2章『結局のところすべては自分次第。』

何故か互いの悪口を言っているが、気にしたらあれだろう。随分と言い合っていたようで互いに言葉が出て来なくなっている。
いつも通り……よりも、なんというのだろうか…幼くなったのだろうか?あれだけ鷲尾が言い合うのは叶野以外では初めて見た。それは周りも同じなんだろう。
伊藤も鷲尾に負けじと絞り出している。伊藤もああやって言い合うところも俺は初めて見たな。……うん、俺ではあんな会話できないな。

「……仲良くなってるな。」
「え、一ノ瀬それマジで言ってる?」
「マジで言ってる。」

近くにいた沢木に独り言に反応されたから、普通に返すと変な顔をされた。あれだけ言い合えるようになったってことだ。鷲尾が伊藤に距離とっていたしな。
…うんやっぱり

「前よりも仲良くなってるな。」
「どこがだ!?」
「どう見たらそうなる!?」
「あーやっぱ仲いいかもなぁ……。」

俺の言葉にほとんど同じぐらいのタイミングで反応するものだから沼倉が俺の言葉に納得してくれた。分かってくれたようでなによりだ。
この2人は案外波長悪くないと前々から思っていたけれど、やっぱり俺の見立ては外れていなかったようだ。なんとなく満足気な気持ちになってうんうんと頷いた。

「透、お前が俺の親友だからなっ!?一番仲良いからな!?」
「?ああ、わかってる。俺も伊藤が親友だ。」

何故か焦っている伊藤に首を傾げながらも肯定した。
当たり前のことを言っていただけだが伊藤がすごい嬉しそうにしているから、なんだかとても良いことを言った気持ちになる。

「…仲良いとは思ってたけど、そんな仲だったっけ?」

沢木が俺らを見て何かを言ったがHRの始まるチャイムでかき消されてしまったので聞き返すけど苦笑い混じりに「やっぱなんでもない」と返されてしまった。
それにしても、いつもならチャイムが鳴る少し前か鳴り終わる前には教室にいるはずの岬先生が今日はまだ来ていない。先生来ていないから、疑問に思いながらも結構立っているクラスメイトはちらほら。
小室は座ったまま、だけどどこか怯えるように俺のほうをチラチラ見ているのが視界の端に入る。さっきのこと伊藤に言わないか見ているのだろうか。……怖いなら最初からいなければいいのに、苛立つとか以前に呆れてしまう。
鷲尾はいつの間にか自分の席に着いていた。視線を向けられても堂々としているほとんどいつも通りの鷲尾の姿に少し安心した。
さっき俺が言ったことも効いたのか視線を向けられても不躾に鷲尾になにか言おうとするヤツはいないようだった。わかってくれて良かった。
胸を撫でおろしていると伊藤とふと目が合ったと思ったら手招きされる。不機嫌そうではないけれどどこか不服そうだ。抵抗することなくそれに応じて耳を伊藤に寄せる。

「……透、もしかしなくてもよ……鷲尾が俺に謝るの知ってたよな、透が昨日なんか言ったのか?」

低い伊藤の声が耳元で聞こえてきてなんだか身体がざわざわする。嫌ではないけれど、なんだろう。
とりあえず今は自分の身体と気持ちの謎をあまり考えないようにして、伊藤の言葉にすぐうなずいて返した。俺が伊藤にああ言った意味が通じたようだ。

「……あの状況だったら何をするべきなのか聞かれたから『謝ろう』と答えた。さすがに朝の校門前で待っているとまでは知らなかったな。」

人を傷つけたときどうすればいいのか分からないと言う鷲尾には謝るんだとは言ったけれど俺は謝罪を強制をしていなければ、いつ謝れとかそう言ったことは何も言っていない。
鷲尾自身が俺と別れた後色々考えて、あのタイミングで伊藤に謝罪することを決めた。
すべては鷲尾の意思だ。そして、その謝罪を受けて許すのも許さないのも謝られた人自身が決めることだ。
俺は誰にも強制していない。鷲尾に聞かれたから、俺は俺の答えを鷲尾に告げて、鷲尾はそれを本気で考えて実行して鷲尾の答えを手に入れた。それだけ。

「そうか…。鷲尾に謝られるとか想像もしてねえからビビった。鷲尾がしおらしいとかそれだけで気色悪い……。」
「……嫌だったか?」
「嫌とか以前の問題だろ。憎らしくねえ鷲尾は鷲尾らしくねえ。それだったらいつも通りの鷲尾のほうがぜんぜんマシだ。」
「鷲尾にそう言ったのか?」
「おう。」

