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2章『結局のところすべては自分次第。』


いつも通りの日々。ただ、明日は期末テストだからいつもよりも教室の空気がピリピリしている気がした。とは言え進学校でもなく私立でもないこの水咲高校でありまだ高校1年生だからそこまでギスギスしている訳でもない。
テスト前のちょっとだけ張り詰めた空気はどんなところでも大なり小なりあるものだ。
『勉強どのぐらいした』とか『一夜漬け確定だー』と沢木くんたちと誠一郎を交えて話していると、艶やかな黒髪と日本ではあまり見ない薄灰色の瞳の目の惹く美形と痛んだ金髪と三白眼が印象的な見た目は不良っぽいコンビが教室に入ってくるのを視界の端に捉える。
一ノ瀬くんが転校してきた当初では客寄せパンダのように視線の的だったけれど、2ヶ月ぐらい経ってしまった今では二人でいるのはいつものことだから誰も気にしない。
一ノ瀬くんといる伊藤くんは穏やかな表情をしているおかげか不愛想とか言われることもなくなったのは良かった。

「おはよう。一ノ瀬くん、伊藤くん。」
「おはよう、叶野。」
「はよ。」

やってきた2人にあいさつする。俺につられるように誠一郎や沢木くんたちも挨拶する。
それにいつも通りの調子で帰してくれる2人に心底ホッとする。挨拶するのは毎日していることで一応伊藤くんと話をして少しは自分と向き合えたとはいえ、未だ内心怯えている。
水面上とは言えいつも通りな空気でいてくれるクラスメイトに感謝する。
あんなおかしな態度をとってしまった俺にいつも通りでいてくれるのがとてもありがたい。あれから鷲尾くんに話しかけられていないけれど、それは俺の反応は当然のことなんだと言ってくれる人がいるおかげで罪悪感が軽減された気がする。
確かに俺はあの日鷲尾くんに掴みかかられて傷ついた。だけど、鷲尾くんを避けてしまっている一番の理由は……あまり知られたくないことを知られてしまいそうだったから。
俺は、最近おかしいんだ。
今まで隠し通していたところを。誠一郎にさえ言わずにいた自身の醜いところを、鷲尾くんに晒してしまいそうになる。……いや、すでにさらしている。
どういうことか鷲尾くんが一ノ瀬くんに影響されたんだと思うと本当に心にもないような責めるようなことを言ってしまったし、鷲尾くんから受け取った謝罪をいつも通りに受け入れようとしたのに……いやまさか「叶野の本当を知りたい」と言ってくれるなんて思わなかった。
何だっていい、俺の思っていることをぶつけてほしい、て。そのいつもなら厳しく相手を攻撃するような眼をしていた鷲尾くんが真っ直ぐ俺の目を見ながら、その合わせた目にどこか優しさを感じてしまうほど穏やかなものだった。
真剣に俺を見つめる鷲尾くんに……テンパっちゃった。俺は、そんな風に強くなれない。自分でももう本音がどこにあるのか分からないのに、本当でぶつけられることなんてない!そう叫んでしまった。もしかしたら、心から叫んだのは中学の時以来あれが初めてかもしれない。
歪んでいく視界、力の入らなくなっていく足。ついには蹲る俺をとなりで見守っていた誠一郎が俺を守るように肩を抱いてくれた。
俺の様子にこれ以上会話は出来ないと判断した鷲尾くんは俺に声をかけた。俺は鷲尾くんを見れずにいたけれど、そのまま話し出す。
不器用なほど真摯で真っ直ぐな言葉が、俺の胸に刺さった。
『また、明日。』と言われても何も返せず、ただただ頭のなかを駆け巡る。
そのまま少し落ち着いてから誠一郎に気遣われながら、帰路に着いた。あれから。俺は鷲尾くんに声をかけれないでいる。
鷲尾くんから視線を感じることはあった。話しかけないことを責められている、のではない気がする。無視してもおかしくない希望は悪くないと誠一郎は言ってくれても気分が晴れずにいた。
でも、昨日。伊藤くんと話して少しだけ、勇気が出てきた気がする。

