2章『結局のところすべては自分次第。』
このまま夜も食べるからだろうから、と伊藤とともにスーパーに寄った。
「まだ卵も米もあるし、オムライスにでもするかー」
そう言いながら野菜を吟味する伊藤。俺から見るとすべて一緒に見える野菜でも伊藤から見るとまったく違うのだとか。確かによく見れば違いも分かるが俺一人なら気にもしないだろうな……。
伊藤がこうなると結構な時間がかかるが、さらっと俺の家の冷蔵庫のなかのものを言えるぐらいには伊藤は俺の家によく来ては飯を作ってくれる。
料理が好きなようでその料理もかなりおいしいので俺は文句も言わず静かに伊藤の吟味をとなりで買い物かごを持って待つ。
もちろん食べさせてもらうだけではなく料理の手伝いもしているし、食事を終えたら皿洗いもするけれど、世話をしてもらっている感はどうしても否めないしこれもおいしさの一つでもあるんだと思うし、何より買い物をする伊藤が楽しそうなのでそれを否定する気もなれなくて、かなり時間を費やしても伊藤の楽しそうな顔をとなりで見ているだけで俺も面白いので時間が経ったように感じない。
結局1時間と少しが過ぎたころに漸く買い物を終えて帰路に着いた。
「……またやっちまった。悪いな、透」
雨は降りだしていないものの、相変わらずいつ降ってもおかしくはない曇天の空に振り出す前に帰ろうと気持ち早足で俺の家へと向かう。
時間を費やしてしまったことに肩を落として落ち込んだ様子の伊藤。それに首を振って気にしていないことを伝える。
「料理、好きだよな」
今までやったことのない家事に四苦八苦する俺を見兼ねてちょくちょく俺の家のことを手伝ってくれる面倒見のいい伊藤だが、料理は真剣さが違うように感じる。
キャベツの千切りを普通に俺と話しながらやっていたり、卵を普通に片手割ったりするところを見る限りかなり手馴れている。
前の家で同じものを食べても伊藤の料理の方が美味しいと思った。
いや、前の家のときはちゃんとした料理人が作っていたし決して不味いと思ったことはないが、そこはたぶん俺の好みの問題なのだろう。
そもそもあのときは味を楽しむ余裕もなかったからどんな味かも覚えてはいないけれど。
「まあな。和洋中一通り趣味も兼ねてだがバイト先に叩きこまれたからな。カレーもスパイスから作れるぞ。」
「……へぇ器用だな」
伊藤のバイト先は飲食店なのか。しかもキッチンのほうか。少し意外だが料理人は結構力仕事と言っていたし、向いているのかもしれない。
ホールにいて注文を聞いたりする接客よりも、ひたすら料理を作っている方がイメージにも合っている。髪の色もキッチンなら関係ないしな。
「料理なんてレシピ通りにとりあえずやっときゃ誰でも出来るって。」
少し照れたように鼻を擦りながらそういう伊藤だが、普通の男子高校生は卵を両手で割るのも一苦労だと思う。謙遜する伊藤に
「……それって、伊藤は教科書が無くても出来るってことだよな。それは俺には出来ないことだから、やっぱりすごいことだし格好いいとおもう。」
思ったままを伝えた。
俺は確かに勉強は出来る方に入るのかもしれないが、料理とかしたことがなくて正直学ぶ興味もなかった。自分が料理をする想像すらもしてなかったのに、伊藤はさらっと出来た。
それを自慢するでもなく当然のようにやっていて料理を頬張る俺にうまいか、とだけ聞く伊藤は格好いいと思う。
お世辞でもなんでもなく伊藤が当然のように料理をするのと同じように、俺もすごいと思っていたことをつげただけだ。
「……」
「……?」
突然立ち止まってしまった伊藤にどうしたのか、と俺もすぐに立ち止まる。
今日はどうして一緒にどこかに行こうとするとみんないきなり立ち止まってしまうのか。鷲尾然り湖越然り本日三回目である。
『本日はあなたと一緒にとなりを歩く人は突然立ち止まるでしょう』とかそういう運勢があったのだろうか。いや占いとかあまり見たことないからどんなことを言うのか知らないが。
しばらく伊藤の様子を見ていると、
「……っ」
「……!?」
顔が耳まで赤くなったかと思ったらそのまま走り出してしまった。突然のダッシュに驚いて声をかける暇もなかった。
しかも俺の前髪が揺れるほどの猛スピードで、驚きから戻ってきたときにはすでに伊藤の背中は見えなくなっていた。
俺も走って伊藤の後を追いかけた。
今日体育もあってペースも何も考えていない全力疾走を見る限り、そこまで遠くにいってはいないはずだ。俺の家の方へと走って行ったので最悪そこにいるんだろうと根拠もなくそう思った。
しばらく一本道を走った。案の定体力的に苦しくなったようで電柱に寄りかかって苦しそうにしている伊藤を見つけた。
「ゲホゴホッ…ハァ、ハァ……」
「……大丈夫か?」
呼吸が整わないようで背中を擦った。触れた瞬間何故かビクッと背中が震えていたが、たぶんいきなり触れられて驚いたんだろう。今度またこういうことがあったら触ると言ってから触れようと決めた。
伊藤の呼吸が整うのを待って、呼吸が落ち着いた頃に家へ帰る。
俺が鍵を開けて伊藤がドアを閉めて鍵を閉めたと同時に、ザーと室内でも外の音が聞こえるぐらいの大雨が降った。
窓を開けて外を確認すると大粒の雨がこれでもかっていうぐらい降り注いでいるのを確認できた。
朝からぐずついた空だったが体育のときには降らずに昼休みに少し降ったが帰るころには止んでいて、それでも雨はいつ降ってもおかしくはない空模様だったがまるで俺らが家に入ったのを確認したかのようなタイミングで降り出した。
窓を開けていると雨が入ってきた。閉め切ってしまうとエアコンのないこの家では蒸すような暑さが襲ってくるので少しだけ開けておくことにした。
少しでも涼もうと思って扇風機を付けた。
「すげえ雨だな。」
土砂降りの雨に嫌そうな顔をしながら窓の外を見ていた。そんな伊藤とは逆に俺は少しだけ心が躍った。今まで何とも思わなかったけれど、雨の音を聞くのが好きだ。
音がすごいなか家にいるのって何となく心が躍る。外にいるときに降られるのは嫌だが、家にいるときだけは嫌いではなかった。
とは言え限度と言う物もあるが。このアパートはお世辞にも綺麗とも言えずどちらかとも言わずともボロいのである。雨漏りしなければいいな……。