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2章『結局のところすべては自分次第。』


「なぁ一ノ瀬!さっきあいつら置いて行っただろ!?鷲尾ぶん殴られたりしねえの?お前行ってやらなくていいのか?なぁ」
「あとお前昨日鷲尾追いかけたよな?何の話してたんだよ?な、俺絶対誰にも言わねえからおしえてくれって。な?俺のお前の仲じゃん?」

「……。」

伊藤たちと分かれて教室に戻ったまでは良いのだが。
名乗られた覚えのないクラスメイトや他のクラスの奴まで俺のところに来て質問攻めされている。昨日のこととさっきのことの話題でいっぱいだ。話しかけてこないクラスメイトも気になっているようで様子を見ているだけで注意はしてこない。
……随分目立ってしまったようだ。いや、当たり前なのだろうけれど。
昨日は鷲尾のことが気になって周りのことなんて頭から飛んでいたが、冷静に考えればあの状態で出て行った鷲尾を追いかけたらそれは目立つし、伊藤を恐れている奴からすれば鷲尾の身が危険であると判断するのもおかしくはないだろう。
理屈では理解しているつもりで入る。が、理解と感情は全くの別物だ。あといい加減しつこい。
俺はそのことについて話すつもりは全くないのだと言う意思表示のつもりで何も言わずに伊藤とのメールを読み返していた。それで察してくれるだろうと思っていたがそうもいかなかった。
質問され続けて15分が経過するところだ。そろそろ話し終えて伊藤たちも戻ってくるだろう、そうすれば伊藤に勝手にビビってこちらに来ることはしないだろう。もう少し耐えるべきだろうと判断する。
俺の思惑はバレていたのか、それとも伊藤たちがいつ戻ってきてもおかしくないと気付いたのか。

「お高くとまってねえで答えろよ!」

激高したひとりが業を煮やしたように俺の持っていた携帯電話を奪われた。
……人のもの、勝手に取ったな。

「こっちのこと無視しやがって。いいよなぁ?金持ちで天才で美形な奴は?こっちのことどうせ見下してるんだろ?
それにあの伊藤に甘やかされているじゃねえか、隣にいれば周りのやつはビビってお前に何の害は及ばねえしな?
良いとこどりで良いご身分だよなあ、ほんと、うらやましい限りだなぁ!」

苛立ったようにそう捲し立てられる。
気付けば俺の周りを囲み質問攻めにしていた奴らも棘を感じる目でこちらを見ている。
棘のある目をしているのに口角は歪められていて楽し気に俺を見ている。集団で俺を狩ろうとしているように見える。
そんなに俺を責めたいのだろうか。どうしてそんなに俺を責めるようにするのだろうか。嫌い……と言うよりは弱者を嬲ろうとしているようだ。いじめのきっかけと言うのはこういうところで起こり得るのかもしれない。
集団と外れているらしい俺。孤高で恐れられている伊藤と共にいる俺。
人間の全員が集団と逸れそうなひとりを貶めるようなことをすると思っていないけれど、でもたぶん大多数はそうなんだろう。
集団で一人を責めて、陥れて意地悪してそれを快楽とする。なんとも悪趣味なことか。
もうすぐ伊藤が帰ってくるだろうと思って耐えたのに。
もういいよな。我慢して耐えなくても。言いたいこと抑えなくても。
俺を攻撃しようとしたから正当防衛だよな。

俺の反応をにやにやしながら見ている奴らを一瞥して、溜息一つ吐いて立ち上がり俺を見下ろしていた奴の前に立つ。
予想外の俺の反応に一瞬驚いたように目を見開くがそんなことどうでもいい。
右手を差し出して

「返せ。」

勝手に取り上げられた携帯電話を返すよう求める。

「は?返すよりさきに質問に、」
「先に返せ。それは俺のものだ。盗むつもりなのか。」
「は?!ちげえよっ」
「それなら返せ。返したら答えてやる。返さないなら訴えたっていい。脅迫も含まれるかもな。」

何か言いかけたのを遮ってそいつの手に持っている携帯電話を返すことを強く求めた。
それは俺のものであって、お前のものではない。いかなる理由であれ人から勝手にモノを取っていい道理はない。返してほしければ答えろ、なんてただの脅しだ。
俺の許可なく持つことは盗みと同じだ。それなら出るとこ出てもいい。
唐突に『窃盗』と言う罪と同じことをしていることに気付いたのかそいつは青い顔をしている。が、なにか思いついたのかにやけた顔になる。…ろくでもないことを考えている気がする。

