1章『それぞれの想い。』
高校に着いた。まだ予定より早かったが、遅いよりはいいかと思い直した。
空いている下駄箱に靴をいれて持ってきた上履きに履き替えた。
職員室は下駄箱のすぐ近くだった、少し早い気もするけどもう職員室に行ってしまおうと思いここで伊藤と別れた。
「俺はB組なんだ、同じクラス……になれるのは、さすがに甘いか……」
「……違っても、昼一緒に食べよう」
「!おう!!」
未だどこのクラスかわからないと言う俺に、同じクラスだったらいいのに、と少ししょぼくれた顔をした伊藤に、昼食べる約束を提案すると凄い笑顔になった。
……うん、なんだろう、この昨日感じた喜びに似ているけどちょっと違うこの気持ちは。
悪いものではなさそうだけど、うん……なんだろう。
「じゃあ、またな!」
そういって手を振る伊藤に小さく俺も手を振り返した。
名残惜しそうにしつつも俺から背を向けて歩き出す伊藤、周りの視線は何故か俺……ではなく伊藤に一心に降り注いでる。
何故だかとんでもなく珍しい……珍獣とでもいうべきか……そんなものを見るような目で彼を見ている。
生徒たちの反応もだが、その視線を少しも気にもせず歩いていく伊藤もすごいな、と他人事のように思った。
俺もそんな伊藤の姿勢を見習おうと思いながら彼を見送ってノックを数回して職員室に入った。
職員室に入って、一番近くの席の丸い眼鏡を付けた温和そうな先生が扉を開ける音に反応して振り返り俺に声をかけてきた。
「きみは……あ!転校生の一ノ瀬くん、かな?」
人好きする笑みを浮かべながら、俺の名前を確認されたので頷いて返す。
「僕は岬 優(さき すぐる)です。
一ノ瀬くんの担任で担当科目は国語です、なにかあったら気軽に言ってね。」
「……はい」
たぶん、言うことはないんだろうな。と思いながらも頷いた。
「岬には遠慮しなくていいぞ!岬は生徒のこと大好きだからな!!もちろんオレにもしなくていいがな!!」
諦観している俺をお見通しと言わんばかりに、大きな声が職員室に響いた。
声の主は……岬先生の向かい側に座っている健康的な、快活そうないかにも体育教師、と言った風貌の先生だった。
大きな声のおかげでなにか作業をしていたであろう他の先生もビクッと身体を揺らしている。
「オレは五十嵐 竜実(いがらし たつみ)、話は聞かせてもらった!一ノ瀬だなっ俺のクラスはお前のクラスの隣のA組だ、連中とも仲良くしてやってくれ!
少々難有りの奴もいるがそれはそれ!悪い奴じゃないからなぁ!!」
「……はい」
多分俺はよろしくできるタイプではないとはおもうが、この、五十嵐先生の大きな声と勢いに圧されつい頷いてしまった。
「一ノ瀬くんが困ってますよ、五十嵐先生」
「おっと、悪かったな!!」
俺の困っている様子が伝わったのか、岬先生が少し困ったような笑みで五十嵐先生にそう言った。
そんな岬先生の指摘に素直に聞いてにかっと爽やかに笑って俺に謝るのを見ると悪い先生ではないんだろうと思う。ただ今までにない接し方をされたので戸惑う。
……ここに来るまで、あまり人と話さずにいたからどんな反応が正解かもわからないが、とりあえず気にしていないことを言おうとして
「相変わらずにぎやかなお人やねぇ五十嵐先生」
そんな聞きなれた声が背後から聞こえた。
声の主が誰か振り向かなくてもわかって、一気に胸が重くなって呼吸がしにくくなった。
胃のところがツキリと痛んだ。彼がいることは知っていた。昨日「俺保険医やけどあんま来んといてね、なにするかわからへんから」と言っていたから知っていたしどうしても顔を合わすのも分かっていた。
だけど、どうしてもこの重みと痛みは慣れない。し、慣れることは無いんだろう。
母の幼馴染で父の親友だった、関西弁が特徴的な、彼。
桐渓 雄哉(きりたに ゆうや)さん、俺を憎んでいて誰よりも俺に記憶を取り戻してほしい人だ。