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2章『結局のところすべては自分次第。』

学校正門近くで鷲尾に呼ばれた。唐突のことでうまく反応できず、ついガン見しちまった。
鷲尾もなれないことをしている自覚はあるみてえで、なにか言いたそうにしているがうまく言葉になっていなかった。
拮抗状態がいつまでも続くと思ったが、見兼ねたようで透が鷲尾に挨拶したことによって空気が軟化したおかげか、普段よりも弱々しくて雰囲気はちがうのが少々気味が悪いが話がなんとか進んだ。
鷲尾の後ろについていった。あの場を去るとき視線が煩わしいと思いながらも無視した。
透も、周りのことを気にせずあのまま行ってしまったから、俺もなにも言うことはない。鷲尾は俺だけを呼んでいたのにどうして透も来ると思い込んでいたのか…透が不思議にそうに俺を見ていた顔を思い出す度に羞恥に煽られる。

…それにしても。
鷲尾もいきなり俺を呼び出すなんてどうしたのだろうか。
いや、本当は何となく透に去り際の言葉に察してはいるのだが…どうしても鷲尾と結びつかなくて、俺が察していることは外れているかもしれないと言う気持ちから抜け出せない。
でも会話の流れからしてあれしかない、だがあの鷲尾が?と言う自問自答を繰り返していると目の前を歩いていた鷲尾の歩みは止まる。
人気のない、ごみ捨てと裏門を使わない限り行くことのない体育館裏へと連れられた。あと行くとするなら……サボりのときぐらいか。

ここで授業をサボっていたときにあいつらがやってきて急に襲われたことを思い出す。
ここは、俺が先輩らに暴行したときの現場だ。
どっちが被害者か加害者か。んなもん、俺が加害者にしか見えなかっただろう。
誰か一発殴ればビビって引き下がると思いきや、まるで捨て身だと言わんばかりに俺に殴りかかるのを辞めなかった。
今にして思い出してみると、不可解なところがあった。あんときの俺は妙な違和感は覚えたがそれまでで思考停止してとにかく殴りかかられるのであれば応戦しなくては、と長年喧嘩してきたせいで無意識に刻まれた習性みてえなものに抗うことなくいつも通りに殴り返した。
あいつら最初から怯えた真っ青な顔していた。『伊藤、鈴芽だよな』そう問われて頷き終わる寸前にその表情のままに殴りかかられたのだ。
ここに来たことでやっと思い出した。いや、俺も中学時代とまでは行かなくとも荒んだ気持ちだったから他人の、しかも今の今まで何のかかわりのない奴のことまで気にしてなかった。
あのピエロみてえな梶井の行動と言動を見るに、たぶん脅されて嫌々やっていたのではないかと思う。だが、そこまでだ。別に哀れむ気持ちにもならねえ。
どうでも良い奴がどうなろうと俺にはどうだっていい。誰かからしたら同情して哀れまれるような奴らなのかもしれねえけど、俺にとっては興味もなければ関心もねえやつらだ。
突然殴りかかられるなんて、今はそこまでではないが、前までいつも通りのことだ。
その面が気に食わねえとか先輩に対する敬意が云々。どうでもいい理由でどうでもいい奴らに絡まれる、そんなどうでもいい奴らの顔なんて俺は覚えちゃいねえ。
どうでもいい奴らになにを言われようとどうだっていい。俺のことを、分かってくれる奴が1人でも……透さえいてくれればそれでいい。そう思ってた。
喧嘩売られるのも、返り討ちにしてやったら怯えた顔に変わっても、これ以上殴られたくないと泣き出しそうな顔で意味のない謝罪を受けても俺の心にはなにも残らなかった。

冷たい人間だと、俺のことを除け者にしてきた家族は喚くだろうか。
キーキーうるせえクソッタレな家族たちの顔を思い浮かべて苛立って舌打ちする。

俺は後ろをついていることをすっかり忘れていて、俺が舌打ちしたと同時に目の前の鷲尾は立ち止まったから「しまった」とすぐに思った。鷲尾に対して苛立っていると思われてしまう。
鷲尾のことではないのにな。怯えられると思うと胸に穴が空くような気持ちになった。
すぐ「お前のことじゃねえ、悪い」と謝ろうとしたのだが鷲尾の行動の速かった。


「……きのうは、すまなかった。」


振り返って真っ直ぐに俺の眼を見たと思いきや、深々と頭を下げて謝られた。
鷲尾が、俺に。
いつも低能だとか野蛮とか野良犬とか、俺のことを称してきた鷲尾が。
前も謝られたと言えば謝られたが、あれはちゃんとした謝罪ではなくて、透に言われたから仕方なく謝った感じがあった。自分だけが悪いとは思わないとまで言ってたしな。
だが、今の状況はなんだ。あの鷲尾が頭まで下げて俺に謝ってる。

