このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

2章 後編


「……伊藤と一ノ瀬がどう思おうが関係ねえ話だ、」
「聞いたのはてめえだろうが。」
「うるせえ!それより、鷲尾はなんで庇ってんだよ!?てめえも叶野に対して俺と同じようなことしただろ!?」
「……それに対して叶野に本当に申し訳ないと思っている。庇っているのはせめてもの罪滅ぼしだ。……これからも。僕は叶野を庇う。叶野が僕のことを許しても……許されなくても。それでも、僕は……都合が良いと言われてしまうかもしれないが、叶野を大事な人間だと思ってる。
きっとそれは……伊藤や一ノ瀬、湖越に感じているものと同じものだと、そう思ってる。」
「鷲尾くん……。」

叶野が久しぶりに鷲尾の名前を呼んだ。
ずっと、叶野は鷲尾のことを避けていて話しかけにもいっていなかったから、俺らも久しぶりに叶野から鷲尾の名前を聞いた。そもそも、目と目が合っている状態も随分見ていない気がする。
そのぐらい叶野にとって衝撃的なことで、鷲尾も叶野に名前を呼ばれて驚いた顔をしたが、気まずそうに視線を外した。

「客観的に、僕がしたことをたった今間近で見て……吐き気すら催すほど最悪なことをしたんだと痛感した。
叶野が大事なんだと自覚したから、なおさらそう感じたのかもしれない。これを免罪符にしたり減刑を望んだりはしない。
ただ、僕が叶野を庇いたかった。それだけだ。」

苦し気な表情をしながらも、真っ直ぐ相手の目を見て鷲尾はそう言い切った。
たとえこうして庇ったことで何も変わらなくても、それでも叶野のことが大事で傷つけてしまったのを後悔した鷲尾は自分が庇いたいから庇った。
他人にも自分にも嘘をつけない鷲尾の言葉は真剣そのものだった。

「……小室、くん。」

今まで俺らが話していたせいで言葉を発さずにいた叶野が口を開いた。

「どうしてさ、俺のことみんなにばらしたの?俺……小室くんになにかした、かな?……どんな理由でも、もう俺許せないけどさ。」

戸惑いながらも、そう問う叶野。
まだ表情は青ざめていて調子は良いとは思えないが、それでも果敢にも小室から目をそらさずにそう問う。

「は、理由なんてねえよ!てめえらのその良い子ちゃんがむかつくだけだ!!へらへら笑ってるのを崩して見たいだけ!そんだけだ、たまたまてめえのこと聞いたから言っただけ、そんだけだ!!」
「……そうなんだ。」

開き直ったらしい小室は特に隠すことなく自身の気持ちをぶちまけた。興奮状態の小室に対して叶野は青ざめていても冷静に対処する。
……聞きたくないだろう質問の答えを、怖くても逃げずに聞いて冷静に対処できる叶野は、やっぱり強い。
俺にも、叶野みたいな強さがあれば……祖父や桐渓さんから逃げなかっただろうか。そんなことをふと思ってしまう。

「それならもう俺に構う必要ないね。二度と俺に話しかけたりしないでね。安心してよ、もう俺はきみに話しかけたりなんてしないから。可能な限り視界にも入らないようにするよ。」

いつも穏やかに朗らかに笑う叶野はそう冷たい表情で突き放した。
いくら叶野が良い奴でも、こんなことされてしまっては堪忍袋の緒が切れたんだろう。小室は叶野のことを快く思っていなくて、叶野も小室の相手をしたりしないと決めた。お互いが望むようになった。そのはずなのに。
「は?鷲尾とは話しているくせに、俺とは話さねえのかよ?」
……良くわからないことを小室は言っていた。

「何言ってんだ、こいつ。」

心底理解できない、そう思ったのはきっと俺だけじゃなくて小室を除いたクラスメイト全員だろう。伊藤は皆の思っていたことを代弁してくれた。
こんなに叶野を陥れようとして傷つけといて反省の色一つなくむすくれた子どものようにそう言う小室があまりに何を言っているのか理解できなくて固まってしまったが、ちゃんと反省して叶野に謝罪をした鷲尾と自分を一括りにした神経が信じられない。
ふざけるな、そう言い出そうとした瞬間