眉間に皺を寄せて難しい顔をしながら答えてくれた。
俺の予想通りやっぱり怒りよりももういいって気持ちのほうが勝ったみたいだ。
真剣に謝っているのにそんな言い方はどうか、なんて他の人からすると言われてしまうかもしれないけれど、さっき伊藤と元気に言い合っている鷲尾の様子を見る限り気にしていないと言うより伊藤に遠慮が完全に無くなったようだった。
内心穏やかではないのに、表面上は穏やかに謝罪を受け入れられるよりはきっと鷲尾には良いことなのかもしれない。伊藤は隠し事は得意ではなさそうで鷲尾もそのタイプであり、互いに隠し事をされるのは嫌っぽいので傍から見るより2人の相性自体はよさそう、と俺は勝手に思っている。
勝手に思っている感想を伊藤に言ってみる。嫌そうな顔されそうだなと思ったけれど、少しからかうつもりの気持ちで。

「仲良いな。」
「………透に言われると、何かもやっとくる。」
「そんなに鷲尾と仲良いって言われたくないのか?」
「それもあるだろうけどな、それだけじゃねえ気もする。」
「少しはあるのか……。」
「……あー、なんだこれ……?だめだ、わかんねー…。」

俺の言ったことを肯定しつつも伊藤のなかでは他にも違う気持ちが入り混じっているようだ。でもそれは伊藤にも原因が分からず、考えてはみたようだがやっぱり分からなかったようでゴン、と音を立てて机に突っ伏してしまった。
そんな伊藤に俺こそ首を傾げてしまう。
少しすると顔を上げて「まぁそのうちわかるだろ」とケロッとした顔で言うものだから俺のほうが混乱した。そんなものでいいのか、と聞く俺にそんなもんでいいだろ、と返されてしまった。
特に思い悩むものではないと伊藤が判断したのなら俺は何も言えない。本人がそう言うのだったら俺も気にするものではない、と言い聞かせた。どうして当事者より俺のほうが悩んでいるのだろう……?
ちょっとだけ溜息吐きたい気持ちになっていると、教室のドアが勢いよく開いた音がした。反射的に音がしたほうを注目する。

「ゲホッ……遅くなって、ごめんねっ……HR、はじめ…っゲホゴホっ!!」
「ちょっ、せんせ落ち着いてからにしてっ!?」

そこにいたのはよほど慌てて走ってきたようで、息絶え絶えで眼鏡がずれ汗を掻き姿勢を保てていない岬先生だった。
酸欠のせいか咳が止まらないのにいつもの穏やかな笑みで普通にHRを始めようとするのを近くにいたクラスメイトに突っ込まれた。

そのあと落ち着いた岬先生がいつも通りHRをしたが、さっきのことがあって何があったのか聞くクラスメイトにいつもの笑みで「なんでもないよ」と答えたが、明らかに何かあったのだろうと大体のクラスメイトは察していただろう。

「一ノ瀬くんと鷲尾くんは、ごめんね。きのうのことちょっと聞きたいから昼休み職員室に来てもらっていいかな?」

HRの終わりにそう言われて頷いて返した。たぶん鷲尾も。
……ここでようやく、昨日のことを岬先生は言われたのではないかとそんな考えに行きついた。
『目立つな』『問題起こすな』と再三言われていたことを無視した俺のことを、桐渓さんは岬先生に何か言ったんじゃないか。そう考えて…岬先生に申し訳ない気持ちになった。
しかも昨日桐渓さんからの電話に出ずにいたのだから、岬先生は何か八つ当たりされてしまったのではないか。
……それでも、俺は、桐渓さんの言うことよりも鷲尾を追いかけたことも、桐渓さんの電話よりも伊藤の話を優先したのも、後悔していない。どうしようもなく、2人のほうが俺にとって大事だった。
かと言って岬先生が桐渓さんになにかされて何も思わないわけでもない。規則よりも俺のことを大切にしてくれた岬先生が嫌な思いしたのなら……申し訳ない。
とりあえず昼は鷲尾も呼ばれていたから桐渓さんを交えての話ではなさそうだ。……昼だと時間もないから、きっと放課後になる。
放課後に岬先生に謝る余裕は俺にないから、昼話し終えたら少し残って岬先生にちゃんと謝ろう。

「……ハァ……。」
「大丈夫か?透」
「……無理そうめげそう。」

心配そうに俺を見ている伊藤の眼も辛い。
正直気は重いが……伊藤がいるなら頑張れそう……がんばろう……。
机に突っ伏していたから伊藤がどんな顔で俺を見ているか知らなかった。
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