2章『結局のところすべては自分次第。』
後ろを歩いているはずの湖越の足音が止んだのでなにかと思って後ろを振り返ったが、すぐに湖越は横を通って歩いて行ってしまったので首を傾げつつも俺もみんなのもとへと向かった。
このあと体育は雨が降ることなく終わり、昼休みに少し雨が降ったものの帰りには止んでおり持ってきた傘が無駄になったな、と思った。
体育のとき違和感のあった湖越だったがそのあとは特になにもなく、俺の気のせいだったのだろうかと思い始めてきた。
帰りのHRも終わって伊藤と話しながら帰りの支度をする。そう言えば
「今日から勉強するか?」
朝に勉強教えてほしいと伊藤に言われたのを思い出してそう聞いてみる。まだ二週間あるが、俺は今日から予習復習を最近していなかったので勘を取り戻すついでに少しずつやっていこうかと思っていた。
あまり本格的にテスト勉強はまだするつもりはないのでとりあえず国語と数学を持って帰ってやるつもりだ。
伊藤は少し考えて
「あー……そーだな。やるわ、頭の出来悪いけどよろしくな」と頷く。少し嫌そうなのはあまり勉強をしたくないからだろう。
何持って帰るかな、と机のなかをものを引っ張り出しているのを待った。
教科書とノートをいれて重さを確認するため軽くバックを持ってみると重く感じた……前の学校のときはちゃんと毎日教科書持って帰っていたときは特になにも思わなかったが、たった二科目いれただけで随分と重く感じたのは少し情けなくも思う。
だが一回置いて帰るのを知ってしまうと、バックが軽くて楽過ぎてもう戻れない。前と違って勉強しかすることが無い訳でもないしな……そう自分に言い聞かせた。
「2人は今日から勉強するんだ?えらいな~…あっそうだ。明日放課後空いてる?良かったら俺にも勉強教えてほしいな~」
俺らの会話を聞いていたらしい叶野が感心しながら少し眉を下げて人懐っこい笑顔で手を合わせてお願いされる。
特に断る理由もないので頷けば、ぱあっと全開の笑顔で「ありがとっ」と言われる。叶野は表情がコロコロ変わる。不思議だったり困ったようだったり、驚いたり笑ったり。笑顔のバリエーションも豊富だよな。さっきみたいに困ったようにしつつだったり嬉しいときは全力の笑顔だ。
見ていて飽きない上に多分距離の取り方も上手いのだろうとも思う。叶野がさらっと会話に入ってくることに戸惑うことはほとんどない。
「じゃあ明日は俺と一ノ瀬くんと、たぶん誠一郎と……俺の勘だと鷲尾くんも入りそうだから、伊藤くんも入って5人で勉強会だね!」
「何気に自然と俺をいれたな。何も言ってねえのに。」
「えっ一ノ瀬くんがするんだもん、伊藤くんもするっしょ。」
「……まあな」
「でっしょー」
サラッと頭数にいれられた伊藤は叶野に突っ込みを入れたが、逆に俺がいるのだからするのは当たり前と言わんばかりの表情で断言した。突っ込みを入れたものの断るつもりはないようで頷いた伊藤に叶野は得意げな顔で頷いた。
最近俺と伊藤がいることがワンセットとして扱われることが多い気がするが、気のせいだろうか。確かに行動を共にしている方が多いので否定するつもりは毛頭ないが。……俺と伊藤がそんなに仲が良いと思われているのなら少し照れくさい気もするが伊藤からすると不快ではないだろうか。そんな考えが過る。
……でも今の伊藤を見る限りそんなに不快だと思われてはいないようなので安心する。どうも今のところは伊藤が誰かといることが物珍しいと思うほうが勝っているようなので、こうして面と向かって言うのは叶野ぐらいか。
叶野も普段湖越といるしな。……そう言えばいつもなら叶野の隣にいるはずの湖越がいないな。
「……湖越は?」
「ん?誠一郎は今日バイトだから先に帰ったよー。俺も今日は他のやつと遊びに行くしね。」
「……そうか。」
バイトをしているとどうしても会わない日は出てくるのか。
叶野と湖越はよく一緒にいて、細かい話は知らないけれど互いに名前を呼び合っているし、互いの空気が慣れ親しんでいるのが分かるぐらい2人が話しているときの表情は穏やかなものだ。
てっきり親友とは常に一緒にいるものだと思い込んでしまっていたが違う形もあるらしい。俺と伊藤が離れるのは伊藤がバイトのときぐらいなものだ。
「おーい、叶野行こうぜ」
「おう!じゃあ2人ともまた明日ね!」
他のクラスであろう生徒が叶野を呼んだ。
それに反応して叶野はカバンを持ってバイバーイ、と俺らに手を振って別れた。手を軽く振り返してそれを見送る。
「叶野は相変わらず人気者だな。」
「……良い奴だしな。」
「俺と進んで話すのってあいつぐらいだったしな。とりあえず今日は数学教えてもらうことにするわ。一番出来ねえ自信があるし。」
「……一科目でいいのか?」
「地道にやると言うことにする。とりあえず透の家そのまま行くわ。さ、帰ろうぜ。」
一気に詰め込み過ぎてもちゃんと身にはならないだろうし、まだ2週間あるのだしゆっくりやっていけばいくのもやり方の一つか、と納得して教科書を詰め込み終えた伊藤が帰るのを促すのに頷いて教室を出た。
右肩に背負ったスクールバックが重たかったが我慢する。
正直授業以外で勉強をするのも久しぶりのことであり、誰かに勉強を教えるのはおろか一緒に勉強するなんてことも初めてのことだ。
少し緊張するけれど、それと同時に楽しみである。
今の今までずっと1人でいて、何かをするしないにも関わらず特に楽しいとも苦しいとも思ったことなんてなかった。
だけど伊藤と行動をするようになって、分かり合って誰かと共感する楽しさを教えてくれた。
初めて遊びに行ったのも楽しかったし、同じ空間でなにも話さなくても誰かといるのは嬉しかった。俺の話に相槌を打ってくれるのも嬉しかった。
今までと比べて俺の視界は色鮮やかなものになった。
誰かとご飯を食べたり明日を楽しみにしながら就寝したり、当たり前のように挨拶を返してくれる今がとても楽しいんだ。
だから、きっと勉強も伊藤とすれば楽しいと思う。ちゃんと教えられるよう頑張ろう。そう内心意気込んだ。