2章『結局のところすべては自分次第。』
『着替え終えているのならさっさと行け。』
と言う鷲尾に従って伊藤と叶野は先に校庭へと行った。『ごめんね!』『……悪かった』そう俺に声をかけながら教室を出て行ったのを見送った。報復は後で……体育の時間にやるから覚悟しておけと思いながら。
「……さっきはありがとう」
「僕は思っていることを言っているだけだ、礼を言われる筋合いはない。それよりさっさと着替えないと遅れるぞ」
鷲尾と空気を変えてくれたことに感謝の言葉を言っても、偉そうにしないが何の温度もなくこちらの目を見ることなく話すので突き放すように聞こえる。
本当に思っていることをきっと言っているだけなんだろう。きっと言葉を変えれば鷲尾はもっと人に好かれると思う。
でもそんなふうに媚びらず堂々と言っているほうが鷲尾らしい気もする。
ほぼ同時に着替え終わったので鷲尾と一緒に教室を出た。
鷲尾とは話すもののそれは叶野とは違って勉強のことばかり聞かれるからそれに返しているだけで、あまり込み入った話などはしたことがなかった。
鷲尾は勉強が好きで、俺と話すのも神丘学園のことを知りたいときとかそう言うのばかりだったから、そこまで深く踏み込まれたくないのかとそう思っている。だが隣を歩く鷲尾は俺の認識とは少し違ったらしい。
無言で廊下を歩き階段を下っていく。
二階を降りたあたりで鷲尾の歩みが止まった、俺は何段か下って鷲尾のほうを振り返る。
突然立ち止まったので調子でも悪くなったのかと思ったのだが、顔色は特に悪いようには見えない。
ただ眉間に皺を寄せて本来ならば温和な印象を受けるはずの垂れ目はすごい目付きになっており、普通にしているときでも鷲尾のほうが身長が高い上階段3段ほどの高さがあるので見下され睨まれているようにも見えてしまう。本人にその気はないのは分かっているが。
「……どうした」
いつもずばずば言う鷲尾にしては珍しく口を開けたり閉めたりを繰り返している、戸惑っているのか言いたいことがまとまっていないのか、それとも両方かまた違う感情なのかは俺には読めない。
鷲尾が話し出すまで待つことにした。
落ち着かない様子で髪をぐしゃっと掴んだり話したり目を逸らしたり合わせたりを繰り返しながら、やっと纏まったのか重たそうな口を開いた。
「……友だち、とはなんだ」
「……急に難しいことを聞くな」
「お前は伊藤と仲が良い、と良く周りがそう言っている。お前らは友だちではないのか?」
「……」
そう聞かれてしまうと少し困ってしまう。
確かに傍から見れば伊藤とは一番近くてよく行動をともにしているのだから、傍から見れば仲が良い友だち、なんだろう。
でも、俺がそう言い切るのは少し違う気がした。友だちと言われて嬉しいと思うし伊藤にそう思われていたのなら良いとも思う。だけど、どうしても自分の境遇を考えると言い切ってしまえるほど浮かれられないのだ。
ただ最近会ってたまたま仲が良くなったのならそう言い切れるのかもしれない、だがやはり俺は伊藤のことを忘れたままなのだ、という罪悪感はぬぐえなかった。それでも良いと伊藤は言ってくれて『俺』としてちゃんと生きてほしいと言ってくれた。だがそれにあぐらをかいて伊藤に甘えてしまえるほど、自分が見えていないわけではないのだ。
鷲尾の質問に肯定も否定も出来ず無言の俺に首を傾げられたが、俺のことにはそこまで関心が無いのかそこまでの余裕がないのか、鷲尾は無言の俺を置いて話始めた。
「僕は、ずっと友だちなんて不要と思っていた。いや、今も思ってはいる。
遊びに行けば勉強をする時間は減るし、仲が良いときは良いもしれないが、喧嘩したりすれば面倒だろう?相手のことを考えたり気を遣ったりするなんて時間の無駄だ。
慣れ合いなんていらない。自分のことで精一杯なのだから他人に構っている暇なんてない。それなら一人で充分だと思っている。
