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2章 後編


梶井がいなくなって、あの後俺と湖越のあいだに気まずい空気が流れて「忘れたって、本当なのか」とやっぱり気になったみたでそう聞かれて「……ああ、放課後にでも叶野たちも呼んでぜんぶ説明するよ。」と答えてとりあえずは教室に戻ることした。
教室に戻れば先生はおらず……とより、なにかあったみたいで教室はざわめいており落ち着かない様子だった。いや、教室どころか学年中がざわめいて廊下に出ている生徒がちらほらいるぐらいだ。

「あ、戻ったか。おかえり」
「……ただいま、どうしたんだ、これ。」
「携帯電話見てみろ。」

軽く手を振って戻ってきた俺に話をかけてきてくれたのは伊藤で、この状況はなんなのか聞いてみるとそう言われて通りに、鞄の中にある携帯電話を取り出してみてみると小室が過去にしたことが書かれているメールが届いていて、目を通せば吐き気すら催すほど当時のクラスメイトに酷いことをして自殺未遂を図るほど追い詰めたことを事細かに書かれていた。

「……これさ、1年生みんなに届いているみたいだよ。」
「そう、か。その本人である小室は?」
「項垂れてその場から動けなくなっていたところをやってきた先生に回収されたぞ。」
「……そうか。」

どうしてこんなに1年生のいる階がこんなにざわついているのかを叶野が、この場にいない小室の理由は鷲尾が教えてくれた。
小室に対して俺は憤りを覚えているし、先ほどまでの散々人のことを罵る小室のことを思い出せばやっぱり許せないと思うし憎しみに近い感情を抱いている。
それでも、こうして過去のことを暴露させられて動けなくなったことを聞くと『ざまあみろ』とか、そう思えなかった。好きではないけれど、再起不能にして叩き潰したいとまでは思っていなかったから。
他のクラスメイトが小室に対して好き勝手なことを言っていたのは聞こえたが、それを否定することは出来なかった(小室の立ち振る舞いはやっぱり褒められたものではないからだ)けれど、俺たちは何も言えずただ無言でその場に立ちすくむしかできなかった。

「……あいつの、仕業だ。」

湖越の呟きはざわめく教室にかき消されて誰の耳にも聞こえてなかった。ただ、俺の脳裏に拒絶した湖越と拒絶された梶井のことが焼け付いて離れなかった。そして、梶井に言われた言葉は確かに俺のなかで引っ掛かりをおぼえた。


あの後、岬先生がやってきて今日は諸事情によりこのまま帰された。
好奇心旺盛なクラスメイトが小室のことを聞いていたが、ただ困った顔で「ごめんね、現段階は何も言えないかな」とだけしか返されなかった。
色々あったもののテストは明日から普通に行われることも告げられ、てっきりもうテストどころではないだろうと高を括っていたであろう奴らは「えーーー」と嫌そうに叫んだ。




どこにも寄らずにすぐ帰って勉強すること、とは言われたもののこのまま解散すれば正直テスト勉強どころではないし、ちゃんと俺のことも言っておきたいと思って駄目元で伊藤たちに話したいことがあると言ってみると快く頷いてくれた。そうして頷いてくれるぐらい皆の中でさっきのことが引っ掛かりになっているのだろうと分かった。
誰にも見つからないところと思い伊藤や鷲尾と話したあの広場に向かい、話し合った。
俺が呼んだからには俺のことを話すべきか、と思い話し出そうとしたが「すまない、先に僕のことを話してもいいだろうか?僕も、ちゃんと話しておきたいんだ。」と言われて、叶野も「俺も話したいことあるんだよね、いいかな?俺もみんなに知ってほしいことあるんだ。」と言われた。
伊藤と湖越のほうを窺うとすでに鷲尾と叶野に頷いていたから、俺も頷いて返した。

