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1章『それぞれの想い。』


「にぎやか過ぎるのも考えものやなぁ」
「ははは!どうしても癖みたいなものですからね!!」
「癖で済ましてしまうのはよくないと思うで?」
「そうですね、善処します!」
「先生のクラス、難有りすぎなやつ1人おるやん」
「まぁやったことは褒められないですけどね、きっと根は良い奴ですよ!」
「何の根拠やねん」
「勘です!!俺の勘すごいんですよ!その日に雨降るか降らないか常に百発百中なんですよ、俺!!」
「……なんやねん、その地味に羨ましい勘」

 桐渓さんの嫌味っぽい指摘を五十嵐先生は明るく受け流しているのが遠くに聞こえた。伊藤と話しているときとは違う、夢心地とは程遠い嫌な感覚。
 舌打ちの音はきっと近くにいる俺ぐらいしか聞こえなかっただろう、その音に俺は反射的に身がすくんでしまう。ずっと会うたびにそう舌打ちされてきたからだ。
 背後に桐渓さんがいる、そう意識すると動けなかった。またあの暗い目で見られていると思うと、こわかった。
 はぁ、とこれ見よがしに溜息を吐いたかと思うと、俺の肩に衝撃。
 思いっきり俺の肩を叩いてそのままギリギリと力をこれでもか、と言うぐらい入れて握られて、いたい。

「岬ちゃんも大変やなぁ、ただでさえ伊藤みたいな乱暴で野蛮なのとか、隣のクラスには梶井みたいな爆弾もおるのにな。
 問題児がクラスに1人でもいるのもキッツいのになあ、こいつも大概変な奴やし。
 こいつも何考えとるのか分からんしあんま喋らん奴やから、適当に扱っても構わへんからな。」

 多分表情には出ていないけど、掴まれている肩がすごく痛い。けれど、何故ここで伊藤の名前が出たんだろうか。
 確かに俺は仕方ないが、伊藤はどうして問題児のように桐渓さんの口から普通に出てきたのかわからない。
 記憶のない俺に優しく接してくれた伊藤をどうしてそういう風に言うのかわからない。乱暴?野蛮?それは誰のことだ。
 痛みに耐えながらも、微かに伊藤をまるで物のように言う桐渓さんに対して湧き上がる何かがある、それは桐渓さんに対しての罪悪感でも恐怖でもない、もっと激しい……なにかだ。
 その湧き上がるなにかが、何なのかなんと呼ぶのか、良い感情ではないことは分かるがそれ以上分からない。そしてあまり出してはいけないものだと言うことは、わかる。
 痛みと湧き上がる感情を抑えるために、下を向いた。いっそ痛みよりも感情のほうが抑えられない、なんだこれ。
 言われた岬先生は穏やかな声で、でも反論は許さないと強さを感じる口調で

「いいえ、伊藤くんも梶井くんも言うほど問題児じゃないと僕は思います。
 多分周りよりも少し不器用なだけです。
 一ノ瀬くんもまだ少ししかお話していないですが、変だと僕は思いません。
 桐渓先生、ご心配ありがとうございます。お気持ちだけ頂きますね。」

 と言い切った。
 岬先生を見ればさっきと同じぐらいの穏やかな笑みだが、その目には強い意志を感じさせた。
 言い切らた桐渓さんは「せやったらええけど、」と少し居心地が悪そうで俺の肩にかける力も弱くなった。
 ……今まで、顔を合わせないようにしていたけれど、桐渓さんのほうに視線を向ける。
 俺よりも下の位置にある顔、34にしては若さを感じさせる童顔はいつもは鋭さを感じる目で俺を見ている、今も俺のことは睨みつけている。その目には岬先生のような意志の強さはない。もっと濁っている瞳だ。
 ……正直昔ほどの恐怖を感じない。内心首を傾げた。昔は俺の方が身長が低かったせいだろうか。むしろ真っ直ぐな意志の強さを感じる岬先生のほうが少し怖く思うぐらいだ。
(恐怖はなくなったことは新たな発見だった、それでも罪悪感はそのままだが……きっと消えることはないのだろう)

「まぁ、何かあったら俺に言うてや。頑張ってなー」

 そう優しく(そんな声出せたんだなと思った)岬先生に声をかけながら自分の席があるであろう方へ歩き出した。
 ちゃんと携帯電話を見ろ、とそんな視線も俺に送りながら。それに俺は気付かないフリをした。
 桐渓さんをそれなりに見送って岬先生に視線を戻す。
 岬先生は困ったように笑いながら「生徒のことになるとちょっと周り見えなくなっちゃうんだ、見苦しいところ見せてごめんね」と申し訳なさそうに俺に言う。
 ……後ろの五十嵐先生は岬先生とは反対にすごい良い笑顔で、『岬先生って良い先生だろ!』と大きく書かれているコピー用紙を俺に見せながらもう片方の空いた手で親指をあげている。
 他の先生にいきなり生徒を『問題児』と言われたら、自分では違うと思いながらも荒波を立てたくないからその場で頷くのが多分大多数の大人なんだろう。
 でも岬先生は強い意志を持って桐渓さんに真っ向から反抗した。
 頷く俺に、五十嵐先生はさらに嬉しそうに笑った。
 いつまでも自分と目が合わないことに疑問に感じたのか、俺の視線の先を追いかけた岬先生が五十嵐先生のほうを見た。
「ちょっと、それなんですかっ」
「一ノ瀬に岬先生のことを共有したくて!!」
 大人二人のじゃれ合いが始まった、それを見ているとあまり大人も学生と変わらないんじゃないか、と思ってくる。
 ……温和でありながらも意志の強さを感じる岬先生はきっと信頼できる良い先生なのだと思う。
 だけど、それに当てはまるのは岬先生だけじゃなくて、ふざけているようにも見える五十嵐先生も、だ。
 桐渓さんが『梶井』という生徒のことを言ったとき、真剣な目でこちらを刺すように見ていたのだから。
 ……そういえば、五十嵐先生は1-Aの担任で隣のクラスと言っていたな。
 そして桐渓さんが岬先生のクラスに伊藤がいると言っていたではないか。
 と言うことは。
 俺は伊藤と同じB組、なのは、ほぼ確定ではないか。

 さきほどまでの桐渓さんへの胃の痛みを忘れて、つい伊藤とほぼ同じクラスであると気付いて嬉しくなった。
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