1章『それぞれの想い。』



「……」

 何故かいきなり背中にぞわっと鳥肌が立った。
 岬先生から校長室に連れられ話をし終えて教室に向かおうとしていたときだった。
 なにか嫌な予感がするような……いや、気のせいだな。
「えっと……さっき、桐渓さんが言っていた伊藤くんなんだけど」
「……伊藤のことは知ってます。」
「え!あ、そうなんだ?伊藤くんと家が近いの?」
「……たぶん」
「随分と不確定だね……?」
 恐る恐る、と俺の様子を窺うように伊藤のことをフォローしようとしているのか、伊藤の話をしようとする岬先生を遮って彼のことを知っている、と言えば予想以外であろう俺の反応に驚いたようだった。
 俺らに共通点が見つからなかったので、きっと俺が引っ越してきた家が伊藤の家と近くて偶然会うことになって仲良くなった、と予想していたのだろう。
 岬先生に言われるまで、俺はそういえば伊藤の家がどこにあるのか知らなかった。
 いや、小学校も同じだっただろうから、そこまで伊藤の家と俺の家が距離があるとは思えないし近いはずだ。
 とは言え具体的に知らないので不確定になってしまうのは仕方がない。
 伊藤は俺と同じように引っ越してしまっていてたまたまあそこにいただけ、と言う可能性もある。
 そうなるとわざわざ電車を降りてあの公園で待っていた可能性がある。そう言えば昨日会ったときも帰るときも伊藤がどこへ帰っていったのかを見ていない。
 あとで聞いてみよう。

「仲良いんだね?それならいいかな。
 伊藤くん良い子だよね、恥ずかしながら僕この間他校の生徒に絡まれてね、そのとき伊藤くんが助けてくれたんだよ。
 みんな知らないけど誰もいないときには、萎れた花に水をあげたりすることもあったなぁ。」
「……そうなんですね」

 予想以上の伊藤の優しさにも驚いたが、こうしてよく伊藤のことを見ている岬先生にも驚く。
 きっと伊藤だけではなく、ほかの生徒も平等にこの先生は見ているのだろう。
 見た目は大人しく優しい温和な雰囲気があって少しだけ気弱な印象があるが、その実意外と熱血なところがありそうだ。
 見るからに活動的で明るい熱血教師っぽい五十嵐先生と仲が良いのも納得できた。見た目は真逆でも根本はきっと似ているんだろう。

「伊藤くんとこれからも仲良くしてね」
「……仲良くしてもらっているのは、きっと、俺のほうです」

 記憶のない俺をあんなに優しくしてくれる伊藤。
 俺を『透』と呼んで、笑いかけてくれて、『おかえり』と迎えてくれた。
 責められても、憎まれても最悪殴られても仕方がないことをしている俺をお前は『透』と言ってくれた。
 仲良くしてもらっているのは俺、俺は、伊藤に救われている。それは過言ではない、事実だ。

「そっか。」

 俺の言葉に一瞬目を見開いたかと思えば、朗らかに笑う。
 話ながらも歩みは止めてはいなかったので、いつのまにやら階段は上り切っていて1-B前に着いていた。(この高校では1年生が一番上の3階らしい)
「このまま僕と一緒に入ろう、教卓の前に着いたら黒板に名前を書いてもらっていいかな?」
 俺はそれに頷いて返した。
 あまり前に出るのは得意ではない、それにどうしても時期外れの転校生と言うことで視線にさらされることは逃れられないだろう。
 ならばせめて岬先生と一緒に入るのが一番だろう。
「一ノ瀬くん、すごい美形だからつい見ちゃうんだろうけど、みんな悪い子じゃないから許してあげてね」
 世辞を混じりながら俺を励ましてくれている岬先生はやはり優しい。
 内心はどうであれ、どうもその内心と表情に一致せず俺は常に無表情らしい、ので『冷たい人』と言われるのは慣れていても、こうして気遣われるのは慣れていない。
 どう反応していいのかわからない、が

「……ありがとうございます」

 気遣いがうれしい、と思うので感謝の言葉を述べてみた。
 岬先生はすこしキョトンとした顔をして、そのあと温和な笑顔を浮かべ「どういたしまして?」と疑問符を付けながら返された。
「じゃあ、行こうか。」と声をかけられて、俺が頷いたのを確認して岬先生は教室のドアを開けて中に入っていった。
 俺も、岬先生に続いて教室の中に入った。
7/29ページ
スキ