2章『結局のところすべては自分次第。』
家に着いてしばらくテレビを見て雑談して、一休みして勉強しようと英語の教科書を開いた。
元々数学より興味があったのか、昨日一昨日で勉強するコツを掴めたのか俺に聞くことなくさらさらと日本文を英文にしていく。
分からないところは聞いてくるだろうし、俺も自分の勉強をしよう。なんだかんだであまり自分の勉強をしていなかった気がするしな。
一昨日伊藤と勉強したとき久しぶりに数学の勉強をしたが問題は無さそうだったし、持って帰ってきた教科書を復習がてら流し読みすることにした。
「……」
「……」
しばらく部屋には、俺の教科書の頁を捲る音と伊藤がノートに英文を書く音とテレビの音だけが響く。
気付かれないよう様子を窺ってみるけれど、特に戸惑っている様子はない。悩みもせずさらさらと書いている。特に得意とも不得意ともなにも言ってはいなかったが、英語は得意科目なのかもしれない。
伊藤に聞かれたら答えればいいし、やってみてそれを見て間違っているところを指摘すればいいか。
俺も教科書に集中しよう。
今度こそ集中しようと目の前の教科書に意識を向けた、と同時に机に置いていた俺の携帯電話が震えた。メールが着たらしい。
誰から、と思ったらそこに出ていたのは『叶野希望』の文字。
昼休み後で送ると言う約束のことだろう、そう思いながら携帯電話を開いた。
自分が思った以上に叶野達の答えが気になっていたんだな、と叶野からのメールだと認識した瞬間すごい速さでそれを開いて見てしまったのをどっかの冷静な部分が自分のことながら引いている。
一瞬何してんだろ、とか思うけれどそれよりも、とメールの除く。
『やっほーさっきぶり!昼に言ってた俺なりの答えなんだけど、結構恥ずかしいこと書いちゃったからさ、絶対誰にも見せないでね!特に誠一郎には!!お願いだよ!』
文面でも叶野の必死さが伝わり、無意味にうなずいてしまう。
暫くは空白が続き、少しスクロールしていくと(恥ずかしくなったのかとんでもなく改行されている)、こじんまりと
『俺にとっての友だちは、一緒にいてお互いを支え合える、そんな安心できる存在だよ。そんな存在が俺にとって誠一郎が一番近いと言うか、信頼できる人なんだ。
でも一ノ瀬くんが友達って言うのがよくわかんなくても、一緒にいて楽しい人もきっと友だちって言っちゃっていいと思うよ!一ノ瀬くんが楽しいならきっと相手も嫌なんて思ってないよ!』
そう書かれていた。
……書かれている内容に前半はなるほど、と思う。
確かに、叶野は湖越に対して頼っていると言うか、一番砕けていると言うか、気が抜けているように感じる。
支え合えるそんな存在。安心できる存在。叶野の言うことと俺が感じることと同じかどうか分からないが、確かに、俺にとって伊藤は安心できる存在だ。俺を傷つけようと思っていない、そんな優しい目を初めて向けてくれた人。
前ならともかく、記憶のない俺が伊藤の支えになれているのかは、分からないけれど。
そして、後半。……気遣ってくれているのは分かっているけれど…。良いのだろうか。俺が楽しいと思ってても相手がどう思っているかなんて、そんなこと分からないのに。
そんなもので、良いんだろうか。相手のことを考えなくてもいいものなのか?聞いてみるべき、か。
携帯電話を片手に顎に手をやってついつい考え込みながら、返信ボタンを押して質問を打ち込む、答えてもらっておいて偉そうに質問だけするのも何だから、一言添えた方がいいかとか色々考えていて完璧に教科書の存在を忘れる。
目の前のことに集中しすぎて、いつの間にかノートに書きこんでいた音が聞こえなくなっていたことに気が付かなかった。
「うぐッ」
集中していたのもあったが、最近見つけた弱点である腋に唐突な衝撃で思わず情けない声を発してしまう。
反射的に身を縮こませて固まる、驚いてなにも出来ない俺に相変わらず腋をくすぐるようなにかが蠢いており、むずむずして身じろぐ。
これが今出来るのは、1人しかいない。
「い、とう?」
変な声を耐えながら伊藤の名前を呼んだ。
伊藤は俺の呼びかけに返事はすることなく、無言だった。
くすぐるように蠢いているなにかは伊藤の手だった。