あした。明日の……いいやこれからのテストを、俺は……。

「鷲尾おはよう。」
「ああ、おはよう一ノ瀬。」

思考は一気に現実に戻る。
最近何かあったのか、机に座ってる時間が短くなった。今みたいに自然と一ノ瀬くんたちとあいさつするようになった。一ノ瀬くんを筆頭に伊藤くんや沢木くんたちも挨拶し合う、最近では見慣れてきた光景。

「……叶野、おはよう。」

そして、俺にも鷲尾くんは挨拶してくれる。
自然の流れで……でもほんの少し気まずそうに。
顔を合わせられないときは無理には来ないけれど、挨拶してもおかしくないときに鷲尾くんは俺にそう声をかけるようになった。
俺は鷲尾くんを一瞥するだけでなにも返さない。いやどう返していいのかわからない。見られたくない俺も受け入れていない自分を晒してしまいそうになる恐怖感に縛られている。
これも、今だけだ。怯えて逃げている俺からバイバイしたい。テスト後なら、胸張って鷲尾くんと向き合う。絶対に。
誠一郎は俺に『無理しなくていい、わざわざ傷つかなくたっていいじゃないか』と言ってくれたけれど、俺はきっと前に進むためには多少の無理をして傷つくことを恐れない気持ちが無いときっとこれから俺は俺に後悔してしまう。
今は未だ自分の『本当』も分からなくなってしまったけれど……少しずつ、『自分の本当』を見つけて行きたい。そう思える。
本当に、今の環境に俺は恵まれている。鷲尾くんとのことはクラス中で知っているのに、俺に無神経に鷲尾くんとの仲を聞いてくる人や俺や鷲尾くんを省こうとする人がいないことが、俺の精神衛生が保たれている。
気になる素振りはみんな見せるけれど深く聞いてこないことに安堵する。
何より一ノ瀬くん。一ノ瀬くんが俺のことも鷲尾くんのことも平等に接すると最初に言っていた通り俺に対しても鷲尾くんに対しても前と同じ、どこまでもいつも通りに接してくれる。
あんなことがあったのに。
鷲尾くんに謝られたとは言えあんな言い方されたこともあって俺に逆切れされたこともあったのに、無視することもなく腫物を触るような扱いをすることもなくよそよそしくもならずにいてくれる。
一ノ瀬くんは、本当に鷲尾くんと俺のことを『友だち』と思ってくれている。そう思えば、少しだけ強く気を持てる……気がする。

「トイレ行ってくるねー。」
「おう、もうすぐHR始まるから急げよ。」
「分かってるって!」

……そのまま鷲尾くんを無視する形になって、誰も俺になにも言わなかったけれど気まずいと思ってトイレに向かう。
教室を出て、俺と入れ替わる形で教室に入ろうとした人物と目が合う。

「あ、おはよう。小室くん。」

そこにいたのは気だるそうにスクールバックをリュックのように背負っている小室くんだった。
正直言うと、小室くんとは一ノ瀬くんが来る前からあまり接点がない。と言うよりも、彼のほうが俺と仲良くしたくなさそうな雰囲気だった。
入学当初出席番号順で席着いて、俺はそこまで近くはなかったけれど誠一郎が小室くんの前の席だったから数回話しかけたりすることはあったが、すぐに小室くんは不快な顔を隠すことなく音を立てて席を立って他のクラスメイトと「あいつまじうぜえんだけど!」と大声で言われたことがあった。
まあ小室くんは不良っぽい雰囲気だったから、どこにでもいるような容姿の俺とはいたくないっぽいなー、とだけ思っていたところで席替えがあって俺とも誠一郎とも席が離れてしまって上タイミングが良いのか悪いのか近くにいることも今の今まで無かった。
この間鷲尾くんが教室を出て行ったあと「かのうくんよ~あの言い方つめたすぎじゃねえの~?」と絡まれたりしたけれど、俺はそのとき余裕がなくてそれ以外なにを言われたのか覚えていない。
名前は知っているけれど親しくはないクラスメイト、俺のなかで彼をそう置いていたけれどこれだけ近くで目が合ったし挨拶をしないのも俺のなかでなんとなく不自然な気がして(自分は鷲尾くんの挨拶をスルーしてるのにね、自分を嘲笑う。)軽く手を振って小室くんにそう言った。
俺が挨拶すると、予想通り『声かけてんじゃねえよ』と言わんばかりの不快な顔をされる。このまま無視されて教室に入っていくかな。そう思いながら小室くんのリアクションを待っていると。

