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2章『結局のところすべては自分次第。』


「叶野ってさ、一ノ瀬とも仲良くなった感じなん?美形な上にあの伊藤とよく一緒にいるとかいう転校生とさ。」
「えっ」

 一ノ瀬くんたちと今日の別れを済ませて隣のクラスのやつと合流してすぐにそんなことを聞かれて思わず驚いてしまった。
 1人がそう聞いたものだから俺に一ノ瀬くんのことをガンガン聞こうぜ、と言う流れが出来てしまった。あああみんな目が好奇心の満ち溢れていらっしゃる。
 いや、確かにね。他のクラスの人からすると一ノ瀬くんに話しかけずらいのは分かるよ。
 染めたこともないのであろう真っ黒で見るからにサラサラな髪に女性的とも男性的ともとれない中性的で彫刻かのように整った顔に毛穴ひとつないようにも見えるきめ細かい白い肌で、とどめにあまり見たことのない灰色の瞳をしているからね。
 下手なアイドルよりも話のかけづらい存在なんだろう、と言うのも予想は出来る。しかも伊藤くんと頻繁に一緒にいるからね……クラスメイトでさえも最近になってようやく慣れて来て、一ノ瀬くんに話しかけられるようになるぐらいのレベルだから。

「仲良くは……なったのかなぁ……どうだろう」
「分かってないんかい!」
「いやね、一ノ瀬くんって伊藤くん以外には平等というかなんというか……」
「びょうどう?」

 苦笑しながら頷く。
 一ノ瀬くんだけではなく、伊藤くんとも正直仲良くなったと言うよりもやっと打ち解け始めたと言う方がしっくりくる。
 2人はよく一緒にいて互いにきっと無言でも居心地が良いんだろうな、と言う空気感を醸し出していている。
 それは決して第三者をいれたくないと言う閉鎖的で攻撃的なものでもなくただただ穏やかで、実際俺が会話に入っても迷惑そうな顔はされたことはない。
 ……一緒にい過ぎでは?と思うときもあるけれど。一般的な男子高校生はいくら親友と言えど一日のほとんどを毎日のように、共にすれば嫌にもなるんだろうけど2人にはそれがない。
 一ノ瀬くんがやってきた初日にあった妙な空気は次の日にはどこかへ消え失せて首を傾げた。
 やっぱり一ノ瀬くんは上の名前で呼んで伊藤くんは下の名前で呼んでいるのは少し疑問には思うけれど……俺が踏み込むところではないと言うのは分かる。
 互いの存在が特別、というのは分かる。
 そして互い以外に対して穏やかに平等に接しているのも分かる。
 たぶん一ノ瀬くんからすると俺も誠一郎も鷲尾くんもたぶん先生も同じ世界線にいて悪人善人の境界線もないんだろうな、と思えるぐらいの澄んだ瞳をしていて、その目に自分が映るのが正直恥ずかしい。
 照れる意味ではなくて、自己嫌悪的な意味である。汚い俺を見ないでほしい。

 俺は確かに話しかけていて一緒に行動をともにするのも多くはなったけれど、それが仲良くなったんだと周りに言われるとつい首を傾げてしまう。
 ……正直、これから遊びに行く彼らのことも、『友だち』と自分から呼ぶには恐怖がある。
 あれから随分と俺は臆病になっちゃったな。小学生のころだったら『友だち』と言い張れたのに今ではこんな臆病者だ。臆病者のくせして誰かの輪に入りたいと思う自分に嫌気がさした。

「?叶野?」
「っ人のことを気にしているそんな優しいきみたちは、勉強してますか?!テストまであと二週間ですよぉ!!」
「うおっ唐突に的確に心に刺さるを言いやがってっ」
「叶野、てめえ!」

 考え込んだままなにも発さない俺を訝しんで名前を呼ばれて驚いたままに変な口調でそんなことを聞いてしまった。
 耳をふさいだり、心臓を辺りを抑えながら呻く彼らを笑う。そして道化を演じる自分を嗤った。うまく答えられないからって皮肉気な言い方で気にしていることを言い放つ自分への自己嫌悪からである。

「勉強してた?」
「いや……やべえなぁ、いや、まだ二週間あるし、うん。」
「だよな!一週間前から勉強し解けば余裕だろ!」
「……俺には一夜漬けの未来が見えるなぁ」
「うるせえ!」

 話題はさらっとテストの話題へと流れていった。一安心したけれど、さっきの話題ほどではないにしても俺にはあまり心象はよくはない話題でもあった。

 ……うん、ここは公立だから、そこまでテストの順位なんて気にしなくていい。それでも用心するに越したことはないけれど。大丈夫。
 前とは違って誠一郎もいる。俺のことを味方になってくれる人がいるから、だいじょうぶだいじょうぶ。何度も自分にそう言い聞かせる。
 色んな人と一緒にいて、いろんなひとに絡んでいって俺はきみのことを知りたいな、と優しい顔を繕っても、結局俺の心は変わることはないようで苦しいままだ。なにも、変わっていない。恐怖をひたすら隠すのは結局それから逃げているだけなんだって。
 分かってる、分かってはいても、これを変えられる方法を俺は知らない。
 いつになれば抜け出せるだろうか。

 笑みを浮かべて『仲良くしてくれる人』に話を合わせて俺が求められているキャラを演じて。こんなに誰かに媚びを売る自分が虚しい気持ちで遠くで見ていた。

 作り笑いばかりの俺には、だれのことを気にせず自分が思ったほうへ真っ直ぐで1人でいることも苦ではないように休み時間も勉強している鷲尾くんの姿が、とんでもなく眩しかったんだ。
 今日だってHRが終わればさっさと帰って行った。誰とも話さず認めたであろう一ノ瀬くんにすらも別れを言わずに。俺の見送る視線にも気が付かずに。

 背筋をしっかりと伸ばして教室を出ていく鷲尾くんの背中が、どうしてか広く見えたんだ。
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