2章 後編
ラーメンを食べ終えて会計も終わってさあ帰ろうかと言う流れになったところで、普段なら言いたいことがあってもその場の空気を壊さないことを選んできたけど……
「えっと、鷲尾くん。これから時間あったりする?ちょっと色々話したいなーって思ってるんだけど……。」
さっきから鷲尾くんを見ると変な動悸を覚えて妙に緊張してしまうけれど『いつも通りいつも通り』何度も頭の中で念じて話しかけた。
話したいことは、この間のことだ。
昨日少しだけ話をしたけれどみんなを交えてで、色んなことが一気に起こりすぎてちゃんと話せなかったし、ちゃんと鷲尾くんと2人でしっかりと話したいと思ったから。
先ほどの会話で塾とか家庭教師を減らしたとはいっていたから知ってるけれど、それでもやっぱり勉強は大事って言う意識は変わっていないみたいだったからこの後塾とかが入っている可能性があって少し自信が無かったけれど、杞憂だったみたい。
「ああ。僕も叶野と話したいと思ってた。」
「そ、っかあ。塾とかは大丈夫なの?」
「今日お前とちゃんと話すつもりだったからこの後何も予定をいれていない。心配無用だ。」
相変わらずきびきびとした口調で取っ付きやすくなったわけではないけれど、前よりも柔らかい表情と親しみを感じてくれているかのような口調で頷いてくれた。
元々俺と話すつもり、だったらしい。……うーん、なんだろう。変な気持ちになる。
「と言うことで、みんなは先に帰っててー。」
「おう分かった。」
「じゃあ、また来週。」
「うん、2人とも色々ありがとうね!」
「友だちなんだから気にしなくていい。」
「じゃあな。」
さらっと男らしいことを言う一ノ瀬くんとあまり気にしないでさっさとしている伊藤くんはなんだかおもしろいなぁと思う。
「……大丈夫か?」
一ノ瀬くんたちはちょっと先に行ったあと、誠一郎に小声で話しかけられた。
心配そうに俺を見下ろしながらそう聞く誠一郎。
俺は、いつも誠一郎に救われている。小学生のときだって中学生のときだって、今だって。自分の身を気にせず俺のこと味方してくれて、周りの人間に恐怖を覚えて信じられなくて苦しむ俺に『そのままでいいんだ』と肯定してくれた。
高校に入って無理をしていないかいつも心配してくれてた。
俺にはもったいないほどの親友。大事な、ともだち。
大事な友だちだから。だからこそ。
『親友』に信頼はしてこそ、『執着』をしてはいけないと思うんだ。
俺の駄目なところ、治さないといけないところ、それを肯定してくれるのは俺は救われてきた。でも、だからと言ってそれにずっと甘え続けているのはきっと違うと思うから。
誠一郎は、俺のせいで動けないことも絶対にあったから。……梶井くんとの仲が修復できないほどになってしまった今ではたぶん遅すぎるほどなのかもしれないけれど。
それでも。俺も誠一郎も、このままではきっといけないんだ。
「うん、大丈夫だよ。」
俺は心から笑ってそう言った。もう怖いものなんてここにはないのだから。あとは俺の勇気だけ。一歩踏み出す勇気だけ。それだけ。
「……そう、か。なら、俺ももう何もいわねえ。気を付けて帰れよ?」
「あはは、誠一郎お母さんかっ!じゃ、またね。」
「……ああ。」
誠一郎にしては歯切りの悪い返事だった。だけど、俺は気付かないフリをした。俺のことを気にする視線を感じながらもそれも気付かないフリをした。
……自分勝手でごめんね。でも、もうやめにしよう。
依存し合う関係も、お互いを逃げ道にするのも、もう辞めにして。本当の親友になろう?
学校の近所だとあのラーメン屋ぐらいしかないけれど、歩いて20分ぐらいのところには一応ファミレスがあるからそこに移動することにした。
外で話すのは暑いしちゃんと腰据えて話したかったから。それは鷲尾くんも同じで、むしろ提案したのはそっちだったから驚いてしまう。
歩きながら、本当に少し話していない間に鷲尾くんは変わっていた。一ノ瀬くんのおかげなのかな、そう思うと何故か胸がしくりと痛んだ。
ほとんど無言で歩いてファミレスに着いた。
席に案内され、このまま何も頼まずに居座るのも申し訳ないしなぁと適当につまめるフライドポテトとドリンクバーを頼んだ。話している最中に来られるのも、と注文していたものがくるまではまだ辞めておくことにしてドリンクバーへと向かう。
「……これ、どうやるんだ?」
「おお、初ドリンクバーなんだね。希少価値だ……。」
困惑している鷲尾くんにやり方を教えると「これ、面白いな」と感心していた。
鷲尾くんって、こうしてコップを自分で取って自分で飲み物をいれたりすることも今まで無かったり、塾や家庭教師を沢山入れているところを見る限り結構良いところのお家だったりするのかな?