鷲尾はいつも通り真顔で真剣にはきはきとした通る声で話し始める。
幼少期から勉強で結果を出さなくてはいけない環境下にいてそれが正義であり当たり前のことであると信じて、友人を作ることを『無駄なもの』として言い聞かせてきた。
上手くできなかったことへ父に謝罪をしてもそれを受け入れられることはなく、捨て置かれて、それでも何とか齧りついて、頑張って勉強して塾も家庭教師も増やして。
努力を惜しまず、ストイックに勉強だけしていた。
「勉強が出来る一ノ瀬に嫉妬していた。僕は努力しても一ノ瀬に届かないと分かってしまったんだ。そこを梶井に突っ込まれてな。」
「そう、だったのか」
「ああ。だが、僕は梶井のせいだけにするつもりはない。行動に移したのは僕自身の責任であり梶井を責めるべき点は本人に許可なく勝手に誰かに過去のことを言ったことだけだ。
……謝罪して受け入れられなくても、誠意を見せることが大事なんだと一ノ瀬に言ってもらったおかげで、僕は今までにないほど清々しい気持ちになれた。
だから、ありがとう。」
「……うん。」
最後にお礼を言われてどう反応していいのか分からないし、俺はそんな大したことしていないと思ったから否定したくなったけれど鷲尾は穏やかに笑ってそう言うから無碍にすることもできなくてただ頷くだけしかできなかった。

鷲尾が話し終えて叶野も最初は話にくそうに、だが知ってほしいと言っていた通り頑張って伝えてくれる。
家族がバラバラになってそれをバラされたこと。少しだけ修復出来そうになったけれどやっぱり駄目で、その上受験した進学校いじめられて新しく出来たはずの友人にも疎まれていた。
いじめられた原因となったのは、叶野が自分の満足する努力をして結果を出したことが全ての原因ではないが起因した理由なのだと言う。
……そのいじめの主犯に好意を抱かれていたと言われたときは、どう反応するべきなのか迷った。
「とんでもない人に好かれたんだよね……。誠一郎が隣にいたおかげで俺は立ち直れたけれど、傷を持ったままでさ。」
「そうだろう、な。」
「うん。それがテストを本気でやるの、怖くなっちゃった本当の理由。でも伊藤くんに昨日そんなもので友だち辞めないって言ってくれたし。
それに……一ノ瀬くんも、明日のテスト本気でやるんだよね?」
「ああ。」
「それなら、もう俺は大丈夫。」
俺が大丈夫だからと言って叶野も大丈夫なわけでは、と一瞬思ったけれど「俺は大丈夫」と今までに無い無邪気にそう笑って言う叶野に出してしまいそうな言葉を押し込んだ。

「自分の話ばかりですまないな。」
「すっきりした、ありがとうね~!よしどんとこい!」
「……。」
鷲尾の話も叶野の話も聞き終わって、俺の話になるのだが……何となく話しにくい。
それと言うのも、鷲尾も叶野も痛くて辛い過去があって、それを2人は乗り越えているのか受け入れたのかふっきれたのか分からないけれど悩んでいるように見えなかった。
そんな中で、未だ多少は受け入れたもののそれでもまだ完全に受け入れてすら出来ていない俺が、このことを話してしまっていいのだろうか。何も出来ていないのに、先に話してしまって、責められたりしないだろうか。
「透、大丈夫だ。」
勝手に疑って怯えてしまう俺に、伊藤はそう言って笑う。
俺には、伊藤がいる。それが俺にとって一番の支えで心強くて……甘えてしまっている。その事実に胸が痛んだ。
でも、話せる勇気を貰えた。
「……少し、いやかなり重い話になってしまうけれど、いいだろうか。」
自分でも重たい話だと分かっているので、ワンクッション置いてみると
「俺の話聞いてくれたんだから今更だよ!ね?」
「ああ、俺も気になっていたしな。」
「友だちのこと、聞きたいと思うのは普通のこと、だろ?」

そう笑ってくれたり真剣に頷いてくれたり、それだけで泣き出しそうになるが何とか押し留めて、一息吐いて話し始める。
話している最中、時折相槌を打って時折頷いて返してくれた。どちらにしても真剣に静かに俺の話をみんな聞いてくれた。
俺には過去が無いと言うこと。その原因が目の前で両親を交通事故で亡くなったのを見てしまったことで……俺が赤信号のなか飛び出してそれを庇ったせいだった。
伊藤は引っ越す前からの友人であり、こっちに来て俺からすると初めましてだった。
それにも関わらず俺のことを受け入れてくれた、大事な友人なのだとそう伝えた。そう言い切って、一瞬の静寂。

最低だ、こんな薄情者だったのか、説教できるような立場じゃないだろ、そう言われるのかもしれないと身構えていた。だけど。

「そんなことが、あったのか……。」
「一ノ瀬、きみも色々あったんだな。大変だったな。」
「そっか……伊藤くんと親しいけれどなんかちゃんと噛み合っていなかったり違和感を覚えた理由がよくわかったよー。一ノ瀬くん、お疲れ様。」

