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2章『結局のところすべては自分次第。』


 水咲高校に転校してきて一か月が経った。
 今も桐渓さんからのメールは届くけれど、呼び出されることはなかった。何故かたまに岬先生がなにか言いたそうに見てくるときもあるが、目を合わせると笑って手を軽く振られるだけでなにも言ってこないので、聞かないでいる。
 学校生活は順調かそうでないか、と問われれば順調と答えられた。
 俺のことを受け入れてくれて俺のことで泣いてくれた伊藤とは大体一緒にいるし、湖越とも鷲尾とも仲が良いかどうかは分からないが話しかけてくれるし昼も一緒に食べてくれる。
 岬先生も五十嵐先生も優しい先生だ。五十嵐先生は少し声は大きいけれど、決して考え無しではないことは知っている。
 クラスメイトも俺や俺が引っ越してきたときとは違うらしい伊藤にも慣れたようで、『意外に仲いいよな』と軽く話しかけられることも増えてきた。
 きっとクラスメイトたちも順応力が高いんだろうが、

「おはよー」
「おっす、叶野!昨日の見た?」
「見た見た!まさか牛乳じゃ身長が伸びないとは……今まで腹壊しながら飲み続けてた俺って一体……。あっおはよ!一ノ瀬くん、きみは何食べてたらこんな大きくなったの?」
「……肉と野菜、あと米とかパンとか」
「俺も大体同じもの食べてるはずなのにどうしてこんなに違うんだろうね……」
「俺より小さいけど希望は標準だろ。俺より小さいけど」
「誠一郎うるさいよ!」

 クラスメイトに話しかけられ、軽く答えて近くにいた俺に気にしていることを聞いてみて有益な情報を得られずしょんぼりしていたら、湖越に弄られてむきになっている叶野。
 きっと彼のおかげで俺はクラスのなかに早めに受け入れられたんだろう。
 いや、俺だけじゃなくてきっと伊藤も鷲尾もそうなんだろう。
 特に鷲尾にはちょっと弄りながら話しかけている、それは不快にはならない程度の弄りできっと彼は距離の取り方がうまいのだろう。すごいことだ。

「くだらないことで騒いでいるな」
「鷲尾くんには俺のことなんてわからない……こうして弄られる俺のことなんて、その成長期で苦しんだ割にはひょろい鷲尾くんにはね!」
「……お前は僕より低くてひょろいな。」
「あーーー!うっさい!別にひょろくはない、無いはず!」

 ちょっとむっとした様子の鷲尾に痛いところを突かれた叶野は自棄になって鷲尾の肩に軽く拳を打つ。
 鬱陶しい、と鷲尾が言えば次は頭突きを繰り出している。……コミュニケーションの仕方が少しバイオレンスなのは今更なにも言うまい。日常的に行われているからいちいち気にしてられない。
 2人のコミュニケーションを横目に、窓の外を見ると梅雨時のせいか空は灰色で今にも雨が振り出しそうだった。

「今日の体育は体育館になりそうだな」
「……そうだな」

 俺につられたのか伊藤も空を見ていてそう言われて同意した。
 転校してきた日は初夏に入ったぐらいで学ランを着ていても少し暑いぐらいで耐えられたが、6月ともなると湿気が増えて蒸し暑くて学ランをとてもではないが着れたものではない。
 まだ半袖のYシャツは買っていないので、学ランを着ないで長袖のYシャツで袖をまくっているだけだ。今はこれで平気だがそろそろ半袖を買うべきだろう。
 伊藤も長袖のYシャツを身に着けており俺と同じように袖をまくり、前は全開で中のTシャツが見えるようになっている。他のクラスメイトも似たり寄ったり……湖越はジャージで袖をまくっているだけだが。
 ポリシーだとかなんとかで未だに学ランを身に着けたりカーディガンやパーカーを羽織っている人もちらほらいる、俺からすると暑そうとしか思えないのだが、きっと譲れないものもあるのだろう。