「……あ…。」
(?)
「おうおはよう、叶野!次のテストはどうよ?」

突然態度を一変させて笑みさえ浮かべて上機嫌にそう聞かれる。親し気に肩を触れられる。
あきらかに何か忘れていたことを思い出したかのようなハッとした顔をされたのが気になりつつも不機嫌になられたり無視されるよりはいいか、と考え直し気にしないことにして

「あー、うん、がんばってはいるよー。」

曖昧に小室くんの質問にそう返した。
いつもなら『一夜漬け!』と明るく笑って答えるところだけど……今はちょっと違う。けれどやる気満々って答えるのも恥ずかしい気がして、誤魔化しているわけではないけれど本音も交えつつも具体的に答えることは出来なかった。
引き摺るわけではないけど、小室くんは俺と鷲尾くんの事情を知っているし、そのことで絡まれたりすることもあるからあまり信頼していないというのもあるけどね…。
俺の答えに小室くんは笑みを深める。……なんだか、嫌な感じがした。

「ふーん。」

聞いたのに興味なさそうな相槌。
俺の言うこと、聞いていたのかどうかも分からない。俺のことに興味ないのは知っている。たぶん、突っつきまわしたいだけなんだと思う。
最近大人しいと思っていたけれど、なにを考えているのだろうか。

「ま、がんばれよ!」
「う、うん。ありがとう。」

何故か応援されそのまま小室くんは教室に入っていったので俺も本来の目的であるトイレへと向かう。
普段の彼をあまり俺は知らないけれどどういうことか違和感が拭えない。
なにか。なにか違う。
そもそもなんで今の今まで邪険に扱っていたのにいきなりにこやかになったのだろうか。

「……考えても、仕方ないかな。」

小室くんに何かされた訳でもない。
暴言を吐かれた訳でも暴力を振るわれた訳でもない。
ただいつもと違う対応をされた、それだけ。むしろいつもより態度は良い。あんなに近くで小室くんの笑顔を見れたのは初めてのことだったし……。
俺の気にしすぎ、だよね。
悩み迷いながらも気のせいと自分の中で片づけることにした。
きっと機嫌が良かったんだろう。何か思い出したかのような素振りを見せたのは朝良いことでも唐突に思い出したんだろう、そう思い込むことにした。


この違和感を誰かに言っていたら。
誰かに相談して打ち明けていたら。

……いいや、それでも何も変わらなかったんだろうな。
きっと『彼』は今日出来なければ他の日に俺のことを絶対に潰していただろう。小室くんが出来なくなったなら違う誰かを見つけて、追い詰めていただろう。
地の果てまで追いかけまわして完膚なきまで叩き潰しにかかって堕とそうとしたんだろうね。

でも、もう少し俺も誰かに悪意を向けられているかもしれない、と用心したほうが良かったかもしれない。
そうすれば心構えが出来て微々たる余裕はあったのかもしれない。
なんてこと、後々思い返しては頭を抱えることになるのを俺はまだ知らない。


『その余裕ぶっこいてる仮面、剥ぎ取って追い詰めてやるからなぁ!あーはやく見てえなぁ!』

俺と話しながらそんなこと小室くんが思っていたなんて呑気に現実逃避していた俺は気付かなかった、自分が傷つかないように気付かないふりしてた。
結局、俺はさらなる傷をつくこととなる。逃げようとした傷よりももっと大きくて血が止まらなくなるほどの、傷を。
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