「……きみは、どうしたいの?」

叶野が声を出した。
叶野の表情は呆然としているに近いけれど、確かにその声には『怒り』と『嫌悪感』をにじましている。
鷲尾の後ろにいた叶野は前に出て、小室に歩み寄る。その足は震えているように見えたけど、それでも迷いなく小室に向かっている。歩き出した叶野を鷲尾は見つめている。きっと、心配してる。

「散々人を傷つけといて、蔑ろにしていたくせに、自分を鷲尾くんと一緒にするとかどんな神経してるの?本当信じられない。
確かに鷲尾くんの言葉で俺は傷ついたよ。でも、それはわざとじゃなかった。そのことをいっぱい後悔して謝ってくれた。
その謝罪を、俺は受け入れようとした。内心傷つけておいて、て内心責めていたけれど、それでも謝ってくれたからには許さないと、て思ってたから。
でも俺の本当を知りたいって、言ってくれた。謝罪を心からじゃないのに受け入れようとした俺を拒否したんだよ。
鷲尾くんは、俺の意志を尊重してくれた。本当は許されたいと思っているのに、俺のことを考えてくれたんだよ。
……今日まで俺は鷲尾くんを避けていたのに、それでもきみからかばってくれたんだよ。俺のこと、思ってくれてた。」

きっと、鷲尾が叶野に謝罪したときのことを言っている。突然叶野があの日のことを言うものだから後ろの鷲尾が戸惑っているのが見えた。まさかこうして自分の謝罪をみんなの前で言われるとは思ってなかったのかもしれない。
後ろを見れない叶野はそのまま言葉を重ねた、鷲尾のことを話していた穏やかな口調を一変させて、小室を非難する厳しい口調で。

「皆の前で傷つけられるだけ傷つけようして、言われたくなかったことだと理解したうえであえて言う小室くん……小室と、謝るつもりなんてさらさらなく悪びれる様子もみせない、小室とっ
人以下の小室と、鷲尾くんを一緒にするのは許せない。
小室がどう俺を思っているのかもうどうだっていいよ!
ただただ許したくないし、口も利きたくない、顔もみたくない!!」
「ってめえっ!!」

痛烈に批判した叶野に、自分のことしか考えられていない小室は叶野の胸倉を掴みかかった。
掴んだ手とは反対の手は拳を作って叶野を襲おうとした。叶野は目を見開いて、でもすぐに訪れるであろう衝撃にぐっと目を閉じた。痛みにただ耐えようとしている。その仕草に既視感をおぼえた。俺も、したことがある仕草だ。
……叶野。
叶野も……虐げられたことが、あるのだろうか。
ふとそんなことを思ってしまった。

「やめろ!叶野を、なぐるな!!」
「う、わっ!?」

今の今まで口をはさむことが出来ず、ただ真剣に俺らのことを見ていた湖越が拳を振り上げようとした小室の腕を掴み、そのままもう片方の叶野の胸倉をつかんでいる手を握りしめられた。
見るからにギリギリと音がなりそうなぐらいの力で小室の腕を湖越が握りしめ、そのうち「いっ…!!」痛みに苦しむ声を上げながら叶野の胸倉からついに小室は手を離す。
叶野は解放されてすぐ距離をおこうとする前に湖越は小室を押し倒した。
力加減なんて一切されていない指が小室の腕に食い込む。小室は痛みに悲鳴をあげる。

「いってえ!いてえよ!!はなせ!はなせよっ!!この馬鹿力!!なんだよ、キモイんだよ!離せ、離せよぉ!!」

押し倒された小室は湖越を引き剥がそうと暴れるが、体格差があり身長も高い湖越は力も強いようで暴れて罵声を吐く小室をもろともせず容易く抑え込まれている。
「叶野を傷つけようとするヤツは許さねえ、もう二度と!次は、次はちゃんと俺が……!」
小室を抑え込みながら何かを言っていた。
暴れて叫ぶ小室の声にかき消され、湖越も小さな声だったからうまく聞き取れなかったが、この状況から分かることは湖越は小室を見ながらも違うところを見ているように見えた。
とにかく、今は湖越を引き剥がさないと。このままでは先生を呼ばれ、運が悪ければ掴みかかった湖越が悪いみたいになってしまう。
伊藤と目配せして頷き合う。
これ以上は青ざめて目を見開いて取っ組み合いを見て責任を感じ始めている叶野と、どうしていいのか分からず戸惑いながらも叶野に見せないように前に立っている鷲尾が可哀想だ。

