2章『結局のところすべては自分次第。』
結局叶野とくだらない言い争いのせいでいつの間にかもう帰らねばならない時間になってしまった。
一ノ瀬にほとんど教えてもらえることもなく、気付けばこんな時間だ。溜息を吐いてバスを待つ。
勉強を思った以上に出来ていないことに焦りを覚えると同時に、時間を潰される原因となっている叶野に対し怒りの感情を覚えない自分に首を傾げる。
無駄な時間を過ごしてしまったと思う。
正直叶野と話すことはほとんど人生に不要なもので、無駄なものだ。特に毒にならなければ薬にもならない。
教室で勉強していようと関係なく話しかけてくる。
それを無視すればいい、騒ぐなんてばからしい。勉強と違って何も残らないじゃないか。友人?そんな傷をなめ合うようなものがいなくたって生きていける。
学生は学生らしく勉学に励めばいい。そして良い大学へ行きよりよい就職先を見つける、それだけでいい。そう教わってきた。
それでも叶野を何故無視して勉強をしないのか。
叶野に絡まれればどうしても反応してしまうのか。
自分のことながらそのことに答えは出て来ない。
今まで絡まれてきたことはあっても、それを無駄なものとして捨て置けた。耳栓を付けていればいい。
なんだったら教室じゃなく図書室で勉強しに行けばいい。
叶野を避ける方法はこうしてバスに乗り込む間に少し考えただけでこれだけ出てくる。
無駄に絡んでくる叶野は決して馬鹿ではない。空気を読むことに長けているし、これは今日知ったが頭の作りも悪くない。
さっき考えた方法を実践すれば失敗を繰り返しても僕が嫌がっているのを察するだろう。
僕がクラスで一人でいることを望んでいるんだと強く言えばきっと叶野は複雑そうな顔をしつつも僕を放っておいてくれるだろう。
そう分かっている。
何回も僕は叶野に「僕は一人でも良い」とそう言おうとした。
でも。叶野に話しかけられるとそう言おうとしたことが何故か頭から抜けてしまう。
結局叶野と話していることに気が付くのはその日の終わりになって寝る寸前になってからだ。
寝て起きて、学校に行くまで覚えている。今日こそは言おうと決めて、だが叶野に話しかけられればまた言おうとしたことを忘れてしまう。
それが何日も続いて、最近ではそんなことを考えることすら放棄している。
幼いころから『友』と言う存在はおらず、ずっと勉強に打ち込んでいた。
勉強こそがすべてなのだとそう父から言い聞かされてきた。友なんてものは言葉で知ってはいてもどうだってよかった。
自身の学力さえ高められればそれでいい。自分よりも高い知能を持つ存在にしから自ら興味を抱くことは皆無だったのに、叶野は自然に僕のなかに入り込んできた。
気を遣いながら、でも遠慮もなく、かと言って僕を蹴落とそうとするような奴でもなく、ただ一人でいる僕を気にしているだけなのだ。
無駄なことばかりする、と思わないでもない。
1人でいる僕をそのままにして、勉強に励むなり叶野の周りを囲む奴らといるなりすればいいのに。
明るく笑ってクラスの連中と騒いでいればいいのにな。
他の奴らと同じように笑いながら僕に話しかけてくる叶野のことはよくわからない。
だけど、彼がいるのはそんなに悪いものだとは思わなくなった。
これが友人と呼ぶのかは僕には分からない。
だが、なんとなく一ノ瀬が『良い関係』だと言う意味は何となく分かった気もする。
『友とはなんなのか』と言う問題に僕よりも一ノ瀬のほうが答えに近付いていたことに今気づく、悔しいものだ。
一ノ瀬が自分よりも優れた頭脳も持っていることなど百も承知と思っていたのだが、実際目の当たりにすると悔しいものは悔しい。
そう言えばさっき叶野にも自分のミスを当てられた。
出来て当たり前だと塾の先生にも言われていた問題だったのに単純なミスをしてしまった。そこを指摘されるのは、恥ずかしいものだ。今後も精進しなくては。
……それにしても、いくら洋楽が好きだからと言ってあんなに細かく説明できるものなのだろうか。
自分の中のそんな解せない気持ちをもう少し深堀しようとしたが、いつの間にか降りるところになっていて慌てて鞄を持って降りた。
降りれて良かった、安堵の気持ちを持ちつつ少し乱れた制服を直しながら帰路へ着く。
家に着けばもうすぐ家庭教師が来る時間だったので、急いで着替えて家庭教師が来るのを待った。
結局勉強に没頭して自分が持った解せない気持ちは結局その日思い出すことはなかった。