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1章『それぞれの想い。』


 視線の集中砲火を予想していた通りされたが、見かねた岬先生のおかげであまり気にならなかった。
 それに同じクラスなのは分かっていたけど、伊藤がいるのは心強い上に隣の席だとわかったときには、胸が嬉しさで満たされていく感じがした。
 目が合って手を振られたからつい俺手を振り返してしまったが、おかしかっただろうか?
 クラスのほとんどが何故か伊藤に注目されていてあまり俺を見ていなかったが、伊藤の前の席の赤茶髪の存在感のある人と前のほうの席に座っていたジャージの人が俺のほうを驚いてみていた。
 でも伊藤は特に変だとも言わなかったから、まぁ大丈夫かな。

「同じクラスになれて、しかも隣の席でうれしい。後で校内案内するなっ」

 こちらに向けてくる視線を気にせずに伊藤は小声で話しかけてくるのを見習って、俺も気にしていないフリをして伊藤の言葉にうなずいた。
 岬先生が生徒の名前を呼んで出席を取る。
 俺の名字は普通の名前順で並べば最初らへんになるんだろうけど今回は転校生と言う形なので、俺の名前は最後に呼ばれるんだろう。
 そういえば、名前順では伊藤と俺はかなり近いと言うか前後になることはほぼ確定だ。
 名前順で俺と伊藤は仲良くなったんだろうか。いつか聞いてみよう。

 出席をとって連絡事項もそこそこに朝のHRは直ぐに終わった。
「あまり一ノ瀬くんにしつこく質問したら駄目だからね?」と岬先生はクラスに釘を刺してくれた。
 これでHRを終わります、と穏やかな口調でHRを終えた。



「はじめまして!俺は叶野 希望(かのう のぞみ)です。よろしくね、一ノ瀬くん」
「……よろしく」

 伊藤の前の席の、さっき驚いた顔をしていた赤茶髪のほうの人、叶野が人懐っこい笑顔で友好的に話しかけてきた。
 自己紹介はもうしたのでそうか、としか返す言葉は見つからなかった。
 どうしても話すことがすぐに頭にまとまらず変な間が出来て、その上で言葉が見つからず簡潔な答えしか出来ないのは、申し訳ないと思う。
 口数が少なくて無表情であろう俺に気分を害した様子はなくうんうんと叶野は何故か頷いて「やっぱり美形!」とにこっと笑ってそう言われた。この流れでなぜ言ったんだろうか。

「伊藤くんと一ノ瀬くん仲良いんだね、伊藤くんが嬉しそうな顔をするのみんな初めて見たから、このクラスどころか学校中が騒いでたんだよ」
「そうだったか?」
「うーん、伊藤くん本当に周りの目気にしないね」

 ふーん、と本当に気にしていないと言うかどうでもよさそうな声で伊藤は叶野に返した。
 伊藤の反応に叶野は苦笑した。
 そういえば、と伊藤の後姿を見送ったのを思い出す、よく俺は視線にさらされることがあるが、この学校では俺の比じゃないぐらい伊藤への視線は物凄かった。何と言うか、物珍しいものどころか珍獣でも見るかのような。
 気にしていないかのように堂々と歩く後ろ姿。本当に気にしていなかったどころか、騒ぐ周りをまずまったく見ていなかったらしい。

「少し見習いたい気もするな……ああ、いきなり悪いな。俺は湖越 誠一郎(ここえ せいいちろう)だ。よろしくな、一ノ瀬。」

 ぬんっと現れたのはさきほどの……ジャージの人。
 クラスで一人だけ何故かジャージだ、髪は短髪の黒髪で意志の強そうな少し釣り目なのが印象的だ。
 多分俺ほどではないけど、あまりその顔には表情を載せていない。
 俺が座っているのもあるが、それ以上に大分身長が高いのだろう、少し威圧的にも感じる。
 じーっと俺の方を見ているだけなんだろうが、威圧感のせいか睨まれている気もする。

「……なんつうか、初めて見たわ。このレベルのイケメン……いや、とんでもない美形。」
「……?」
「誠一郎は一ノ瀬くんに少し見惚れちゃっただけだからね、睨んではいないの。少し人よりでかいから、ただ見下ろしてしまうのを見下されていると勘違いされてしまうのです。」
「うるせえ、ちび」
「今誠一郎は全国の172㎝以下を敵に回しました。聞いたー?!みんなぁ!!
と言うか、俺は日本男性の平均はあるから!」
「叶野必死過ぎるだろ!」
「うるさいよそこ!くそ、誠一郎はでかいし伊藤くんも、多分一ノ瀬くんも俺より身長高い…!
だれか、俺に援護をっ」
「俺175だから」
「この裏切者がっ」

 ……いきなりじゃれ合いが始まった。
 いや、普通の男子高校生はこんなもの、か?
 煽ったであろう湖越は我関せずで、叶野はこちらに視線だけ送っていたクラスメイトと騒ぎ始めた。
 伊藤も伊藤でマイペースで「次の授業数学……みたいだな」と次の授業の科目を嫌そうに呟いている。
 何の授業が今日あるのか分からなかったので、国語と数学と英語をとりあえず持ってきた、持ってきていない科目は今日のところは伊藤に見せてもらおう。
 教科書ノートすべて机の中にいれっぱなしの状態らしい伊藤がごそごそと数学の教科書を探しているのを見て、俺も教科書とノートすべて置いて行こう、と思った。重たいし、予習復習がしたいものだけ持って帰ろう。

「ねぇ、鷲尾くんもそう思うよね?!」
「五月蠅い。それに僕の身長は178㎝だ。お前より身長高いから正直賛同しかねる」
「裏切者っ!薄情者、この冷血漢!!がり勉、この野郎っメガネ割れろ!」
「何故僕だけ悪口の量が豊富なんだ!」
「ノリだよ!馬鹿!頭の良い馬鹿っ」
「矛盾しすぎだろう!」

 叶野はと言うとクラスメイトに絡んで冷たく断られている。
 何故か他のクラスメイトとは違って悪口をすごい言われているのはさすがにツッコミを入れている。
 その二人をみて周りは、連休明けそうそうまたやってるなーと言って笑ってみているので、これはいつも通りの日常らしい。
 気が付けばこちらに視線を向けているのは数人になっている。
 ……なんだか、伊藤もらしいけど、叶野もキャラが濃くて俺のことは薄れていてくれているようだ。
 このぐらいの視線なら落ち着きはしないが、そこまで過敏になるものでもない。前の学校のようにはならなさそうだと安堵を覚えた。

「そういや、一ノ瀬ってどこから来たんだ?」
「……神丘学園って、言う」
 T県の山奥にある男子校だった、と湖越からの質問にそう続けようとした。

「神丘、だと?!」

 大きな通る声が教室に響き渡る。
 声のしたほうを見れば、さきほどまで叶野が絡んでいた……鷲尾と呼ばれた黒い髪をしたメガネをかけた見るからに優等生といった風貌の彼と目が合う。
 突然の大きな声にクラスメイトが驚いて鷲尾のほうを見た。予想はしていたが、鷲尾はこちらにつかつかと向かってきた。
 また俺のほうに視線が集中する。もう視線が気になると思うことをあきらめたほうがいい気がしてきた。今日から伊藤の姿勢を見習ってもう視線を気にしないように心がけようと決めた。
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