2章『結局のところすべては自分次第。』


「HR始めるよー」

 俺が座ったと同時にチャイムが鳴りやってきた岬先生に、立って話していたクラスメイトは皆席に着いて行った。
 出席をとる岬先生の声を聞きつつも、この1か月で起こったことを振り返った。

 早退して翌日約束した通り伊藤と登校すると叶野はずいぶんと俺のことを心配してくれた。
 湖越には『体調もう大丈夫そうなんだな』と軽く労われ鷲尾からは何も言われなかったがじろじろとこちらを気にしているのか随分と見られた。
『素直に話しかけられない系男子なんだよ、鷲尾くんもすごい心配してたんだよ』と叶野がこっそりと教えてくれたので、挨拶ついでに鷲尾にもう大丈夫だと言う旨を伝えた。
『だれから僕が心配したと聞いた?』と本で顔を隠しながら聞かれたので素直に『叶野』と答えたらすごい勢いで立ち上がり、叶野に掴みかかっていた。
『誰も一ノ瀬が心配だなんて』とか、『いや顔はそう言っていた』とか言い争い始めてなにか余計なことを言ってしまったかと思ったが『一ノ瀬は悪くないから安心しろ』と湖越に言われたので気にしないことにした。
 ……俺がいなくても特になんもないのに、こうして俺のことを気にかけてくれる人がいるのはうれしいことだ。

 転校初日でそこまで深い仲でもなく少し一緒にいたぐらいな上にすぐに帰ってしまった俺のことを気を遣ってくれる叶野はやっぱり良い奴だと思う。
 ただ、俺が伊藤と話しているのを見ると少し探るような目つきになるのは少し疑問だが、まぁ悪意はない様子で詳しく聞いていない。最近は見られる頻度は減った気がする。
 なんだかんだと俺のことを気にかけてくれる叶野と湖越、なにかと問題文について聞いてきたりする鷲尾と一緒によくいる。
 特に叶野に至ってはさっきみたいに俺をクラスの会話にいれてくれたり、進んでコミュニティの中に行こうとしない俺に気を遣ってくれている。そのおかげでこのクラスに受け入れられるのが早かったんだと思う。
 勿論俺だけじゃなくて伊藤や鷲尾にも叶野は積極的に話しかけている。鷲尾にはさっきのように遠慮なく突っ込んでいって鷲尾も鷲尾で叶野に容赦なく立ち向かうので2人の戯れは日常と思っている。

 あとは……俺は伊藤とよく行動してる。
 伊藤の好きな音楽を聴かせてもらったり昼食を共にして登下校は一緒。たまに遊びに行くのもしている、初めてこの間漫画喫茶に行った。
 漫画と言うものを知識としては知っていたが、読むこと自体は初めてだったから伊藤に読み方を教わったのは記憶に新しい。
 こんなこと実際にありえないであろうことが起こる、と言うシチュエーションは小説で読むことはあっても漫画で読むのはまた違って新鮮であり良く絵で表現できるなぁと感心した。
 小説で読んだことがあるものが漫画になっているのを読んで、字で読むのとはまた違う感じ方を味わえるのは楽しかった。
 伊藤はよく俺の家に来てはだらだらと互いに好きなことをしていたり好きなものについていろいろ話してくれたり、どちらにしても伊藤といるのは楽しいと思った。たまに泊まることもある。
 逆に伊藤の家には行ったことはない。

 ……そして、楽しいだけではやっていけないところもあることに最近気が付いた。遊ぶのは意外とお金がかかるのだと言うことに。
 鷲尾は勉学に勤しむことに忙しいのでバイトをしていないが、伊藤に叶野や湖越はバイトをしているらしい。食事代や勉強代に使うのはまだともかく、遊ぶのに祖父のお金を使うのは抵抗がある。
 ……向いていないのを百の承知で俺もバイトをするべきか……。
 そう言えばスーパーで品出しのバイト募集しているのを見たような、レジをやるよりはいいのかもしれない。
 頭のなかで算段をつける。

「一ノ瀬くん」
「……はい」
「…うん、今日も欠席者ゼロだね。みんな元気で嬉しいよ。もうすぐ中間テストが始まるから体調崩さないようにね、明日から部活も出来なくなるから、もし放課後残りたい子がいたら僕に言ってね。」

 優しく言う岬先生に呻くクラスメイトたち。
 隣にいる伊藤も嫌そうな顔をしている。……バイトの件はテストが終わってから考えることにしよう、今決めた。もうすぐテストと言うのなら遊ぶ余裕もないだろう。
 遊んだりしていたせいで、俺もあまり予習や復習をしていなかったから少し不安でもある。今までこんなに勉強しなかったのは初めてのことだった。
 楽しいことがあればそちらばかりつい優先してしまう、他にすることがなかったから勉強をしていただけだったので楽しい訳ではなくてやれと言われたからやっていて、つまらないと思ったことはないけれどかと言って楽しいとも思ってもなかった。

 ただの義務だった。それだけのものだった。
 前の学校では進学校と言うのもあって予習復習は普通、出来るのが当たり前で勉強も苦ではない生徒のほうが多かった。多分鷲尾のように勉学に励んで上位を狙っている生徒ばかりだった。
 先生からテストのことを知らされなくともすでにみんな知っていて、すでにスケジュールを組んでいた。知らされても特に何の反応もなかった。
 だから、先生からテストだと聞かされて「うわー…」「俺勉強してねー」とか嫌そうな顔をして呻いているのが新鮮だ。
 それを苦笑いで見守る先生も不思議な感じがする。激をいれたり説教される訳でもない。
 唯一俺の見知った反応をしているのはテストと言われても動じない鷲尾ぐらいなもので他はそれぞれに色んな反応をしている。正直少し面白い。
 今まで見てきたクラスメイトの反応と全く違っていて、今までなかった自由というか伸び伸びとした感じと言うのだろうか?ちょっとだけおもしろい。

「透、悪い勉強教えてくれないか?」

 クラスの雰囲気を見ていると伊藤に肩を軽く叩かれそちらを見ると困ったような顔でそうお願いされた。
 特に断る理由もなくて、むしろこれで少しでも伊藤の礼になるのなら嬉しいものだな、と静かにうなずいた。
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