何とも言えない顔をする湖越にこちらに寄り添ってくれる鷲尾、気遣いながらもいつも通りの声音で接してくれる叶野。
思っていたような批判を受けることなく、戸惑いながらも受け入れてくれた。逆に俺が戸惑うほど、すんなりと。

「孤立していた俺に普通に接してくる奴らなんだから、心配することねえっての。」

戸惑う俺の肩をポンと叩いて、伊藤は歯を見せてそう笑う。
「まあね~。一応俺にも色々あったしさ。むしろ話してくれるの、嬉しかったよ。信頼されてるーって思えたもん!」
「苦しんでいることを態々責めたりなんてしないさ。大したことはない問題、とは言えないが。辛いことだとは僕にも分かる。こういうとき何も言えないが……でも、僕はいつも通り接させてもらう。」
「……そうか。」

叶野と暖かい言葉と、鷲尾の不器用だが優しい言葉をかけてくれたのが、嬉しかった。
案外、世界は俺にそこまで厳しくないのかもしれない。そう思えるほどうれしい。
桐渓さんのことや両親が亡くなった後は祖父に預けられて亡くなったのをきっかけにここに来たことまでは言えていないけれど、いつか折を見て伝えたい。きっと、彼らなら受け入れてくれるから。

「流れをぶった切ってるようで悪い、が……伊藤は辛くなかったのか?その、一ノ瀬に忘れられて、しまったんだろ?」
「そりゃ……まあ多少は、な。少しも辛くないと言ったらうそになるけどな。」
「……っ」

湖越は伊藤の立場を重んじてそう問う。
伊藤からすれば俺は自分のことを忘れていた人間である。そう疑問に思うのは普通のことだ。
そう聞く湖越も少し気まずそうにしていた。伊藤は少し躊躇いながらも頷いていた。それに胸がずきんと痛んだ。
でも、次の瞬間

「でも、透が帰ってきていつもの日常に透が傍にいるだけで俺は嬉しいと思ったから。記憶は無くてもやっぱり透は透で……俺の親友だから。」

と、笑って言い切った。
伊藤の答えに「それなら、いいんだ」と複雑そうな顔で湖越は一応納得して「わ~聞いてるこっちが照れる~!」と叶野は何故か頬を赤らめ「こういうのを親友と呼ぶのか」と学んでいる鷲尾が視界の端にいるのは見えた。

俺は……その伊藤の答えを聞いて、純粋に嬉しいと思う。ただ……


『ずーっと何も考えずただ甘やかしてくれる伊藤くんに依存していればいいよ!』


梶井の言葉が脳裏に浮かんで張り付いて離れなくて、嬉しいのに伊藤の言葉は俺を肯定してくれるのに……もやもやするんだ。



話し込んでしまって随分と時間が経っていて、いつも通りの下校と同じ時間になっていることに気が付いて、帰ることになった。
バス組の鷲尾とはここで別れて、高校最寄駅へ叶野と湖越と向かい方面は2人とは逆なのでここで手を振って別れた。
「なんか、ずっと凹んでるみてえだけどどうした?」
「……。」
電車を待ちながら雑談をしていると突然、伊藤にそう切り出されて言葉に詰まる。
伊藤は不思議そうな顔で俺の顔を見ている。俺は躊躇った。素直に梶井に言われたことを言うべきか。いや、そうすると伊藤のことだからきっと怒ってくれると思う。
……どうしよう。
「まあ言いたくねえならいいけどよ。」
「……いや、」
俺の意志を尊重しようとする伊藤にまた『甘やかされている』と感じてしまい、つい伊藤の提案に何も考えずに首を振ってしまった。

「……テストが終わったら、話す。今日はちょっと……」
「ん、分かった。俺もテスト勉強気合入れるわ。透もちゃんと頑張れよ。」
「……もちろん、だ。」

なんだか、自分の首を自分で絞めたような気持ちになった。
俺のしていることはただ先延ばしにしているだけだと分かっている。……ただ、俺もちょっと今日は色んなことが起こりすぎて、冷静になりたかった。
きっとテストを終えた自分ならちゃんと言える……はず。そうテストを終えた少し先の自分にすべて任すことにして、今の自分はしっかり勉強して万全の状態でテストに挑もうと思う。

そう言い訳してしまうのは、きっと自分の悪いところだとおもう。
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