……子どものように目を輝かしている鷲尾くんを見て何とも言えない感情になったのは、俺にもわかんない。
暑くて汗を掻いたせいで喉がカラカラで1杯目はすぐに無くなって2杯目に行ってもうなくなるかなと言う頃にフライドポテトが来た。
正直、さっきラーメン食べたばかりで歩いたからといってあまり消化されている訳ではなくお腹いっぱいだけど、まあ食べられないことはないしね。とりあえずひとつ、とつまんだ。
「……えっと、さ。」
昨日からずっとちゃんと話そう、と思ってた。昨日は今日がテストだから、と辞めて今日絶対に鷲尾くんと話そう!そう意気込んで呼べたのは良いけれどどう話し出していいのか言葉に詰まった。
色々シミュレーションしてみたけれど、やっぱり本番になるとそうもいかない。頭が真っ白になる。改まってちゃんと話そうとすると、どこから話していいのか分からなくなった。
そう戸惑ってパニックになっている俺を察してか
「……先に呼んだのは叶野だが、すまないが僕から話しても良いだろうか。」
鷲尾くんから提案があった。
俺が呼んだのだから俺から話すべきだろうとそう自分を責める声も聞こえたけれど……それに乗っかることにした。そのほうがいいかも、そう思ったから。
「……じゃあ、お願いしまっす。」
「ああ。」
「くどいようだが、もう一度だけ謝らせてほしい。すまなかったな。
あのとき、僕はおかしかった。」
「……。」
深々と頭を下げて謝る鷲尾くん。
『今は気にしてないよ』と言うのは簡単で。今までだって心に無いことを簡単に笑顔で言うことが出来た。今も、きっとそうするのは難しくはない。
だけど。
そう『嘘』を吐いたと言うことをすでに彼には見破られていて、それを少しの躊躇いを持ちながら指摘された。
今まで隠し通せていた嘘を『嘘』と言われてしまったのだ。彼に嘘をつくのはすでに無意味だと俺は知っている。
嘘をつくのは辞めにした。
かと言って本音をぶちまけるのは未だ慣れないことで、どう返して分からず、無言を通した。
それを知ってか知らずか俺の反応がないことに何も言わず、下げていた頭を上げて目を合わせた。一直線に俺を見つめるその目が少し胸が痛くなって疎ましくなって。
とても、まぶしかったんだよ。
「俺はさ、鷲尾くんが羨ましかったんだよ。」
たぶん、鷲尾くんは俺の様子を見ていただけでまだ話していなかった。だけどその綺麗な黒い眼を見ていたら何も考えられなくて待てなくなって、勝手に言葉を発していた。
突然脈絡もなく話し出す俺に、少し驚いた顔をされたけれど構わず何一つ思考することなく勝手に口が動いた。
「周りのことを気にせず勉強に打ち込むのを見て、自分のしたいように出来る羨ましくて仕方が無かった。
友だちなんていなくても平気そうで、淡々の自分の信じる行動が出来る鷲尾くんのように、俺もなりたかった。俺だって、勉強したいのに。
だけど俺は、誰かに気遣って目立たないようにしないとってそんな気持ちのほうが勝ってて。」
なんも考えていない。
こうしないと嫌わちゃうとかもう苦しい思いをしないためにはどうすればいいのかとか俺がどう発言してどう行動すれば誰かに喜んでもらえるかとか、誰かに気遣わず誰かのことを何も考えず、ただ自分がどう思っていたかを言いたくて仕方が無くて。
俺のことを鷲尾くんに知っててほしくて。
「……鷲尾くんに話しかけてたのは、勉強を邪魔しちゃおうってそんな気持ちもあったんだよ。」
どうせ、うそをついたところできっと鷲尾くんにはバレちゃうから。
それならいっそ全部ぶちまけてしまおうって。今日……ううん、テストが始まるときから思ってたから。
小室くんのことが無ければ俺の思っていたこととかもう少し静かにみんなに打ち明けられたかも。……クラスメイトに醜態見せることになっちゃったしね。
期末テストだからか鷲尾くんや一ノ瀬くんたちが庇ってくれたからか(小室くんのことがあったから薄まったのかもしれないのは、少し複雑だけど……)そこまで俺に対して態度を変えるような人はいなかった。
今日まで期末テストだったからという理由もあるかもしれない。もしも、テストが明けて態度を変えたりする人がいても、きっともう大丈夫。
……たった今、鷲尾くんにぶちまけてしまったことにどう彼が反応するかでまたちょっと俺は不安定になってしまうかもしれない可能性もあるけど、それでももう隠し事はしたくないから。
俺は、一ノ瀬くんのようになれないし鷲尾くんにもなれなくて、伊藤くんや誠一郎にもなれやしない。だって、俺は俺だから。
それならせめて自分が好きな自分でいたい。そう決めたんだ。
「……そうか。それが、叶野の『本当』なんだな。」
しばらく凝視され、無言が続いた後鷲尾くんが口を開いた。
口調はいつも通り硬くて怒っているようにも呆れているようにも聞こえた。
それに少し怯んでしまったけれど、話す鷲尾くんの表情は穏やかで口角を薄ら上げて微笑を俺に向けた。
「……っ」
さっきの笑みよりも控えめだけど、今正面だってその微笑と向き合ってさっきよりも胸の高鳴りが強く感じた。
じわじわと胸が熱くなって、苦しくなった。思わず胸あたりをぎゅうっと抑えた。