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2章『結局のところすべては自分次第。』


「…あ、あの、一ノ瀬くん。小室くんたちのこと止められなくて、ごめんね……。」
「昨日の今日だし俺らが口出すとさらに変に拗れそうだったからな……。でも、悪かった。」

俺がもうこれ以上話さないと言う意志が伝わったようで、他クラスの奴は各々の教室に戻っていき、俺の携帯を取った奴も自分の席についた。どこか不満そうに見ているクラスメイトの存在にも気が付いていたが無視した。
ざわついていた教室が少し違和感はあるもののようやくほとんどいつも通りのものになっていった。
落ち着いてきたころを見計らって、いつのまにか登校していた叶野と湖越が俺のほうへやってきて申し訳なさそうに謝られた。
湖越の言う通り、あの状態で2人が止めに入ってもどうしようもなかったと思うし、火に油を注ぐようなことになっていたかもしれない。2人とも昨日のことの当事者だし……まぁ、幸いと言うべきか俺が昨日と朝に目立ったおかげで2人のほうへ行かず俺に行ったのは良かったかもしれない。
2人の判断は正しいと思うし、好奇心と悪意の混じった視線にさらされずに済んだことに自己満足したので謝ることはないと首を振った。それよりも、叶野から聞きなれない名前が聞こえた。

「……小室って…」
「さっき一ノ瀬の携帯を取った奴。」

小声で聞いてみると湖越から予想通りの答えが返ってきた。
やっとあの昨日俺のことを愚痴り今日になって良い顔して鷲尾のことを根掘り葉掘り聞こうとして、俺の携帯電話を取り伊藤のことを化け物って言ったりするやつの名前を知れた。小室か。
こむろ、小室か。

顔と名前、おぼえたからな。

「あの……一ノ瀬くん、顔怖い。いつも通りの無表情のはずなのに、何かいつもよりなんか雰囲気怖いよ……。」
「…ん、悪い。」

叶野は怯えたように湖越の後ろに隠れながら俺にそう言う。
俺は結構根に持つタイプのようだ。そして案外周りに怒りが分かるタイプでもあるようだ。
もちろん叶野たちに怒っている訳ではない。好き勝手言う小室や好奇心だけでこちらのことを窺う何も言わないやつらに対してだ。その怒りはさっきのことを思い出す度にふつふつと湧き上がってくるので、叶野を怯えさせてしまうのは本意ではないので今は一旦置いておこう。絶対に忘れないが。
深く息を吸って吐いて気が立ってしまうのを落ち着かせる。

「さっきのことほじくり返すことになるのは申し訳ないんだが……細かいことは、もちろん教えてもらわなくていいけどな。だが、一つだけ聞いてもいいか?」

言い出しにくそうな雰囲気の湖越。さっきの今では確かに聞きだしにくいだろうけれど、小室たちとは違って湖越も叶野も無関係って訳ではない。そんな恐々としなくとも、とは思いつつも気遣って周りに聞こえないように小声で話してくれるのを無駄にするのもあれか、と思い問いかけに同意を示した。
湖越の後ろに隠れている叶野もどこか暗い表情で俯ていたから、何となく聞かれる内容は分かっていたけど湖越の言葉を待った。

「鷲尾を、許したって本当か?」

湖越は戸惑いがちに俺に聞く。さっきの会話はやはり聞こえていたようだった。そして、予想通りこのことを聞かれた。予想していたから驚きもせず

「ああ。謝られたから許した。だからもう俺のことは気にしなくていい。」

聞かれたことに淡々と答えた、いつも通りの声音でなんでもない会話として、でも周りに聞こえられたら鬱陶しそうだったから目の前の二人にしか聞こえないぐらいの音量で。
たぶん、鷲尾の行為と言動は早々許されるようなものでないとしても、元々俺はそこまで気にしていなかったから、真剣に謝ってくれただけで充分だ。
俺の答えに聞いた湖越よりも叶野のほうが苦しそうな顔をしていた。……何故そんな苦しそうな顔をするか、理由は分からないけど。

「……もし、2人が鷲尾に謝られても俺に合わせなくていい。許してもいいし、許さなくてもいいから。」

周りのことをよく見ている叶野だから、俺に合わせて許すと言ってしまいそうだから、そんな考えのもとに告げたのだが……俺の言葉は、叶野の琴線に触れてしまったようで。

「っ一ノ瀬くんみたいに、俺はなれないよ!」

大きな声で言うからまたこちらに視線が集まってしまう。
俺はともかく、二人からすればかなり居心地が悪いと思う。叶野は衝動的に言葉に出してしまったようで、ハッと目を見開いて口を抑えてうつむいてしまう。
小さな声で「……ごめん」と俺に言う。

