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2章『結局のところすべては自分次第。』


昼休み、昼食をいっしょにとらないか、と今日初めて自ら鷲尾にそう聞いたときには鷲尾も周りも驚いていたけれど(伊藤は予想していたようだったから特別反応はなかった)最終的に頷いて、一緒にとることになった。
相変わらず伊藤と鷲尾は噛みつき合うような荒々しい会話をしていたが、前よりもギスギスしたものではなかった。互いに遠慮がなくなったように感じながら俺は2人のことを眺めていた。
昼食を終えて岬先生に呼ばれていたから鷲尾とともに職員室へ向かう。職員室のドアをノックして入室すると岬先生は俺らが来たことにすぐ気づいてくれて『ここで話すのは話しにくいからと思うからね』と気遣ってくれて、五十嵐先生に話はもうすでに通っていたのか理科準備室の鍵を岬先生が開けて、用意されていたらしいパイプ椅子に座るよう言われそれに従う。
俺と鷲尾が並んで座り、岬先生が机を挟んで俺と鷲尾の間ぐらいに座った。
居心地が悪いようで鷲尾は座ってすぐに俯いてしまった。昨日のこと、鷲尾は堪えているようだ。

「……事情があるのは分かってるんだよ。でも、ごめんね。『教師』として聞かないといけないんだ。
どうして、2人とも学校を抜け出したのかな?」

聞きにくそうに申し訳なさそうに、岬先生にそう聞かれる。
勝手に抜け出したのは俺らなので謝るのはこちらのほうであり、そんなに岬先生が気にすると言うかそこまで申し訳なさそうにされてしまうことさらに申し訳ない気持ちになってくる。
謝りたいと思う。後悔はしてないけれど困らせるようなことをした自覚は一応あったから。責められてもおかしくないとも思っていた。

だから。そんなに『教師』と言う単語を苦々しく思わなくていいのに。俺からそう言うのは随分と上から目線になってしまうだろうから言わないけれど。

聞かれたことへの返答に息詰まる。どう岬先生に昨日のことを説明するべきなのか、昨日の地点で聞かれることは知っていたのに結局答えが出なくてぶしつけ本番になってしまった。
岬先生が今どのぐらい昨日のことを知っているのだろうか。聞かれた伊藤は『逃げた鷲尾を透が追いかけに行った。』とだけしか言っていないようだけど、他のお喋りなクラスメイトから聞いてしまった可能性もある。
下手に俺が言うのもと思うし昨日のことを後悔している鷲尾の口から言うのも酷な気もした。どうするべきか、思案する。
……天才とか言われる頭脳を俺は持っているのかもしれないけれど、こういうときにその脳を何も生かせないのでは無意味だと思う。勉強だけ出来る頭を持っていても俺は幸せなんて思えない。
自分に苛立ちを覚えながら考えていると、

「……一ノ瀬は、何も悪くない。」

となりの鷲尾が口を開く。
とても小声だけれど、誰も口を開いていない小さい準備室では充分俺の耳にも岬先生の耳にも入った。
つい鷲尾を凝視してしまう。岬先生も穏やかに静かに鷲尾を見つめて続きを待っている。
俺と岬先生に見つめられているなか、鷲尾はゆっくりと俯いていた顔を上げ岬先生と真っ直ぐ目を合わせた。
覚悟したんだな、そんなことを想った。

「僕が八つ当たりした。身勝手な理由で、身勝手なことをした。
僕のことを避けることなく受け入れてくれている一ノ瀬を僕の身勝手でテストのことをクラスメイトの前で晒し者にするような暴言を吐き、それを怒った伊藤に一ノ瀬に聞かれたくないことをわざわざ告げて。
そして、テストのことで僕は叶野を責めて傷つけることを言ってしまった。叶野を庇い僕に憤りを覚えた湖越に責められて。
他人を傷つけてそれを責められるのは当たり前のことなのに、勝手に傷ついた僕はどうしていいのか分からなくなって教室から……飛び出して、逃げた。
飛び出してしまった僕を心配した一ノ瀬が追いかけてくれた。すべては、僕のせい。一ノ瀬は何も悪くない。だから、責めないでほしい。
責めるなら、僕を責めてほしい……です。すいませんでした。」

