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2章『結局のところすべては自分次第。』


岬先生は鷲尾のことをまるで自分のことのようにとても喜んだあと、笑みを浮かべたままだけど少しだけ顔を引き締めて真剣な眼で俺らを見る。

「一ノ瀬くんにちょっと聞きたいんだけれど……。」
「はい。」
「……鷲尾くんの言うことを信じるなら、一ノ瀬くんと伊藤くんと叶野くんに八つ当たりしちゃったんだよね。
で、湖越くんにそこを責められてどうしていいのか分からなくて逃げちゃった、そこまでは本当かな?」
「はい。」
「……。」

岬先生に聞かれて躊躇いなく頷いた俺に鷲尾は居心地が悪そうに身じろぐ。
本人としてかなり気にしているところで後悔しているのも知っているが、してしまったことは事実であり取り消すことなんてできない。俺が庇ったところでそのことが無くなるわけではないし、庇うつもりはない。

「そっか…。じゃあ、なんで一ノ瀬くんはその鷲尾くんを追いかけたの?」
「勝手に足が動いたんです。」

問われてまた躊躇うことなくすぐに答える。
どうして、と聞かればそうとしか答えられない。『どうしていいのか分からない』そんなことを思っている顔をしていたのを、見えたから。
伊藤と会う前、ここに引っ越す前の俺のことを見ている気持ちになったからかもしれない。俺は鷲尾に言われたことをあまり気にしていなかったからと言うのはあるとは思う。
ただ、あのまま鷲尾を見送ったらもうテスト前のような関係にはなれないかも、と思った。不確定な理由しか出て来ない。俺にだって追いかけたのはよくわからなかった。勢いよく出て行ったのはいいけれど何を言っていいのかわからなくてしばらく鷲尾の後をずっと付いていったぐらいだ。

「……そう、なんだ。」
「?」

俺の答えに目を見開いて呟くようにそう言う岬先生。どうしてそんなに驚いているのか分からなくて首を傾げる。

「あ、ごめんね。一ノ瀬くんって物静かな印象があったから、なんだか意外で。その行動にも、理由にもね。」
「それは……確かに、僕も驚いた。」

どういうことか鷲尾も岬先生の言葉にうんうん頷いている。
俺が鷲尾を追いかけたのはそんなに意外のことらしい。多分、クラスメイトも俺が追いかけたのは予想外だったんだろう。
確かに俺が鷲尾を追いかけるために教室を出たとき後ろからクラスメイトが吃驚した声を出していたような気する。……そう言えば、伊藤は濡れた俺を心配をしていたが、鷲尾を追いかけた理由とかどんな話をしたのか詳しくは聞かれなかったな。
伊藤がそんな反応だったから自分の行動がいつもの自分と噛み合わないなんて思いもしなかったが、周りや2人の反応を見るとそちらのほうが普通なのかもしれない。
俺の行動自体には驚いた様子を見せなかった伊藤にとって今の俺の行動は『前の俺』ではよくあることだったのだろうか。昨日の俺の行動は、前の俺と被っていたのだろうか?そんな考えに行きついて……なんとなく、胸あたりがもやもやして針で刺されているようにチクチク痛んだ。
でも今はその胸の痛みを抑えて、話し出す。

「……とにかく、俺は鷲尾に謝ってもらっているのでその問題は解決してます。あと伊藤も。
勝手に飛び出した件は鷲尾が何と言おうと自分自身のせいです。怒るのなら俺にも怒ってください。お願いします。」
「一ノ瀬は悪くない!」

その辺は俺も同罪だと言っているのに鷲尾はまた食い下がる。自分の意見を無視しようとする鷲尾にいい加減苛立ちを覚えながら鷲尾を見る。

「えーと……ごめんね、言うの遅くなっちゃったけど、僕はその件で怒るつもりはないんだよ。」

ハイっと手を挙げながら俺らに申し訳なさそうに告げる岬先生。このままでは話が堂々巡りになってしまうのを察したようだった。

「僕はただ事情を聞きたかっただけで。他の先生方はちょっと何か言ってるけどね……。そう言う事情なら何とか誤魔化しておくから、君たちは怒られる心配はしなくていいよ。」

眉を下げて優しく笑いながら岬先生。その丸い眼鏡の奥の瞳はどこまでも穏やかに俺らを見ていて、良い意味で気が抜ける。鷲尾が怒られないことに自分が桐渓さんに怒られるだけで済むことに安心した。

「いや、僕は」
「岬先生がそうしたいって言ってくれている。甘えよう。」

良くも悪くも真面目な鷲尾は怒られないことに安堵するどころか不安そうにしている。自分の行動は罰を与えられるべきであるのに、怒られもしないことが違和感あるのだろうが、岬先生の気遣いを無碍にするべきではないと言外に伝える。
小声で鷲尾にそう言うと、不思議そうに瞬きして少し間があったあと頷いた。

「鷲尾くん。きみがしたこと僕はあまり知らないけれど……大分、酷いこと言っちゃんだとは思う。言われちゃった子のこと、僕はとても心配だと思う。」
「……」
「でも、僕は鷲尾くんだけを責めるのはしたくない。鷲尾くんにも、何かあったんだと思う。もちろん鷲尾くんの言ったことで傷つけてしまった子は心配だけど……鷲尾くんのことも僕は心配してるからね。
だからなにかあったなら良かったら相談してほしいな。話ならいつでも聞けるからね?」
「!…………どうしてそんなことを言える?加害者である僕に。どうして……。」

「鷲尾くんが理由もなくそんなことする子だと思えないだけだよ。」

鷲尾の質問に笑顔で即答した。
綺麗で純粋で……危うささえ感じさせるほどの無垢な瞳だった。少し怖い、と思った。恐怖する意味ではなくて、いつバランスが崩れてもおかしく綱渡りをしている人を見るようなそんな気持ちになった。うまく、説明はできないけれど。

「鷲尾くんは、みんなに謝るのかな?」
「……ああ。」
「そっか。それなら僕が介入しちゃうと余計拗れてしまうかもしれないから、聞かなかったことにするし僕からは何も言わないよ。
でも、なにか悩みがあったらいつでも言ってね。鷲尾くんも、一ノ瀬くんもね?」

俺の考えていることは岬先生は分からなかったようだった。
俺のことはきっとこれからのことも指しているのが分かったので大人しく頷いた。ちょっと怖くても、優しく頼れる先生であると言う認識は変わらない。
頷いた俺を真似するように鷲尾も頷いた。
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