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1章『それぞれの想い。』


「お前、神丘ってあの神丘学園か?男子校でT県の山奥にある全寮制の名門学園か?」
「……そう、だと思う。」

 この間までいた神丘学園が、名門だと言うことは今初めて知ったが、特徴は合っている。
 とは言えこんなに大きな声で名門とか言われると少し対応に困る。
 変に目立つと言うのは知っていたから

「へぇ一ノ瀬って顔も良くて頭も良いんだな」
「ハイスペックだね!と言うか鷲尾くん食いつきすぎて一ノ瀬くん引いてない?」

 感心したように言う湖越といつのまにかその隣にいた叶野が鷲尾の反応に突っ込みを入れている。
 引いてはいないが、正直この勢いをどう対処していいか困ってはいる。
 そして隣に座る伊藤は
「やっぱり透ってすごいんだなぁ……」
 と何故か輝いた眼で俺を見ている、いや、なんで。
 自分が少し他者と優れているときに暗く濁った眼で見られたことがあっても、こうして純粋に感心されるなんてされたことはない。
 ……周りはどうも俺よりも、突然の行動をした鷲尾にばかり意識が向いていてこちらのことを見ることはないんだろうな。
 もしかしたら見られているとか俺のただの気にし過ぎで、実際周りはそこまで俺に興味はないのかもしれない。自意識過剰、だっただろうか?
 自分が思うより、視線なんて気にしなくとも、いいんじゃないか。

「…そうか、お前あの学園なのか」

 鷲尾は俺をじろじろと値踏みするように見ている。
 いつも向けられている眼と少し似ている気もしたが、鷲尾の眼はそれよりももっとぎらついているようにも見えた。
 メガネで分かり難いが、よく見ると少し垂れ目なのに気が強そうな印象を受けるのは、その真っ直ぐすぎる眼と強い口調で話すからだろうか?
 同じようにメガネをかけていて垂れ目よりなのに岬先生とは真逆の印象を受けるのはそのせいだろうか。
「神丘学園とかいうのってそんなに頭良いところなのか?」「鷲尾がここまで反応するぐらいだからそうなんじゃね?」とか周りのクラスメイトが小声で話しているのが聞こえる。

「鷲尾、てめえ透困ってるだろ。つか自己紹介ぐらいしろよ」
「問題を起こして停学処分を食らっていた上に碌に学校にも来ていなかったお前に言われるのは癪だが、確かにそうだな。一理ある」

 ぶつぶつとなにか言っているばかりで、俺に話しかけたりはしていないがその場からどく気もなさそうな鷲尾に伊藤が見兼ねて注意すれば、鷲尾は不快そうに眉を寄せつつも案外素直に伊藤の意見を聞き入れた。
『問題』と鷲尾が言った瞬間周りの空気が冷えたような伊藤を窺うような雰囲気に変わったが、言われた伊藤は鷲尾の態度に舌打ちはするが言われたこと自体に特に反応はない。
鷲尾は……嫌味のつもりで言った、というよりは自分が思った通りのことを言っている、そんな様子に見えた。

「僕は鷲尾 和季(わしお かずき)。お前は?」
「……一ノ瀬透」

 さっき黒板の前で岬先生に俺の名前を紹介していたが、確かに鷲尾は興味が無さそうになにか本を見ながら、ノートになにか書いていた気がする。
『神丘学園』と言う単語に反応して、ようやく俺の存在に興味を持ったようだった。
 ……俺が言うのもあれなのかもしれないが、鷲尾は少しその……変わっていると思った。

「一ノ瀬か。神丘にはいつからいた?テストの順位はどのぐらいだ?もうこの学校で習ったことは習っているよな?」
「鷲尾くん、そろそろ授業始まるよっ!だからとりあえず質問は後にしよう!」
「……牛島の担当か。」

 表面上の自己紹介を終えて、早口でずらずらと質問攻めされそうになってどうしようかと思っていると時間を見た叶野が、もう授業が始めることを教えてくれたおかげで止まった。
 一気にテンションが下がった様子の鷲尾は俺になにも言うことなく自分の教室に戻っていった。なんというか、自分に正直な奴だなと思う。

「鷲尾の奴、明らかにテンション低くなったな。まぁ次牛島の授業だしな。仕方ない。」
「うーん…鷲尾くんって分かり難いけど、わかりやすいよね。」

 それだけ牛島、と言う先生の授業であることがテンション下がることなのだろうか。
 鷲尾の反応に納得している様子の湖越に、それに否定もフォローも入れようとしない叶野。