お前のような勉学を高め合えるような存在とだけ話したいと思っている。」
「……そう言う考えもあるんだろう」
聞く人によったら賛否両論があるんだと思う。そんなことないと否定する人もいるんだろうけれど、俺にそこまで出来るほど偉い人間でもないので否定はできなかった。
友だちがいるかいらないか、そう聞かれれると俺にもよくわからない。友だちとはなんなのか、それもよくわからない。むしろ自分が聞きたいとも思う。
「お前は僕と似た考えだと思ってた。勝手にそう思い込んでいたんだが、違ったみたいだ。
受け身だが誰かそばに来ても戸惑いはしても邪険にはせず、伊藤と行動を共にして叶野や湖越とも話していて、最近ではクラスの連中とも打ち解け始めている。
そんなに群れること……友だちって大事なものなのか?」
鷲尾は首を傾げて、俺の目をまっすぐ見て問いかけてきた。
その目は純粋に疑問を投げつけてくる曇りも陰りもない子どものようだった。鷲尾の言い方が皮肉に聞こえるのは、そのハッキリとした口調で普通なら聞きにくいことを聞いてくるからなのかもしれない。
万人が疑問に思いつつも暗黙の了解のように聞きにくいことや言いたいけれど言えないことを鷲尾は言えてしまうのだ。普通だと思えないぐらい普通に疑問に思っていることを普通に聞いているだけ。
そんなところをきっと、彼の短所と感じてしまうのかもしれない。だが長所でもある。
多分鷲尾は今の今まで『友だち』という存在に何の疑問も抱かずに『自分にはいらないもの』と切り捨てていたんだろうが、今その価値観は揺らいでいるんだろう。だからこうやって、鷲尾曰く『勉学を高め合えるような存在』……対等である俺にそう聞いてきたんだろう。
そこまでなんとなく理解できた、が
「……悪い、俺にもわからない。」
未だ俺にも答えは出ていない。伊藤は俺のことを大事にしてくれるのは分かるし、叶野も湖越も俺と話したいと思ってくれているのもわかる。だけど俺が友人として彼らを大事なのかはわからない。
最近まで俺も鷲尾と同じように友だちがいなくて、俺のことを理解して俺をここにいていいよと言ってくれる人を望んでいたけれど、『友だち』が欲しいのとはまた違っていた。
友だちとは何なのかという問いにも答えられないのだから大事なのかと聞かれても俺にはわからない。
……だけど
「……友だち、と呼べるかわからないが、伊藤も叶野も湖越も、鷲尾も俺は良い関係だと思ってる。」
「良い関係?」
「……仲が良いとか友だちの定理とか分からない、けど俺はみんなと話すのが楽しいと思ってる。特に伊藤は……一緒にいるのも楽しい。」
「楽しい……?」
「鷲尾は……叶野といるとき、楽しくないのか?」
「……わからない」
眉間に皺を寄せながら俺のことを睨むように見ながらそう答えた。
俺から見ると叶野といるときの鷲尾は楽しそうに見える、笑い合うとかしている訳ではないので普通の友人関係とはまた少し違うかもしれないが互いに遠慮が無いところは仲が良いと思う。でもそれはきっと俺から言っても本人が納得しないんだろうから、鷲尾本人が答えに行きつかないと満足しないだろうから、何も言うことない。
「……具体的な答えは、俺にもよくわからない」
唸る鷲尾に俺がそう言うと、不機嫌そうな顔が嘘のように笑って……なんだか楽しそうに
「ふむ……それならばどちらがその答えに行きつくか競争だな」
そう言って、俺のとなりを通り過ぎて行ってしまった。
何を言われたのかなかなか理解できなくて一瞬固まってしまったが、どうやら俺は鷲尾と競争することになったらしい、『友だちとはなんなのか』という答えに。
これは競争とか単純な話ではない気もするが、まぁ鷲尾がそれで元気になるのならいいかな。俺も鷲尾の質問の答えが気になった。……あとで、伊藤に聞いてみようか。そう思いながら俺も鷲尾のあとを追いかけるように階段を降りた。
