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1章『それぞれの想い。』


 一ノ瀬くん、とんでもない美形だなぁ、と話ながらもつい見惚れたのは内緒だ。
 この学校では見たことがない、とすぐわかるぐらい顔の造形が怖いぐらい整っていて、触ればきっと引っかかりもせずにさらりと指が通るのだろうと分かるぐらいストレートな綺麗な黒い髪に、日本ではあまり見ない灰色の眼が印象的だった。
 よくよく見ていてもニキビ跡すらもない白い肌。彼がそこにいると見ずにはいられない、と同時にその灰色の眼はすべてを見透かしているかのようにも見えて、真っ直ぐ目を見られると少し怖くも感じる。畏怖、とも呼べるものだろう。
 桐渓先生から散々無口で無表情でなにを考えているのかわからない、と聞いていたので少し身構えていたところもあったけど、会ってみて安心した。
 聞かされて想像していた一ノ瀬くんよりも、断然人間らしい高校1年生の男の子だったから。

 僕が伊藤くんの話をしたとき、表情は変わらなかったけど、うれしそうに見えたからね。

 だから、一ノ瀬くんと伊藤くんが同じクラスで、偶然にも隣の席になれて本当によかったね。
 そう思いながら僕は一ノ瀬くんとともに教室に入る。


 ドアの外まで聞こえるぐらい随分と騒がしかった教室は僕が入ったぐらいでは落ち着かなかったけれど、一ノ瀬くんが教室に入ってきて彼のことを視界にいれたと同時に静かになった。
 いきなりの静けさに驚いた僕とは逆に一ノ瀬くんは気にしていないようで、先ほど僕に言われた通りに黒板に名前を書いている。
 彼の容姿に納得の少し達筆な綺麗な字で、『一ノ瀬 透』と彼が書いている間に僕も少し気持ちを落ち着かせることに成功した。
 落ち着かせて、ようやく教室の生徒たちの様子を冷静に見れた。
 一ノ瀬くんが入ってきたときのまま固まっているなか、最近来なかった伊藤くんがとても嬉しそうに一ノ瀬くんに微笑んでいるのを見て、驚いた。
 伊藤くんは入学したときから、ううんもしかしたら入学する前からかもしれない……彼はいつもつまらなさそうにしていたから。
 話しかければ普通に返してくれるし無視することもない、優しいところもたくさんあるんだって言うのも知っている。
 だけど、その目はどこか冷めていて表情も無表情とまではいかなかったけれど、あのときでさえ伊藤くんは怒りでもなくただただ『退屈』と言った表情をしていた。

 ああして笑う、なんて予想もしていなかった。
 しかも穏やかに嬉しそうにしているなんて。

 伊藤くんに思考を奪われているとチョークの音が止んで一ノ瀬くんが名前を書き終わったことにハッとなって慌てて意識を戻した。

「今日からこのクラスの生徒になった一ノ瀬透くんだよ、みんな仲良くしてね。
 ……一ノ瀬くんが居心地悪そうだから、あまり見ないであげてね?」

 あまりに凝視されているせいか居心地悪そうに身動ぎをしているのを見かねて、みんなに注意すれば「あっ」と気が抜けた声や慌てて目を外したりする。
 となりでホッとした様子の一ノ瀬くんにあまり目立つのは苦手なんだろうな、と理解した。
 一ノ瀬くんが表情にも声にも出ないなら、教師である僕は雰囲気や仕草で理解しようと思った、それは今回成功したようで安心した。
 意識してみてみれば案外分かるようになれる、のかな。
 それでも僕が察するのは限界があるだろうから、一番いいのは一ノ瀬くんが言ってくれることだけど……それは無理強い出来ることではない。
 それならせめて、僕が一ノ瀬くんと仲良くなれるように頑張りたい。
 そう内心でこっそりと決意した。

「一ノ瀬くんの席は、奥のあの空いている席だからね」
「……はい」

 僕が指をさして教えると頷いて一ノ瀬くんはそちらを見た。そこでようやくその席の隣に座る伊藤くんを見つけたようだった。
 視線があった2人に何故か次は伊藤くんをこっそりとだけどみんなは見た。
 また……もう、とさっきみたいにみんなに注意しようとした。
 けど、その瞬間。

 伊藤くんは一ノ瀬くんに笑って手を振ったのだ。

 またクラスに変な無言の空気が流れてきたけど、僕は一ノ瀬くんの反応が気になってつい盗み見た。

 一ノ瀬くんも小さくだけど、伊藤くんに手を振り返していた。
 一ノ瀬くんは相変わらず表情は変えていないけど、それでもうれしいんだろうな、と言うのが伝わって、……なんと言うか、少しほっこりした。
 少し意外そうな表情を浮かべて一ノ瀬くんを見ていたのは叶野くんと湖越くんだった。
 無表情のままに手を振るのが意外だったのか、どう思ったのかは僕にはわからないけど、仲良くできたらいいなぁ。
 クラスの変な空気と視線を気にせず一ノ瀬くんは案内された席に移動した、さっきみたいな居心地悪そうなのが嘘のようにどうどうと歩いている。
 席に座ると、伊藤くんがなにか話しかけている雰囲気が分かったけど、当たり前だけど僕には聞こえない。
 とりあえず

「はい、出席取るよー相川くん」

 みんなは二人の会話に聞き耳までも立てようとするので、わざと大きな声を出して出席を取った。
 盗み見た伊藤くんの表情はまるで親しい人と心を開いて話しているかのような、安らぎと穏やかさがあった。一ノ瀬くんもさっきよりも穏やかに見えた。
 二人がどんな関係かどのぐらい深い仲なんだろうか、とか担任である僕が深く聞くのは違うだろうけど、でも、彼らがずっと仲良しであればいいな、とそう思った。
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