「ああ、ご希望通り返してや……」
「念のため言っておくけど、故意に俺の携帯電話を思いっきり落としたり踏んづけたりしたら弁償してもらうからな。まさかそんなこと考えてもいないとは思うが、本当に念のために言わせてもらった。」
「っそ、そんなこと考えてねえよ!……チッ!ほらよ……。」

やはりろくでもないことを考えていたようだ。俺の続けた言葉に最初の笑顔からすっかり暗い顔になった。
乱雑に携帯電話を突き出されたが、携帯電話が無傷ならそれでいい。掌から受け取りすぐにポケットの中にしまった。勝手に取られただけなのでお礼は言わない。
一応ちゃんと返してもらったので答えないといけないな。昨日のこと事細かにすべて話すとは言っていないが。

「で、昨日のことと朝のことだが。鷲尾を追いかけた後のことも、伊藤と鷲尾が話していることも、俺はそのことに何も話さないし話すつもりもない。
ただ鷲尾と俺のことだけは昨日の地点でもう解決してる。細かいことは教えるつもりはないし、あと俺のこともだが伊藤のことも叶野たちのことも外野がとやかく言うものではない。以上。」
「……はぁ?!おい、てめえ約束ちげえじゃねえか!!」
「俺との件は答えた。それ以外のことは何も話さないって言うのも答えの一つだろ。昨日と朝のことを全部を赤裸々に話す、とは言っていない。どうしても聞きたいなら鷲尾や伊藤に聞け。」
噛みついてくるそいつにため息交じりに答えた。鷲尾にとって昨日のことと朝の話は周りに言いふらされたくないことのはず。
俺は質問に『答える』とは言ったが、『話す』なんて一言も言っていない。と言うか。
「お前は名前も知らない奴に親しい奴との込み入った話を出来るのか?俺には出来ないことだ。」
そもそも俺はお前の名前を知らない。
クラスメイトであることは知っているが、転校してきて今日まで話しかけられたこともない。そんなやつに友だちのことを話せると思うか。
それに俺は知ってる。昨日の英語のときも俺のほうを見ながらひそひそと話していた奴らの中心的な存在であることも、そんな信頼もなにも出来ないやつに話せることなんてない。

「っは、伊藤みてえな化け物が隣にいれる奴は強気でいられるからいいよな!なーんも怖いもんなんかねえよなぁ!」
「……確かに伊藤がいるから俺はこう言えるし、怖いものもない。」

苛立ち心底屈辱そうに心底嘲笑うように俺を見ながら言うそいつに俺は素直に頷いた。

「は、はははは!なんだ、お前は結局伊藤を自分の言いように利用しているだけなんじゃねえか!そうだよなぁ、伊藤と仲良くするメリットなんてそんぐらいしかねえ、目付きも悪い愛想もなけりゃ、おもしろくもねえし!
人殺しそうな、いやもう何人か殺してるかもしれねえな!?先輩ぶん殴っておいて平然としているような化け物と一緒にいれるのは、そう言うのが無けりゃいれねえよなぁ?!
なんだよ!綺麗な顔しておいて考えることはえげつね……」

「勘違いするな。」

的外れなことを言うそいつがとんでもなく不快だ。そんな気持ちを隠すつもりなんてさらさらなくて、怒気を込めたままの声音になってい怯えた顔をされてしまったが後悔はない。
軽蔑と、ほんの少しの哀れみの気持ちで目の前のそいつを見る。目の前の奴の中の『友だち』と言う存在理由は、そんなものでしかないのか。それしかないのであれば、それが友だちと言う存在と述べるなら軽蔑と共に哀れになる。

