2章『結局のところすべては自分次第。』
「さきせーんせい!」
「叶野くん?どうしたの?」
放課後のHRを「残らずにすぐに帰るように」と締めて教室を出ると叶野くんが僕を呼び止めた。
呼ばれて振り返ると小走りで駆け寄ってくる。
「一ノ瀬くんたちとこれから勉強会したいから残ってもいいですか?」
どうしても場所が無くて!と快活に笑いながら質問しているけれど、残っても良いよね?と疑問符ではあるものの、子どもらしい傲慢にもならない確定に近いものだ。
放課後生徒を残さないようにと軽く言われていたが、生徒に残りたいと言われたのなら担任の先生の判断に任す、その代わり職員室に近寄らせないように、とも言っていたので残っていても問題はないだろう。
むしろまだテストまで2週間もあるのにもう勉強会なんてしちゃうのか、と感心を覚えた。
「良いよ。ちなみにどこでやるの?人数も出来れば教えてほしいな。」
「教室です!えっと、俺と誠一郎と一ノ瀬くんと伊藤くんと、あと鷲尾くんです!!なので5人ですね!」
「そ、うなんだ。」
「いやー鷲尾くんに一ノ瀬くんとも勉強会するけどきみもやる?って聞いたらすごい勢いでやるって言ったんですよ!勢い半端なかったです!!せんせーにも見せたかったなぁ」
結構鷲尾くんって現金ですよねー!と可笑しそうに笑う叶野くんに苦笑しながら納得した。
教師がこう思ってしまうのも失礼なんだろうけれど、一ノ瀬くんと伊藤くんは仲が良いし、叶野くんは一ノ瀬くんたちのことをに気にかけていて、湖越くんとは幼いころからの付き合いのようだから分かるのだけど、どうして鷲尾くんもそのメンバーになったのかと気になってしまったのだ。
叶野くんが気にかけていても、鷲尾くんは少し壁が厚いから、誰かと一緒になにかをすると言うことが想像できなかった。
けれど叶野くんが心底おかしそうに笑いながら言ったことを聞けば納得する。
一ノ瀬くんの頭脳だとか前の学校についてのことで一ノ瀬くんに興味を持っていると生徒から聞いている。
一ノ瀬くんが勉強会するとなれば一緒にやりたがるのは想像に容易い。大人びた鷲尾くんのそんなところが子どもらしくて微笑ましい。
鷲尾くんはいつも1人で勉強していて、叶野くんや湖越くんしか話さなかった。
良くも悪くも鷲尾くんは自分の意志を通す子で、話す理由が無ければ話さないし、思っていることを隠すことなくストレートに伝えてしまうところも、少しみんなに一線を置かれる理由になっている。
その一線置かれていることにも気にしている様子はなくて、僕の方が気になっていたんだと思う。
勿論勉強も大事だと思う。
特に鷲尾くんは悔しい思いをしたこともあるから、なおさら、何だと思う。
勉強が出来て損なことはない、少なくても学校生活においては。
だけど、教師がこう言うのは間違っているのかもしれないけれど、鷲尾くんに勉強だけじゃなく友だちと遊んでほしいと思っている。
まだ勉強から離れていないけれど、でも1人でやっていてそれに何も不満を抱いていないときより、こうして誰かと一緒にするのは大きな一歩だ。
学校は確かに勉強を学ぶところではあるけれど、学べることはそれだけじゃないんだと思うんだ。人とのかかわりを学べるのもまた学校だから、勉強だけではない色んなことを学んでほしい。
「じゃあ俺そろそろもどりますね!」
「あ、うん。分からないところがあったら相談してね。」
はーい!と元気よく返事して来たときと同じように元気よく叶野くんは戻っていった。
「叶野元気ですね!」
「五十嵐先生」
叶野くんを見送るとすぐ後ろから声がして振り返ると予想通り五十嵐先生がいた。
となりには五十嵐先生のクラスの吉田くんもいる。
「そうですね、ところでふたりはご一緒になにを?」
「せんせーに勉強おしえて!て頼んだ!!」
にこっと屈託ない笑顔で吉田くんはそう答える。明るい吉田くんと対照的に五十嵐先生にしては珍しく苦笑しながら
「後ででもいいから、岬先生も来てくれ!こいつ文法とか訳分かってねえんですよ!」
「すぐるせんせーも教えてー!おれぜんっぜんべんきょうできないや!べんきょうむいてなーい!」
「少しは自分でもなんとかしろー!」
「あーおやめくださいー!」
すぐるせんせーへるぷー!と五十嵐先生に羽交い締めにされながら吉田くんは僕に助けを求めてくるがその顔は笑っているので手加減していることが分かって、目の前で戯れて仲が良さそうな2人が微笑ましくてつい笑ってしまう。
「あはは、分かりました。あとで行きますよ、勉強するのはA組ですか?」
「助かる!いや、理科室でやる!」
「おーおれってば2人のせんせいに教えてもらえるなんてビップ待遇~」
やったーと無邪気に喜んでいる吉田くんは髪こそオレンジに染めているけれど、明るくていつも楽しそうにしていて、身長が少し小柄なのも相まってマスコットのような扱いをされている。
僕も可愛らしい生徒だと思っている。けれどどうも彼は本人が言う様に勉強が向いていないのか授業中も納得して頷いているよりも、首を傾げている回数の方が多い。
真面目に授業は受けているけれど、得意ではないようだ。でも意欲はあるし、教えるとなれば僕も頑張らなければ。
「あ、でも叶野の勉強を見るんじゃ?」
「いえ叶野くんは他の子たちと勉強会らしいです。その許可を僕に求めていたんですよ。」
「へぇ~そう言えばのぞみんも頭いいよね~今度教えてもらおっとー。」
五十嵐先生の質問に答えるとのんびりと吉田くんがそう言うのに少しドキッとする。
一ノ瀬くんや鷲尾くんも特殊な事情でこの高校に入ったと言う経緯があったけれど、叶野くんも少々特殊な事情があったから。
そのことを知っているのか?と一瞬身構えてしまったけれど、吉田くんに限ってそんなことはありえないか、と生徒を疑ってしまったことに内心反省する。
「よし、じゃあそろそろ行くか!」
「はーい!すぐるせんせーまたねー!」
手を振る吉田くんに僕も振り返す。
なんだか楽しそうに話しながら歩いていく二人を見届けた後僕も職員室に行くべく歩みを進める。
苦手得意、そんなもの誰にだってある。
その苦手がたまたま勉強なだけっていう子はこの世界にどれだけいるんだろうか。
他に長所があってもこの学校と言うコミュニティは勉強が出来ないだけで迫害を受けることも少なくはないんだろう。
確かに学校は学ぶところではあるけれど、学校で習ったことが将来に絶対役に立つ、とまではいかないんだよね……。
せめて、周囲から変な眼で見られない程度に僕ら教師が勉強を見て、学業の妨げにならない程度に人との関りを広げてあげる、それが僕にとっての教師の在り方だ。
そんな考え甘いとか良く言われるけれど、理想を追いかけてなにも悪いことなんてない。
僕は僕のなりたい人になりたい、それだけ。
「認めてもらいたい、と言うわけではないよね。」
独りよがりと言われても、現実が見えていないと言われても、誰にどう思われようと、それでも……僕は生徒の味方でありたい。