「……室内も、暑そうだな」
「むしろ室内のほうが暑いかもな、蒸しそうで。」

 夏の晴れた日に行う校庭での体育も辛いものだけど、熱気の詰め込まれた風もない体育館で行うのもかなり辛い。

「……夏、嫌い」
「そうか?俺は好きだな夏。」
「一ノ瀬くんは冬派で伊藤くんは夏派なの?」

 鷲尾との戦闘を終えたのか俺らの会話にそろっと入ってきた叶野。
 いつの間に、と思いながらも叶野の質問を考えてみる。夏は確かに嫌いだ。暑いし思考回路もうまくいかないし汗も不快で、冷房の風のせいで喉にも来る。
 かと言って冬が好きなのか、と問われると

「……冬も嫌いだ」

 嫌いである。寒くて外に出る気力も沸かない、室内は暖かくすれば出たくなるぐらい心地いいものだが次は風呂に行くのさえ億劫になる。
 ギリギリ冬よりも夏のほうがマシなレベルである。一番は秋だ、過ごしやすい。春はあの生温さが何か苦手だ。秋以外の全ての季節が苦手だ。今知った。

「どっちも好きだな」

 少し考えて伊藤はそう答えた。
 意見が真っ二つに割れる。……まぁ伊藤は俺と違う価値観なんだろうな…理解は出来ないが。

「出来ることとかそれぞれ違うだろ、夏と冬とで美味く食えるものが全く違うし、まぁ楽しもうぜ?」
「伊藤からそんな言葉が聞けるとはな。一ノ瀬が来る前は常につまんなさそうな顔していたが。」
「うっせえよ」

 皮肉、ではなく、本当に不思議そうに言うのだが、いかんせんオブラートに包むことをしない鷲尾を伊藤は軽く流した。
 素っ気なく流された鷲尾はまったく意に介した様子はない。……結構相性悪くないよな、この2人。

「まぁどうしようもないことを嘆いても仕方ないなら、いっそのことその場を楽しんだほうが良いのかな?」
「伊藤の言うことも一理あるな、鷲尾の言うこともな」
「んー……でも確かに一ノ瀬くんが来る前より楽しそうだよね」

 伊藤が流そうとしたのを、伊藤の考えを理解しつつも鷲尾に同意した湖越によって阻止されてしまった。
 叶野も苦笑いしながらもやんわりと同意した。
「そうなのか?」
 今の伊藤から想像できなくてつい聞いてしまう。目を見る俺から目を逸らしてなにか言おうと数回口を開閉を繰り返し、

「……夏休みも冬休みもどっか遊びに行こうな、透」

 誤魔化すことにしたらしい。
 結局詳しく言うつもりはないという意志が現れている、いや別に言いたくないのならそれでよかったんだが。
 正直納得は出来ていないし多分もう一回聞けば伊藤も答えてくれると思う。が、あまり俺に言いたくない様子の伊藤に無理強いはするつもりは毛頭ない。

「そうだな。」

 伊藤のその提案は普通にうれしくもあったので、伊藤の希望通り流すことにした。
 多分この会話は無意味なもので、得に俺の人生に影響を受けるものではないのだろうが、俺は楽しい。
 約束した通りきっと俺は伊藤と遊ぶんだろう。
 この1か月のなかで町のほうへ行って初めてゲーセンに行ってゲームをしたのとは違う、漫画やドラマのような少し遠出する遊びを。それをするのはきっと楽しい。

「細かく聞こうとするミッションは失敗しましたなぁ……あっ別に弄るつもりはなかったんだよ?ちょっとした好奇心。」
「俺は純粋に気になっていただけなんだ、不快にさせたなら悪かったな」
「僕は事実は言っただけだが。」

 それぞれ思っていたことを言って叶野と湖越は少し申し訳なさそうにして、鷲尾は何か悪かったか?ときょとんとした顔をしている。
 悪意はなかったんだと言った雰囲気の3人に伊藤は毒気が抜かれたようで

「……まぁ別に良いけどな」

 少し呆れた雰囲気でそう言った。
 伊藤もただ言いたくないだけで別に怒っている訳ではなさそうだったので、俺は特になにも言うことはなく何も見てない知らぬフリをして席に着いた。

 ……正直なところ、俺がこっちに越してくるまえの伊藤がどんな感じだったのか、すごく気になるけれど。伊藤が言いたく無さそうなら、仕方ない。そう自分に言い聞かせた。
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