1本早いだけだが、人は意外と少なかった。部活も今はテスト前なので活動しているところもなく静かなものだった。
下駄箱で靴を履き替えていると

「あれ、伊藤くんに一ノ瀬くん。おはよう」
「っす」
「……おはようございます。」

職員用玄関から来たのであろう岬先生がすれ違い、少し意外な顔をして俺らに声をかけた。

「今日は早いんだね。」
「あーまぁたまたまお互い早起きしたんで。」

さすがに『鬼ごっこしながら今日来たんです』とは言えなかった。
ちょっと面白くなって高校までの道もずっと軽い鬼ごっこのようなものをしながら来たら、こんなに早く登校してしまいましたしたなんて言えるはずもない。
伊藤が適当に誤魔化しているのを俺は無言を貫いた。

「?そうなんだ。たまには早く来るのもいいよね。」
俺らの挙動がおかしかったのか、少し首を傾げつつも岬先生は誤魔化されてくれた。
このまま別れようと思ったのだが
「…あ、そうだ。ごめんね、伊藤くんちょっと今いいかな?」
すぐに少し申し訳なさそうな声で伊藤を呼びとめた。

「なんすか」
「すぐ終わるんだけどね。
ちょっと出席について話さなきゃいけないことがあってね…」
「あー…はい、了解っす。
悪い、透先に教室行っててくれ」
「……分かった。」
「一ノ瀬くんもごめんね。すぐだからね。」

伊藤個人のことで、きっと岬先生だからとにかく話を聞くこともなく怒ることは無さそうと思い、後ろ髪を引かれるような気持ちになりつつも先に教室に行くことにした。
少しだけ、周囲を見回して……桐渓さんがいないことを確認して、自分の教室へ向かった。


3階を上り切って自分の教室のドアを開けると、だれもいなかった。
真っ直ぐ伸ばした、前のほうの席に座る鷲尾以外は。
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