「体調でも悪いのか?大丈夫か?」
「……相変わらず、失礼だな。貴様。」

常と違う鷲尾に思わず体調の心配をすると、そのままの姿勢で少し棘のある口調でそう言うほうがやはり鷲尾らしいと思った。

「いや、悪い。つい思ってることが口に出た。」
「……いつもと違うのは、まぁ認めるが。」
「そこは認めるのか…。」

このまま顔を上げずにいそうな気がしてとりあえず頭をあげるよう求めた。
いつまでもこのままなのは俺が居心地が悪い。
俺がそう言うと鷲尾は顔を上げた。つり上がっている眉を少し下げているせいか、眉間に皺がないせいか棘を感じさせない、ただの申し訳なさそうな顔をしている真面目な優等生になっている鷲尾に逆にビビる。申し訳なさそうにしながらも、俺に怯えている様子はないのも混乱する。
鷲尾のいつもの思いやりを感じない言い方だとか思ってても言わねえだろとことをずかずかと問い詰めてくるこいつに苛立っていたし、昨日のことも腹が立っていないと言えばうそになる。が、

「鷲尾がしおらしいと気持ち悪い……。」

いつもと違う鷲尾に俺からすると違和感しかない。
俺も鷲尾のことを言えないぐらいには嘘付けねえし、言葉遣いも良い訳じゃねえ。思っていることをすぐ口に出すほうだ。

「……とにかく、僕の話を聞いてもらっていいだろうか。」

極めて冷静を装っているが、額に薄らと青筋のようなものが浮かんでいるので俺の失礼な物言いに腸煮えくり返るような気持ちであることを俺に知らせてくれる。
さすがに失礼過ぎたかとほんの少しだけ反省しつついつもの鷲尾が垣間見れて心底安心したのは言わないでおこうとようやく学んで鷲尾の提案に頷いた。

「昨日、貴様……伊藤が、一ノ瀬にあの事件を知られたくなかったのに、僕が勝手に告げたことを……クラスメイトの前でああ言ってしまったことを、
…『友だち』というものを貶すことを言ってしまったことを。謝らせてほしい。」
「…まぁ、腹が立ってねえつったら嘘になるな。」

透に避けられることが怖くて、記憶のない透に怯えられるのが嫌で、告げるか否かを迷うことなく否を俺は選んだ。
だのに透のことを悪者のような扱いをする鷲尾についカッとなって掴みかかった俺に、鷲尾は俺に怯まず事件のことを、透に言いたくないことを唐突に嫌味なほどに通る声で言われたとき頭が真っ白になった。
周りの耳が痛くなるほどのシンとした静かな空気はどうでもいい。だけど、後ろからひしひしと伝わる透の視線に息苦しくなった。

俺のことを怯えた目で見てきたらどうしよう。
避けられたら、嫌だ、どうしよう。

鷲尾が俺の手を振り払われていたことにも、英語の先生が来ていたことにも気が付いていなかった。でも、叶野が制止したが、鷲尾が言いかけた『友達ってやっぱりただのじこまんぞ……』までは聞き取れてしまって胸を掻きむしりたかった。
ただただ一ノ瀬が俺から離れてしまったらどうしよう。恐怖しかなかった。唯一の、親友が離れてしまうのを想像したくもないのに、起こり得る最悪なことを妄想してしまう。
振り向いたら、冷たい目だったらどうしよう。怯えられていたら、俺のことを恐怖で引き攣る顔で見られていたら。おれは。
なにも考えたくない、ここから逃げたい。にげたい。
透に名前を呼ばれた。恐々と振り向いた。

「……けど、まぁ。鷲尾が言わなけりゃ、とてもじゃねえけどよ。あれは俺から言い出せなかったことだった。あのあと腹括って透にちゃんと話して理解してくれたし、結果としてみりゃあ俺は透に一つ秘密にしていることを伝えて重荷が一つなくなった気分になった。」

透は、やっぱり透だった。
ただ怒ったことへありがとうって言われて授業が始まるから座ろうと促された。それだけ。
冷たくすることも怯えることもなく、問い詰めるでもなく……いつも通りに接することを選んでくれた。
心底安心したのと同時に、心底透を信じれていなかったのは俺のほうだったこと痛感して、今日にでもちゃんと話そうと決意をした。ちゃんと話して、やっぱり透は分かってくれた。それだけで、充分だ。

「だから。あー……俺への謝罪はここで終わりにしてくれ。いつも通りにしてくれ。俺にしおらしいお前は、やっぱ気持ち悪い。」

俺を労わるような窺うような、そんな視線を送ってくる鷲尾なんてらしくねえし、正直引く。
昨日まで、と言うか朝までは透に話しにくかったことをやっと話せたことへのきっかけにはなったものの勝手に話しやがって、とか苛立つ気持ちがあったが。
心底申し訳なさそうに頭まで下げられて、謝られて。
なんとも居心地の悪いものだ。これは俺の主観であり、透が鷲尾を許したからと言って許したわけじゃねえ。あくまで俺がこれ以上謝られたくねえってだけだ。
さっき去る前に透が言った『俺が許したからと言って許さなくていい』と俺に言った意味もたぶん正しく俺は理解していると思う。
それをふまえた上で、俺は鷲尾の謝罪を受け入れた。
透のように決して気にしていないと言えばうそになるし、心底許せた訳でもない。だが、これ以上謝ってほしくはないって言うのも、謝罪を受け入れる理由の一つだろうと俺が決めた。
透は透なりの理由で鷲尾を許したのであれば、俺も俺なりの理由で鷲尾の謝罪を受け入れる。他人から見りゃどんな理由だと言われそうな気もするが、それでいい。俺のことは俺が決めるものだ。

