2章『結局のところすべては自分次第。』
「一ノ瀬くんって肌白いよね、日焼け大変そうだねー」
次が体育の時間なので教室で着替えていると叶野にそう言われた。
確かに自身の腕の肌の色と目の前の叶野の健康的な肌の色に比べると確かに生白い気がする。……別に何とも思ってはない、病弱に見えるだろうかなんて思ってなんかない。
そう言えば叶野にこう言われるまで気が付かなかったが、今までそこまで炎天下のなか外にいたと言うことはなかったが、いくら学力重視の進学校と言えど夏の晴れた日にも体育の授業はあった。
でも、自身の肌が日焼けで黒くなることもなければ火傷のように赤く腫れたりするところも見たことはなかったことに今気づいた。
「……焼けたこと、ないな」
「え、赤くなったりしないの?」
「……黒くなることもない」
自分の腕を見て触ってみた。
特に何も変わらないいつも通りのただの自分の皮膚だ。いつも通り生白い。
「確かに昔から白いよな、外いても変わんねえし」
そう言ってにゅっと俺の腕を掴んだのは伊藤だった。生白い腕を伊藤の少し濃い目の肌色の手で掴まれているのが何となく酷くいたたまれない気持ちになった。
まじまじと俺の腕を見ている伊藤は俺の様子には気が付かず、
「あー本当に白いね。伊藤くんと一ノ瀬くんってそんな昔からの仲なの?」
「まあな。」
叶野とそのまま話す始末である。
伊藤が触っているに釣られてか叶野も何故か伊藤が掴んでいるのとは逆の手を触っている、なんなんだよ、お前ら。
というか両手が塞がって着替えられない。教室を見ればほとんど着替え終えたようで俺ら以外ほとんどいない、何人か俺と目が合ったが『頑張れよ』と言わんばかりの生暖かく見守られ親指を突き立てるだけで何もしてくれなかった。何故。いや、面白がっているのは分かっているが。
周りに助けは求められないことを察したので自分の口で言うことにした。Yシャツの前を開けっ放しでいい加減腹も冷えそうだ。
「……着替えられないから離してもらっていいか」
というか、なぜ俺は2人にそれぞれ腕を掴まれる流れになったのか分からない。
何故かその状態で話を進めている二人に何となく疲れた気持ちになってため息交じりにそう言った。
2人はもう着替え終えているから良いだろうけど、俺はまだ体育用に持ってきたTシャツすらも着れていないのだ。
「あ、悪いな」
「ごめんね、一ノ瀬くん」
俺がそう言って漸くこの状況に気が付いたのか2人は謝りながらすぐに手を離してくれた。
解放されてホッとして着替えの続きをしようと背を向けたとほぼ同時に
「細くない!?」
「うぐっ」
叶野にわき腹を鷲掴みにされて、くすぐったさを感じる以前に思い切り掴まれたことによって痛みで変な呻き声をあげる羽目になった。
……俺は叶野とクラスメイトにしては良い関係だと思っていたのだが、叶野になにかしてしまっただろうか。
「わ、ごめんね!ついビックリしちゃって!だって細くてびっくりしたんだもの!」
「わか、たから……はなせ……」
さっきまで鷲掴みの衝撃で驚きしかなかったが、弁解しようとする叶野はまだわき腹を掴んだままで、身体がむずむずすると言うか何か変な感じなので放していただきたい。
「あれ一ノ瀬くんって意外とくすぐったがり?」
「そういや腋弱いよな」
「へぇー」
「っ、伊藤余計なこと言うな、そして叶野は触るな」
まさかの裏切りで自分でも知らなかった弱点を叶野にバラしたうえに伊藤は少し楽しそうにそのまま腋のほうに手を滑らせてくる。伊藤も叶野もあとで覚えてろ。
普段触れられないところを掴まれている、と言う状態にうまく力が入らない。これは、たぶん良くない流れだ。なにがとはわからないが、きっとよくはない。
伊藤も叶野も完璧に悪乗りしているしさっきまで残っていたクラスメイトももう行ってしまったし、突っ込みを入れてくれる湖越もいない。
この状況を俺一人で潜り抜けるのは至難の業である。
助けてくれとまでは言わないが、この2人の悪乗りを凍らせて冷静にさせる誰かが来ないだろうか……その懇願に近い願いは届いてくれたようで誰かが教室のドアを開けた。
「……」
そこにいたのは未だ制服姿の鷲尾だった。
もう誰もいないと思っていたのか俺らがまだいたことに驚いていたように目を見開く、が、すぐにその眼鏡越しの垂れ目は冷たい眼になって
「半裸に近い一ノ瀬を抑え込んでいる伊藤と叶野の姿は変態にしか見えないな。」
とその視線と同じぐらいの温度でそう言った。空気は凍ったが俺としては漸くこの妙な空気が終わったことに心底安心した。