「おい!落ち着け!」
「伊藤、だけどこいつはっ」
「……やったことは最低だとは思うし、湖越の気持ちもわかる。だけど突然掴みかかるのを見てしまったあいつらのことを考えてやれ。」

なんとか2人がかりで(……身長はあまり変わらないのにあきらかに伊藤のほうが力が強いのはなんでだろうか)小室から引き剥がした。
親友を傷つけられそうになったのを見て気が動転してしまうのは分かるし湖越の気持ちも理解できる。だけど、それを見ることで傷ついてしまう人たちがいることも忘れないでほしい。
みんなに迷惑をかけるなとかそう言うことを言いたいんじゃなくて、湖越が誰かを傷つけようとするのを見て傷ついてしまう人たちを思い出せと小声で告げる。
そう言えばハッとした顔をして、叶野たちのほうを振り返った後すぐ俯いて「……悪い」と謝罪した。
話が通じてよかった、安心する。それはそれとして。

「てめえよぉ……」
「……。」
「ひぃっ」

口では勝てないからって叶野を殴ろうとする小室に怒りがないと言えば嘘になるし、嘘にするつもりはない。
伊藤とともに、じとりっと床に這いつくばる小室を睨みつけた。みじめに引き攣り声をあげる小室に構わず睨むのを辞めない。

「本当にいい加減にしろよ。」

怒りを隠さない低い声で、制服のズボンに手を突っ込んでつかつかと小室に近付く伊藤。
失礼だけど普通にしていても伊藤は威圧感がある。
その伊藤に上から睨まれて身動きもとれないあいつからすると恐ろしいことこの上ないだろう。恐怖に顔が歪んでいるのが見える。
それすらも冷めた目でしか見れない。

「少しは自分以外のこと考えられねえのかよ。」

罵声でも暴言でもなく、ただ伊藤は普通のことを言っているだけだ。
失礼なことをしたヤツに怒っているだけ、それだけだ。だが、怒られている小室は言われた内容も理解できていないのかただただ伊藤に怯えていた。

「ひっ……俺は悪くない!」

この期に及んで未だ他人のせいにしようとする小室に溜息が出そうになった。
こいつはいつまでも自分の非を認めようとしないのは何故なんだ。そう問いかけようとした。

「梶井信人に言われたんだっ!!あいつが俺を唆したんだ!!!」

その名前が小室の口から出てきた瞬間、教室の空気が凍った。
正確にいえば、自分以外の教室にいる全員が固まった。
……誰だ、とすぐに思ったが、俺はその名前を知っている。
そうだ、伊藤から聞いた名前だ。
話を聞いているだけで実際会ったことがないからなんとも言えないが、周りを引っ掻きまわすのが好きな奴らしい……と何とも不確定な俺とは違って、実際伊藤の事件からその梶井の告白までしているのを見て聞いていたらしいクラスメイトは青ざめている。


「信、人が……っ!」

誰もが小室がその名前を言って固まっているなか、湖越が反応を示したかと思えば気付けば勢いよく引き戸式の扉をピシャっ!と音を立てて開け放ってどこかへ走っていった。
どこかへ走っていく湖越に、何となく一人にさせてはいけない気がして。
伊藤に目配せすると少し驚いた顔をされたけれど見送るように軽く手を振られ頷かれたのを視認してすぐ湖越を追いかけた。


どうして。
湖越は梶井信人の名前が出た後、悲しそうな顔しているのだろう。
どうして、梶井のことを下の名前で呼んだのだろうか。
疑問は尽きなかったが、今は湖越を追いかけることに集中することにした。
18/33ページ
スキ