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2章『結局のところすべては自分次第。』


「透って辛いもの嫌いだよな。」
「……痛い、とは思ってるが、嫌いかどうかは…。」
「進んで食おうとしねえのと食いたくねえって思うものは嫌いな食べ物になるんだぞ。」
「……そう、か。」
「嫌いなもんは俺が作っても言ってくれよなー。」
「……善処する。」

せっかく作ってくれたのに、それを『嫌い』とは言えない自分はすぐに予想が出来た。
好きなものが漸く分かってきたのだ、と伊藤に報告してみると「じゃあ今度から何が食いたいって質問に普通に答えられるな」と嬉しそうに笑ってくれた。
前までの俺は特に出されたものを食べてきただけで、そこに『美味しい』『不味い』『好き』『嫌い』が無かったのである。食事を楽しむことを知らずにいる俺に伊藤は驚きの表情を浮かべられたのは記憶に新しい。
こんなに楽しいものが『普通』と言うのなら、確かに伊藤が俺に驚くのも無理はないなと最近分かってきた。
確かに伊藤や叶野達と食べるのと家で一人で食べているのとでは味が違う気がするのだ。昼休みが最近楽しみになってきた。
そして伊藤と話していて初めて知ったが自分の嫌いなものは『辛いもの』らしい。
あまり意識していなかったが、確かに一味唐辛子があってもかけたいと思わないし麻婆豆腐を食べたときは食べたもの以上に水分を取っていたような気もする。
嫌いと言うことにも気が付いていなかった俺に、伊藤は苦笑する。
伊藤、よく気が付いたな…。人のことを良く見ているな、と感心する。
学校も終わり、電車で自宅の最寄り駅まで向かっている。


帰りの際、『明日にでもまた勉強会しよー!』と叶野が誘ってくれた。
「なんかね、さっき鷲……わっしーに聞いたら明日は家庭教師も塾もない日なんだってさ。たぶん一ノ瀬くん質問攻めだからがんばってね!」
勉強会は最早誘うのではなく、確定しているらしい。昨日から変わらず鷲尾のことをわざわざ言い直してあだ名で呼んでいる。今日鷲尾はそう呼ばれる度に「やめろ!」と返している。
そうやって呼ばれるたびに毎回反応するから叶野は辞めないのではないのだろうか思ったりするが、本気で嫌がっているようには見えないので何も言うまい。
とにかく、明日は勉強会するとして、今日はそれぞれ帰った。テストまで2週間を切ったもののみんな焦ったりしている様子は特になく、むしろ部活動が休みになることを幸いに遊びに行く奴らの方が多い。
『まだ』1週間以上期間があると考えるのか、『もう』2週間切ってしまったのかと考えるのは人それぞれだと思うが、前の学校では考えられないことばかりで俺ばかり戸惑ってしまう。前の学校は明らかに後者のほうが多い…と言うか後者しかいなかった。
テスト前は勉強が当たり前、とそんな空気だった。それが当たり前だと思っていたから何も疑問を感じたことはなかった。
まだ進路にそこまで響かない1年生だろうとなんだろうとクラスメイトに置いて行かれないように頑張る、と言うのが普通だった。
いくら大金持ちが集まると言えど、不正をしない限りはテストの順位は自分自身で勉強しなくてはどうしようもないから一生懸命勉強していたと思う。

普通の高校に慣れない俺に気が付いていないのか気付いているのか伊藤はそんな俺のことを突っ込むこともなく、いつも通りに接してくれるからどちらにしてもありがたい。
昨日に引き続いて今日は伊藤と少し気まずくなってしまったが、昼休みを過ぎたあたりからまたいつも通りの空気感に戻ってきた、と思う。

「他の科目の勉強もボチボチやっていきたいんだが、またいいか?」

最後の授業を終えて、帰りのHR前にそう聞く伊藤に俺は頷いた。
自ら他の勉強をしようとやる気になったようだ。やる気が出ているときにやるのがきっと一番集中できるだろうし、叶野たちからメールが来るとは分かっているがそれ以外の予定はない。

「……なに、したい?」
「あーんー…じゃあ英語で。」
「……分かった。」

何をやるかまでは考えていなかったようで少し考えてからそう答えた。
昨日叶野が言っていたのを思い出してのことなのかもしれない。まぁやりたいと思った理由は何であれ伊藤の意志を止めるつもりはない。
俺らが勉強すると言っているのを前の席の叶野が聞いており、そこから明日勉強会をしようと言う流れになった。

伊藤と話すのは安心する。叶野にさえもまだ少し緊張してしまうのに、伊藤にだけは緊張せずに話せる。
きっと、信頼してるんだと思う。
自分のことをまだ理解するのに時間はかかりそうだけれど、これだけは割とすぐに分かったことだ。
信頼できる人がいる、そんな人がいるだけでこんなに、気持ちが違うものか、そう思う。



「……伊藤の好きなものは?」
「塩辛とかキムチとか、あと塩唐揚げとか美味いな。」
「……そうか」

塩唐揚げ以外俺には食べれなさそうだな……。
伊藤が辛いものが好きなのは知ってる。たまにカップ麺を食べるとき、伊藤が選ぶものは真っ赤なパッケージのもので、スープもパッケージと同じぐらい真っ赤なものだ。
うどんなど食べるときだって唐辛子で真っ赤になっていて見ているだけでも目が痛くなるほどだった。
それを顔を顰めることなく平然と食べているのを見て、本当に同じ人間なのかと疑ってしまったこともある。
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