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2章『結局のところすべては自分次第。』


「……岬先生と話すことあるから、さきに帰っててほしい。」

授業を終えて帰りのHRも終了して放課後になった。
一回目の午後の授業を終えたころには平常を取り戻したので伊藤に普通に接せた。俺の態度が戻ったことで伊藤にホッとした顔をされて申し訳ない気持ちになった。
HRを終えて、伊藤に
『よし、透帰ろうぜ。』と言われて普通に頷こうとする寸前で岬先生と……桐渓さんと話さなければならないのを思い出してしまった。気分が落ち込むのを感じる。

「あ?もう岬先生とは話しただろ?」
「……そうだけど、ちょっと俺だけと話さないといけないんだ。」

桐渓さんは忌み嫌っている、どころか憎い俺と関りがあると周囲に知られるのを嫌がっている。担任の岬先生と校長ぐらいしか俺と桐渓さんの関係性を知らない、と思う。
伊藤に隠している訳ではないが、学校で俺が桐渓さんの名前を出せば勘ぐられてしまう可能性があったためその辺を伏せた。正直言えば学校でなければ伊藤には普通に桐渓さんのことを話していた。
……言うタイミングが無かっただけで伊藤に隠すつもりはさらさらなかったが、こうなってしまうのであれば自ら桐渓さんのことを話すべきだった。後悔するが遅かった。
見るからに苛立ってきている伊藤に心底焦る。

「なんで、透が2回も呼び出されなきゃならねえんだよ。おかしいだろ?鷲尾は一回で済んでるのに、なんでだよ。透は悪いことしてねえだろ。なんで怒られなきゃいけねえんだよっ」

俺のことを想って怒ってくれているのは痛いほどわかる。もうここで桐渓さんのことを言いたい気持ちになりながらも、それを抑えた。
この場に既に鷲尾がいないことに一先ず安心する。また自分を責めそうな気がした。

「……怒られる、訳じゃない。理由があるんだ。ここでは言えないけど伊藤にもちゃんと説明する、あとでちゃんと事情を、」
「もういいっ」

隠し事にするつもりではなかったし本当にちゃんと説明するつもりだった、けれどどうしても言い訳にしか聞こえないであろう俺の言葉を遮って伊藤は教室を出て行ってしまった。
昨日の鷲尾のように、でも鷲尾のときみたいに追いかけられなかった、何故か、簡単だ。俺の足が動かなかった。
情けないことに震えている。立つのが辛くて席に着いた。
……少し俺の話を聞かないで、荒い口調で言葉を遮られた、それだけなのに。

「……。」

俺は、俺のことを大事にしてくれる人も大事にできないみたいだ。
それが悔しい、そして悲しい。辛い。
伊藤に隠すことなんてないのに。隠さなくても平気だってそう思える相手なのに。
昨日鷲尾に言われたことは気にしなかった。小室のように何を言われたって『どうでもいい』とはちょっと違う、ただ本当に気にしてなかった、むしろ鷲尾はどうしたのだろうとまで思ってた。
だけど、今は全然違う。自分の気持ちが落ちていく、立ち上がるのも億劫なほどに。力が抜けていく身体に抗うことなくだらりと力なく机に突っ伏した。
素っ気なくされるのがこんなに堪えることなのだと思い知る。自分の幼稚さで伊藤をどれほど傷つけてしまったか知ってしまう。自業自得だ。
俺がして良くて伊藤は駄目とか、そんな自分勝手なこと思えずただただ自分の行動に後悔した。もう、どれだけ後悔していいのか……自分が嫌になる。誰も聞いていないのをいいことに思いっきり溜息を吐いた。
溜息を吐き終わって、教室のドアが開いた。そこにいたのは伊藤……なんてことはなくて、

「一ノ瀬くん、ごめん。そろそろ行こっか。」

岬先生が迎えに来た。桐渓さんと話すために俺を向かいに来てくれたのを認識した。
ズキリ、と胃が痛んだのを無視して立ち上がり岬先生のほうへ歩く。
果たしてこんな不安定な情緒の自分がちゃんと話せるか分からないけれど……、今日は岬先生がいてくれる。2人きりで話すときのようにまではいかないだろう、はずだ。
第三者がいることによって多少は冷静に話せるかもしれない、俺はちゃんと桐渓さんと話せていないからチャンスなのかもしれない。
どうして、俺を嫌うのに憎くて視界にも入れたくないことを言うのに、そのくせ俺に掴みかかったり強引に保健室に連れて行ったり、執着するようなそぶりを見せるのか……それが少しでもわかるかもしれない。
俺が精神的に耐えられるのか分からないし、俺も冷静に桐渓さんと話せるのか分からない、けどいつもとは違う人もいるからいつもと違う展開にはなるかもしれない。
岬先生の後をついていきながらマイナスにばかり考えないよう、少しだけ前向きに考えてみた。言い聞かせばそのうち真実になるかもしれないから。
俺の緊張を解かそうとした岬先生が

「そういえば伊藤くんはいないんだね、なんだか待っているイメージがあったからちょっと意外だね。」

と邪気のない言葉にまた落ち込んで岬先生に心配されたが、保健室の前に着くまでになんとか少しだけ落ち着いた。
俺に気遣って先に保健室に入っていく岬先生のあとを追うように、気が付かれないぐらいに浅く深呼吸して歩みを進める。

話し終えたら、伊藤にちゃんと話そう。
今日呼ばれた理由と俺と桐渓さんの関係を。そうすれば、今度こそ俺は伊藤に隠し事がなくなる。
そもそも俺としては特に聞かれて困るものではない。
……怒られる訳じゃない、てつい伊藤を落ち着かせたくて言ってしまったけれど。岬先生には怒られないと言う意味ではあっているけれど、桐渓さんにはたぶん怒られる、とおもう。
言葉につい出してしまった事故みたいなものだけど、うそになってしまうからそこも謝ろう。……問題は伊藤が俺の話を聞いてくれるかがなんだけれど…。
今から桐渓さんと話すのに、伊藤のことをつい考えてしまう自分に気付かずにそのまま保健室のなかに入って、自分で扉を閉めた。

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