「……牛島、てそこまでの人なのか?」
「ん?あーまぁ、人間の屑だな。」

 伊藤に問いかけると帰ってきたのはそんな簡潔かつこれ以上ないぐらいの分かりやすい回答だった。
 伊藤の回答がおもしろかったのか、湖越は「ぶふ……!」と吹き出し、口を抑えた。
 逆にその牛島と言う先生が気になってきた。

「明らかに分かっていないであろう生徒を指して、その様子を笑ってみているようなクズだぞ。
 出来れば視界にも入れたくもねえな」
「……それは……クズだな」
「一ノ瀬くんもそんな言葉使うんだね」
 なんか意外だなーと笑う叶野。
 いや、普段別に使わないんだが、そうとしか表現できないと言うか。
 クズという言い方はよくないだろうか。

「……人として問題のある底辺なひと……?」
「ぶっ……いや!言い方とかじゃなくて!少し丁寧なのが、なんか、また拍車をかけている気がするよっ」
「……そうか…?」

 そんな言葉、と言うのだから『クズ』という言い方を少し丁寧に詳しくしてみたけど、それも駄目らしい。
 俺の発言に湖越だけではなくいつの間にかクラスメイトも笑っている。

「はは、言い方が変わっただけで伝えたいことは変わっていないしな」
「……だめだったか?」
「良いんじゃね?透らしいし。」

 俺らしいとかよくわからないけど……まあ、伊藤が良いというならいいか。
 なんで一ノ瀬ちょっときょとんとしてるんだよ、と遠くから野次を飛ばされた。
 まだクラスでクスクスと笑う声も聞こえるなか漸く落ち着いたような湖越が誤魔化すかのように咳払いをするが

「さっさと席に着け!うるさいぞ、転入生が来たぐらいで騒ぎおって……」
「ぶふっ!」

 始まりのチャイムとともに顔を真っ赤にした小太りの中年男性……多分、先ほどまで話していた牛島先生と言う人だろう……が入ってきてさきほどのことを思い出してしまったのかまた湖越が噴き出す。
 それにつられてクラスメイトはまた笑いだす。
 何故か自分のことを見て笑うクラスメイトたちに、牛島先生はなんだ?なにがおかしい!と叫ぶ。

「五月蠅い。あんたの声ただでさえ不快なんだ、叫ばないでくれ。」
「貴様ぁ、鷲尾!!お前は毎度毎度教師になんつう口の利き方……!」
「うぜえな、相変わらず……」

 俺は後ろの席なので鷲尾の顔は分からないが、きっとすごい不機嫌な顔をしていることがすぐ予想ができるぐらいの呆れが混じった機嫌が悪そうな声の鷲尾。
 鷲尾の態度を気に入らなかったようで牛島先生はなにか言おうとしたが、違う誰かに心底うざそうに言う声に牛島先生は固まる。

「っ伊藤、いたのか……」
「いてなんか悪いのかよ。」

 その声の主と言うのも隣に座る伊藤だった。
 伊藤のほうを窺えば足を組んで、背もたれに寄りかかって牛島先生の方を見ている。
 特に睨んでいるようには見えなかったけど、三白眼で眼力があるから睨まれているように感じたようで牛島先生はいや、その、とまぁしどろもどろだ。
 何故か伊藤を怖がっているように見える。そんなに顔、怖いか?そう思って伊藤のほうを覗き込んだ。

「っうお、なんだよ、透。」
「……男らしい顔だな。」

 三白眼で一重で釣り目。そして真っ黒な眼。
 一瞬睨んでいるように見られてしまうのはきっと本人としては良いところではないんだろうけど。
 表情筋が死んでいて眼も大凡15歳としては輝きのない自分よりも伊藤のほうが、キラキラしている。
 やっぱり怖くはないな。うん。

「……やっぱり透だなぁ」
「……?なにか言ったか?」
「いいや、なんでもねえよ。ありがとよ。」

 哀愁さえも感じるような笑顔を俺に向けてなにかを言っていたが聞こえなくて聞き返しても、答えてはくれなかった。
 特に嫌そうな訳でもないから、悪感情ではないんだろうけれど、何となく、嬉しいけど少しだけ寂しそうな笑顔が頭から離れなかった。

「なにを呆けている。牛島」
「…!うるさいっ!!」

 感情すらも無くなってしまった声で鷲尾は牛島先生に声をかけると、ようやく動き出した。
 何故かクラスメイトたちも俺たちのほうを見ているが、なにかあっただろうか。
 そう思いながらも
「数学の教科書は持ってきているか?」
 と伊藤に聞かれて、持っていると肯定するために頷いたときにはもう周りの視線は気にすることはなかった。
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