と言う鷲尾に従って伊藤と叶野は先に校庭へと行った。『ごめんね!』『……悪かった』そう俺に声をかけながら教室を出て行ったのを見送った。報復は後で……体育の時間にやるから覚悟しておけと思いながら。
「……さっきはありがとう」
「僕は思っていることを言っているだけだ、礼を言われる筋合いはない。それよりさっさと着替えないと遅れるぞ」
鷲尾と空気を変えてくれたことに感謝の言葉を言っても、偉そうにしないが何の温度もなくこちらの目を見ることなく話すので突き放すように聞こえる。
本当に思っていることをきっと言っているだけなんだろう。きっと言葉を変えれば鷲尾はもっと人に好かれると思う。
でもそんなふうに媚びらず堂々と言っているほうが鷲尾らしい気もする。
ほぼ同時に着替え終わったので鷲尾と一緒に教室を出た。
鷲尾とは話すもののそれは叶野とは違って勉強のことばかり聞かれるからそれに返しているだけで、あまり込み入った話などはしたことがなかった。
鷲尾は勉強が好きで、俺と話すのも神丘学園のことを知りたいときとかそう言うのばかりだったから、そこまで深く踏み込まれたくないのかとそう思っている。だが隣を歩く鷲尾は俺の認識とは少し違ったらしい。
無言で廊下を歩き階段を下っていく。
二階を降りたあたりで鷲尾の歩みが止まった、俺は何段か下って鷲尾のほうを振り返る。
突然立ち止まったので調子でも悪くなったのかと思ったのだが、顔色は特に悪いようには見えない。
ただ眉間に皺を寄せて本来ならば温和な印象を受けるはずの垂れ目はすごい目付きになっており、普通にしているときでも鷲尾のほうが身長が高い上階段3段ほどの高さがあるので見下され睨まれているようにも見えてしまう。本人にその気はないのは分かっているが。
「……どうした」
いつもずばずば言う鷲尾にしては珍しく口を開けたり閉めたりを繰り返している、戸惑っているのか言いたいことがまとまっていないのか、それとも両方かまた違う感情なのかは俺には読めない。
鷲尾が話し出すまで待つことにした。
落ち着かない様子で髪をぐしゃっと掴んだり話したり目を逸らしたり合わせたりを繰り返しながら、やっと纏まったのか重たそうな口を開いた。
「……友だち、とはなんだ」
「……急に難しいことを聞くな」
「お前は伊藤と仲が良い、と良く周りがそう言っている。お前らは友だちではないのか?」
「……」
そう聞かれてしまうと少し困ってしまう。
確かに傍から見れば伊藤とは一番近くてよく行動をともにしているのだから、傍から見れば仲が良い友だち、なんだろう。
でも、俺がそう言い切るのは少し違う気がした。友だちと言われて嬉しいと思うし伊藤にそう思われていたのなら良いとも思う。だけど、どうしても自分の境遇を考えると言い切ってしまえるほど浮かれられないのだ。
ただ最近会ってたまたま仲が良くなったのならそう言い切れるのかもしれない、だがやはり俺は伊藤のことを忘れたままなのだ、という罪悪感はぬぐえなかった。それでも良いと伊藤は言ってくれて『俺』としてちゃんと生きてほしいと言ってくれた。だがそれにあぐらをかいて伊藤に甘えてしまえるほど、自分が見えていないわけではないのだ。
鷲尾の質問に肯定も否定も出来ず無言の俺に首を傾げられたが、俺のことにはそこまで関心が無いのかそこまでの余裕がないのか、鷲尾は無言の俺を置いて話始めた。
「僕は、ずっと友だちなんて不要と思っていた。いや、今も思ってはいる。
遊びに行けば勉強をする時間は減るし、仲が良いときは良いもしれないが、喧嘩したりすれば面倒だろう?相手のことを考えたり気を遣ったりするなんて時間の無駄だ。
慣れ合いなんていらない。自分のことで精一杯なのだから他人に構っている暇なんてない。それなら一人で充分だと思っている。