「俺は、メリットとかデメリットとかそんなくだらないもので誰のことも見てない。それに、たぶん俺がそんな風に見ていたら伊藤は俺のとなりにいないとおもう。」

伊藤は記憶が無くても俺は俺と言ってくれた。それは『前の俺』と『今の俺』がほとんど変わらないと、そう伊藤が気付いてくれた。そう言ってくれて、俺のことを信じてくれた。
こいつみたいな考えを俺がしていたのなら、伊藤は律儀で良い奴だからそんなふうにもし俺がなっていても過去の義理立てとして見捨てはしないだろうけど、きっと今のように俺のことを信頼せず俺の隣にいてくれなかったと思う。
伊藤といることによって俺に対するメリットとかデメリットとか考えていたら……もし、そんなことを俺が少しでも思っていたなら。
伊藤は俺のとなりで笑ってくれなかったかもしれない。そんな可能性に身がすくみそうになる。でも、そんなふうにならなかった。伊藤は俺のとなりで笑ってくれる。それだけで、おれは。

「俺のことを信じてくれて、となりにいてくれて、笑ってくれる。それだけで、俺は良いんだ。
伊藤が……『友だち』がいるから、俺のことを信じてくれて味方してくれるそんな『友だち』が1人でもいれば、俺には怖いものなんてない。」

口元に笑みさえ浮かべていることを自覚しながら言い切った。
ここに来るまで、俺はずっと独りで。
俺のことを見ずに記憶がないことを責められるのも詰られるのも。本当は独りは寂しいんだ、責められて苦しいんだって泣きわめきたいのを我慢してきた。
自分でもここまで強気になれたのに驚く。でも恐怖はない。1人でも俺のことを味方してくれる『友だち』さえいれば、大事じゃない大多数に責められるように見られても、平気。俺は少しだけ強くなれる。今ならもしかしたら桐渓さんも怖くないかも、しれないな。向き合えるかもしれない。
今も恐怖よりも、目の前の奴の暴言への憤りと伊藤に対する穏やかな気持ちのほうが勝ってる。

……可能であれば、鷲尾に叶野や湖越も『友だち』でいてくれたら嬉しいけれど、それは高望みだろうか。
もしも彼らが窮地に立たされているのなら助けに行きたいと思うほどに、俺は彼らに『友情』を感じている。俺の思うことといっしょだと、うれしい。
俺の思わぬ反撃に驚いたのかシンと静まり返った。それに気が付かないフリをして俺は席に着いて、周りへぐるっと視線を向けた。

「……そろそろHR始まるぞ。席に戻らないのか?」

これ以上俺から話すことはない。俺の話を聞いてなおも俺に悪意を向けて眉を顰めている奴らは俺の声なんて残念だけど届いていないだろう。届いてほしい人に届いているなら別にいいけれど。
…俺は、そんなに口が軽く見えるのだろうか。そうだとすると心外だ。俺の携帯を取った奴は……呆けた顔している。これ以上俺へ悪意を向けることはなさそうであることに安堵する。
何も持ってなかった俺だったけど、伊藤のことを悪く言うのはどうしても許せなかった。たぶん、鷲尾に何か言われるのを見ても不愉快に思うんだろう。
どうしても譲れないことを我慢なんてしたくない。
今の今まで何も持たないように生きて何も感じないように何にもかかわらないようにしてきたから俺には世間一般の言う普通はわからない、だけどせめて今の自分が大切にしたいものを壊さないように壊されないように傷つけられないように、大事にしたい。
それだけのことなんだ。

……伊藤と鷲尾が教室に来る前に俺だけで悪意のある目から何とか退けられたことに安心する。
傍から見れば伊藤は俺に甘いし、俺も伊藤に頼りっきりだ。そんなつもりは無くとも、そう言う風に見られるのは少し嫌だった。まるで俺が伊藤を利用しているように見えるから。
きっと伊藤は気にしないけれど俺は気にする。だって、俺は伊藤と対等でいたいのに。伊藤の隣にいたいけど、その心地よい優しさに頼りっきりになりたくない。俺も、伊藤を支えたいんだ。支えあえる、そんな関係に。
鷲尾は真面目過ぎるから、こんな場面見たらきっと自分をまた責めてしまうだろうから。
俺がいないところでとやかく言われるかもしれないけど、それにはまた言い返したい。少なくとも、俺のことはもうすでに終わった問題だから。伊藤や叶野たちのことのことは、何も言えないけど。
でも、今鷲尾と話していて不在の伊藤は多分俺の予想だともう平気なんじゃないかと思う。
見たことのない鷲尾に戸惑いと違和感ばかりで許すとかそれ以前になんかもう謝罪なんてもういいから、とか言いそうだなぁと勝手に想像しておかしくなった。
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