「……気にしていない。俺は、言葉が足りないみたいだ。こちらこそごめん。」
「ううん、一ノ瀬くんは悪くないよ。……俺、弱いからさ、周りに合わせちゃうから……自分を通せる強さを持っている一ノ瀬くんが羨ましいよ……。」

またあの壁を張られた笑顔を出されてしまった。これ以上聞いてほしくないのだと鷲尾とのやり取りを聞いていたから知っていて、叶野を傷つけるのは嫌だから聞くのは辞めることにした。
ごめん、とまた一言呟いて逃げるように、「トイレ行ってくるね」と湖越にそう言って教室を出て行ってしまった。

「……悪いな。あいつちょっと複雑でよ。」
「平気。……でも、一つだけいいだろうか。」
「ああ、あいつに伝えるかはちょっと内容によるけどな…。」
「それでもいい、湖越にも関係あることだから。」

複雑、と今まで静観していた湖越に言われたが、俺は特に傷ついていないから構わなかった。それより叶野が傷ついていないか心配だったが、あまり聞くと逆に傷つけてしまいそうだったから何も言わないことにした。
それより、一言だけ言いたかった。叶野にだけではなく、湖越にも。怒られてしまうかもしれないことを。

「もしも叶野と湖越が鷲尾を許せなくても、俺は叶野にも湖越にも鷲尾にも態度を変えない、変えられないと思う。
三人とも俺にとって大事な『友だち』だから、誰かを優先して誰かを蔑ろに、とかはできないんだ。
俺は、今まで通りにみんなに接したいと思ってる。もし、それで嫌な気持ちにさせたりしたら、ごめん。」

鷲尾と俺のことはもう解決している。
伊藤や叶野や湖越が鷲尾のことを許せなかったとしても、俺は鷲尾に冷遇も出来なければ、全面的に味方になることも出来ない。
伊藤と叶野を傷つけることを言って、親友を傷つけられた湖越の怒りを買ったのは、他でもない鷲尾だ。それは変わらない事実であり擁護はできない。
けれど、かと言って皆が許せなくても俺は鷲尾に冷たくできない。だって、鷲尾も俺にとって友だちだから。
俺だって、伊藤を傷つけた鷲尾に少なからず怒りも覚えた。でも伊藤と俺の問題はまたちょっと違うから、やっぱり鷲尾のことも『友だち』だから。傷つけたくない。
もしそれで二人が嫌な気持ちになったとしても、それでも俺は変えられないと思う。謝罪は、そのことに対してだった。
湖越は俺の告げたことに少し驚いた顔をして、すぐに自嘲気味に笑った。

「……一ノ瀬は、強いな。俺も…そのぐらい強ければあいつから……。」
「?湖越?」

どうしてか湖越まで暗くさせてしまった。何か言っているけれど、あまりに小さな声で聞こえなかった。
俺は言葉が悪いのだろうか、自分の言動をもう少し省みるべきだろうか……。

「……一ノ瀬が謝ることじゃねえな、と言っただけだ。うん、一ノ瀬はそれでいい。そうしてくれると俺はありがたい。希望にも後で伝えておくな。」

じゃな、と快活に笑って湖越は自分の席に戻った。
……傷つけていない、てことでいいのだろうか。ほとんど聞き取れなかったことと全く違うことを言っていた気がしたけれど、どうだろうか。
俺の言葉で傷ついてしまうのは嫌だと思った。目が覚めて言葉を発して、桐渓さんと祖父の顔が傷ついた顔になったのを思い出してしまう。
小室に言ったことに関しては何も後悔していないけれど、この違いはなんだろうか。どうでもいい奴と友だちの差なんだろうか。そうなると、俺は結構性格悪いのかもしれない。……少しだけ、落ち込んだ。
内心沈んでいるとガラッと扉が開いた音とともに周りがざわついていたのが耳に入った。
どうしたのか、と視線を向ける。そこには、

「野蛮、野生児、品がない……えっと……この野良犬!」
「空気読めねえ、眼鏡、体力ねえ……あー…この頭でっかち眼鏡!」

仲良く2人で教室までやってきた鷲尾と伊藤だった。
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