鷲尾は岬先生から目をそらさず、はっきりとそう言い切り最後は頭を下げた。
確かに暴言を吐かれて聞かれたくないことを告げて傷つけたのは間違いのない事実。冷たいかもしれないけれどそこは責められても仕方がないことだと思う。

「……いいえ。鷲尾が勝手に飛び出したのなら、俺も勝手に鷲尾を追いかけたんです。鷲尾を呼び止めて、偉そうなことを言いました。
確かに鷲尾の言っていることに間違いはないです。でも、追いかけたのは俺の勝手です、だから飛び出したことに関してのことは、鷲尾だけを責めないでください。」

だけど、俺が勝手に学校を飛び出した件を鷲尾だけのせいには出来ない。
自分だけを責めろと言う鷲尾はちょっと間違ってる。俺は自らの意志で鷲尾を追いかけた。そのままそっとしておく選択肢もあったに関わらず、鷲尾を追いかけることしか頭になかった。

「いや、一ノ瀬は悪くないだろう。僕が勝手に八つ当たりして勝手に教室を飛び出した僕を一ノ瀬は心配して飛び出してしまったのだから。」
「それを言うなら俺は俺の意志で勝手に出たのだから、その辺は同罪だろ?」
「そこまでのものじゃ……」

自分だけ悪者になろうとする鷲尾。目の前に岬先生がいるのを忘れて俺は責められるべきではないと鷲尾は言って勝手に飛び出したところは俺も同罪なのだと食い下がる。
お互いに譲ることはなく睨み合いとまではいかないけれど、自分の意見が相手に通じないことに不満を持った。きっと鷲尾も同じで、機嫌悪そうな顔をしている。きっと俺も同じような顔をしている。

「……あ、はは」
「?」

無言で見つめ合っている中、場違いな笑い声が聞こえた。馬鹿にしているのではない、どこか温かみの感じられる笑い声。
俺ら以外にこの場にいるのは岬先生だけだ。
目の前に座っている岬先生を見た。鷲尾も同じことを考えていたようでほぼ同時に視線を逸らして岬先生の様子を窺った。
やっぱり笑い声の正体は岬先生だった。なにかおかしかったのか未だ笑っている。
俺らに見られていることに気が付いた岬先生は照れたように、でもその笑みは止められないようだった。

「ごめんごめん、なんだか2人が微笑ましくてね。」

俺らとしては至って真面目なことを話していたつもりだったのだが、なにかおかしかっただろうか。
おかしくて笑っているとしたらその割には随分穏やかな顔をしているものだから、心底不思議だ。
「僕らの会話はなにかおかしかったか?」
鷲尾も俺と同じことを思ったのか俺が思ったことをそのまま鷲尾が口に出した。
岬先生は首を横に振って少し慌てて否定した。
「ううん、おかしいことはないんだけどね。2人の関係がなんだか良いなって思って。
鷲尾くんってこう言っちゃうと失礼かもしれないけれど、あまり人と関わろうとしてこなかったから。
最近の鷲尾くんはなんだか生き生きしてて楽しそうで……とても良いと思うんだ。
すごく、変わったね。もちろん良い意味でね。」
「……」
「気分悪くしちゃったかな?ごめんね。」
「いや、」
「…今日鷲尾は伊藤といっしょに教室来ましたよ。」
「ちょ、いちのせ」
「あ、噂は本当だったんだね!仲良くなったんだねっ!」
「ちがうっ」

鷲尾が誰かと仲良くしているのを心底嬉しそうな岬先生に鷲尾は否定したかったのだけれど、その悪意のない善意だけで出来た笑みに言葉が続かなくなったようだ。
余計なことを言ったであろう俺を睨んでいるのを察したが黙殺した。本気で嫌がっている訳ではないのも分かっている。顔真っ赤だしな。
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