お前のような勉学を高め合えるような存在とだけ話したいと思っている。」
「……そう言う考えもあるんだろう」
聞く人によったら賛否両論があるんだと思う。そんなことないと否定する人もいるんだろうけれど、俺にそこまで出来るほど偉い人間でもないので否定はできなかった。
友だちがいるかいらないか、そう聞かれれると俺にもよくわからない。友だちとはなんなのか、それもよくわからない。むしろ自分が聞きたいとも思う。
「お前は僕と似た考えだと思ってた。勝手にそう思い込んでいたんだが、違ったみたいだ。
受け身だが誰かそばに来ても戸惑いはしても邪険にはせず、伊藤と行動を共にして叶野や湖越とも話していて、最近ではクラスの連中とも打ち解け始めている。
そんなに群れること……友だちって大事なものなのか?」
鷲尾は首を傾げて、俺の目をまっすぐ見て問いかけてきた。
その目は純粋に疑問を投げつけてくる曇りも陰りもない子どものようだった。鷲尾の言い方が皮肉に聞こえるのは、そのハッキリとした口調で普通なら聞きにくいことを聞いてくるからなのかもしれない。
万人が疑問に思いつつも暗黙の了解のように聞きにくいことや言いたいけれど言えないことを鷲尾は言えてしまうのだ。普通だと思えないぐらい普通に疑問に思っていることを普通に聞いているだけ。
そんなところをきっと、彼の短所と感じてしまうのかもしれない。だが長所でもある。
多分鷲尾は今の今まで『友だち』という存在に何の疑問も抱かずに『自分にはいらないもの』と切り捨てていたんだろうが、今その価値観は揺らいでいるんだろう。だからこうやって、鷲尾曰く『勉学を高め合えるような存在』……対等である俺にそう聞いてきたんだろう。
そこまでなんとなく理解できた、が
「……悪い、俺にもわからない。」
未だ俺にも答えは出ていない。伊藤は俺のことを大事にしてくれるのは分かるし、叶野も湖越も俺と話したいと思ってくれているのもわかる。だけど俺が友人として彼らを大事なのかはわからない。
最近まで俺も鷲尾と同じように友だちがいなくて、俺のことを理解して俺をここにいていいよと言ってくれる人を望んでいたけれど、『友だち』が欲しいのとはまた違っていた。
友だちとは何なのかという問いにも答えられないのだから大事なのかと聞かれても俺にはわからない。
……だけど
「……友だち、と呼べるかわからないが、伊藤も叶野も湖越も、鷲尾も俺は良い関係だと思ってる。」
「良い関係?」
「……仲が良いとか友だちの定理とか分からない、けど俺はみんなと話すのが楽しいと思ってる。特に伊藤は……一緒にいるのも楽しい。」
「楽しい……?」
「鷲尾は……叶野といるとき、楽しくないのか?」
「……わからない」
眉間に皺を寄せながら俺のことを睨むように見ながらそう答えた。
俺から見ると叶野といるときの鷲尾は楽しそうに見える、笑い合うとかしている訳ではないので普通の友人関係とはまた少し違うかもしれないが互いに遠慮が無いところは仲が良いと思う。でもそれはきっと俺から言っても本人が納得しないんだろうから、鷲尾本人が答えに行きつかないと満足しないだろうから、何も言うことない。
「……具体的な答えは、俺にもよくわからない」
唸る鷲尾に俺がそう言うと、不機嫌そうな顔が嘘のように笑って……なんだか楽しそうに
「ふむ……それならばどちらがその答えに行きつくか競争だな」
そう言って、俺のとなりを通り過ぎて行ってしまった。
何を言われたのかなかなか理解できなくて一瞬固まってしまったが、どうやら俺は鷲尾と競争することになったらしい、『友だちとはなんなのか』という答えに。
これは競争とか単純な話ではない気もするが、まぁ鷲尾がそれで元気になるのならいいかな。俺も鷲尾の質問の答えが気になった。……あとで、伊藤に聞いてみようか。そう思いながら俺も鷲尾のあとを追いかけるように階段を降りた。