そもそも、絡んできた奴らに謝られてもどうでもいい奴のことなんて何とも感じなかった俺が、鷲尾の謝罪に『謝ってほしくない』とか思うぐらいには……鷲尾は俺にとってどうでもよくない存在であることに気付く。
俺なりに鷲尾に情があるらしい。そのことに今気づいた。
透に対する感情とは全く違う気がするが、これも一つの『友だち』なのだろうか。なんとも不思議な気持ちに首を傾げたくなる。

「……少し、意外だ。」
「あ?」

いつもは引き結ばれている口が、半開きにして目を見開き俺を見る鷲尾。鷲尾の珍しい姿をよく見る日だ。
そんなに謝罪を受け入れられたのが意外だったか?別にそんなに俺はキレたことねえし、過去のことをほじくり返すような奴とでも思われていたのだろうか。……まぁ、もしも透に避けられる結果となっていたら、半殺しにはしていたかもしれねえけど……。

「昨日、僕をわざわざ追いかけたから……一ノ瀬はたぶん雨で濡れてしまっただろう。」
「……てめえ、そんなに気遣えるやつだったか?」
「僕なりに悪いと思っているだけだ。本当に貴様は失礼な奴だな。」
「悪い悪い。で?なにが意外なんだよ。」
「……一ノ瀬がびしょ濡れの状態で学校戻って、一ノ瀬に過保護なお前がその辺を何も言わずにいるのが、意外に感じた。」

俺の物言いにいい加減腹が立ってきたようで、いつもの調子がほとんど戻ってきたようで安心した。とはいえ、叶野に対するときより元気はないが。まぁさっきよりはましだと自分に言い聞かせた。

「まあ、鷲尾が透に悪いと思うのは普通のことだろうけどな。透は透なりの理由でお前を追いかけてその結果びしょ濡れになっただけだろ。
お前を追いかけて話し合って、びしょ濡れになったことに透は何の怨みもねえって言うなら俺がお前に怒る理由はねえ。謝ってほしいことはもう謝られているしな。」

と言うか俺は傍から見たらそんなに透に対して盲目的なまでに過保護だったか?確かに透に害を及ぼすとなりゃ黙っているつもりはさらさらないが、びしょ濡れになっているくせして英語のときの表情よりも断然晴れやかな表情を浮かべていたのだから、わざわざ俺が出て来てとやかく言うことでもないだろう。透もそれを望んでいないだろうし。
当人がそれでいいと納得しているのに、周りがとやかく言うのはよっぽどのことだろ。
……ああ、そういや昨日あの流れで俺が聞きたかったこと、透に聞いときゃよかったな……、ふとそんなことを考えてしまう。

保険医である桐渓と、どんな関係なのか。
聞けば、答えてくれるだろうか。

「お前だって、透と話せてよかっただろ?」
「…………ああ。」
「ならいいじゃねえか。反省も後悔してもいいけどよ、あまりしつけえとただの面倒くせえやつだからな?とにかく透と俺にはいつも通りにしろよ。いつもと違えと透が心配するだろ。」

透も鷲尾も互いのことを悪くないと思ってるならそれでいいだろ、と俺はすぐ思ってしまうが、やっぱり頭の良い奴って色んなことをとやかく考えちまうんだろうなぁ。考えすぎて自分の気持ちまで疑ったらもうキリがねえし、ほどほどでやめときゃいいのによ。
でも、そう言う奴がいるからこそ世界は周っているのかもな。よくも悪くもな。
俺の言葉に鷲尾は何か言いたげだが、結局言葉にはならずにここでタイミング予鈴が鳴った。もうこんな時間になっていたか、と携帯を確認する。そろそろ移動しねえとHR間に合わねえな。

「あーそろそろ行くか。」
「……そう、だな。」

学校の門で随分と目立っちまったから視線が鬱陶しそうだな。ああ、透も結構視線集めていたし今質問攻めにあってるかもしれねえな、そうなってたらちょっと俺が脅せば離れるかとかなんか考えていたもんだから

「…伊藤、ありがとうな」
「あ?なんだって?」
「……意外と貴様は足遅いな。短足だからか?」
「んだと?てめえこそ縦にばっか伸びやがって、ひょろひょろもやし眼鏡が。」

とんでもなく貴重な俺への礼をせっかくとんでもなく小さい声で名指しで言っていたのを聞き逃して、なんか言っていたから聞き返せば暴言を吐かれたから暴言で返した。
言い争いながらも歩みを止めず、二人でそのまま教室までいっしょに行った。たぶん、朝に透以外と誰かと教室に一緒に向かうのは初めての体験だったが、言い争いに夢中になりそれに気が付かず気付いたのは先のことだった。
そして俺らの光景を見た奴が『あいつらが仲良くなっているだと…?!』と驚愕していたのを知るのも、だいぶ先の話になる。

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