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2章『結局のところすべては自分次第。』


普段通りの会話しながら、いつも通り電車に乗って、いつも通り登校した。
クラスメイトとその友人と思われるやつにチラチラとみられたりしたけれど、すべて無視した。話したこともない奴だから、なんと思われてもどうでもよかった。
少し前までは伊藤と歩いているだけでとんでもないものを見たと言わんばかりの顔されたのだから今更どうだってことはない。…あれだけ、人からの視線気にしていたのに、今となってはこうしてなかったことに出来るほどになったのを喜ぶべきなのか、どうするべきなのか。
何となく複雑に思えて溜息を吐いて伊藤に心配されるのを大丈夫、と手を振った。そうこうしているうちに学校の門が見え始めた。

「……伊藤。」

そんなやり取りをしていると前方から声がした。伊藤の名前を呼ぶ声が。
意識して前を見ると、そこにはいつも通りピシッと音がしそうなぐらい姿勢よく立っている鷲尾がいた。その表情は、いつも通りのように見えたけれど不安そうにも見えた。
伊藤は怪訝そうな顔で鷲尾のほうを見る。
何故いきなり呼び止められたのか分からなかったんだろう。何の用なのかとか鷲尾は普段正門使わないのになんでここにいるのかとか様々な疑問が伊藤に浮かんでいる。
俺は2人の仲を取り持つ、なんてこと出来ない。鷲尾も1人で言うって昨日決めたし、俺から鷲尾が謝りたいって言ってたと伊藤に伝えるのも違うと思った。それに鷲尾から動かないときっと意味がないものになってしまう。
だから、鷲尾が伊藤に謝るとき俺はそこにいないことにしよう、そこからすぐに去ろう、そう決めていた。
……でも、この空気のまま。声をかけたもののどう切り出すべきか思案していそうな鷲尾に、昨日今日で彼からすると突然話しかけられて不審そうに鷲尾を見ている伊藤。
学校中から視線が集まっている中そのまま置いておくのも……な?

「…鷲尾、おはよう。」

ほんの少し手助けするぐらいなら、まぁいいかと思い鷲尾に挨拶した。
鷲尾は伊藤に謝罪することに頭がいっぱいいっぱいになっていたのか、俺のことに今気が付いたようで驚いていた。

「あ、ああ。お、おはよう、一ノ瀬。」
「……そんなどもらなくても。」

いつも迷いのない話し方をする鷲尾がこんな自信がないのは、きっと俺を除いて誰も見たことが無いかもしれない。俺も昨日初めて見た。
したことのないことをやる不安は俺にも一応分かるつもりだから、なんとなく鷲尾の気持ちも理解できる。
俺も、知らなかったことを知る怖さも言い出しにくいことを言おうとする居心地の悪さを、味わったことがある。それでも、鷲尾もちゃんと話すことを選んだ。ちゃんと、謝ることを選んだ。俺はそれを応援したい。俺と違ってひとりで助けもなく言ようとするだけでもすごいと思う。俺は結局、伊藤に気遣われながらなんとか話したから。
さすがに朝一番に謝ろうとするのは予想外ではあったが、時間が経てば経つほど言いだしにくくなってしまうだろうし、クラスの空気を味わってしまうより言いやすいのかもしれない。……今も言い出しにくい雰囲気になってしまっているけれど。
「……はよ。何かようか?鷲尾。」
俺が挨拶したのに倣ったのか伊藤も鷲尾に挨拶して、単刀直入に声を低くして問う伊藤。機嫌が悪いと言うより戸惑っているようだ。伊藤からすれば昨日のことがあってのことの上に普段話しかけられないのに、いきなり話しかけられたようなものだから反応に困っているのだろう。
伊藤の反応に、一呼吸置いて

「……おはよう、伊藤。いきなりで悪いのだが、話したいことがある。時間、良いだろうか。」

そう挨拶しながらさっきより少し落ち着いたのかいつもより弱々しくもどもることなく言えている。
ここでは一目についてしまうから、この鷲尾の対応は間違っていないだろう。時計を見るとあと30分ほどでHRは始まってしまうが、昼休み以外だとあまり時間がない。叶野にも謝罪しなくてはいけない鷲尾にはあまり時間がないとも言える。もちろん今の時間を鷲尾と話すか話さないかは伊藤が決めることではあるが。
周りは何故かざわついて、どういうことが俺へ視線を向けてくるが何なのだろうか。人のこと気にしていないでさっさと自分の教室に行けばいい。

「……?わかった。」

伊藤は鷲尾に聞かれて、首を傾げながらも頷いた。俺はここから先は2人で話すべきことだと判断する。伊藤への謝罪なのに俺がいるのはおかしい。そこに俺の意見はいらない。伊藤が決めることだ。

「それじゃ、俺は先に行ってる。2人ともまた後でな。」
「え……そう、か。わかった。」

俺が先に行くことを告げると鷲尾はそれに頷いているのに対して、何故か伊藤は戸惑っているようだった。
さっきから鷲尾は名指しで伊藤だけを呼んで、話したいことがあるって言っているのに、どういうことか俺も行くと思い込んでいたらしい。

「……鷲尾が話があるのは伊藤だから。」
「あー……そう、だよな。そうだったな、ああ。」

鷲尾が呼んでいたのは確かに自分だけと言うことに気が付いたようだった。
俺だって確かにどんな会話をするのか気になるところだが、俺がいるのはお門違いだ。
ちょっとだけ後ろめたいが、先に教室へ行くことにした。あの後の叶野の反応も気になった。鷲尾に話しかけられるまで伊藤から昨日の叶野たちのことを多少聞いたが、あまり元気はない様子で落ち込んでおり先生から鷲尾たちはと聞かれたときもうまく答えられなかったらしい。
もちろん鷲尾の言い方が悪くて傷つけてしまうことを言われたと思う。だが、どうしても叶野の薄く壁を張られたかのようなあの張り付けた笑顔が気になった。
きっと俺が土足で踏み込んでいいことではないことは明らかなので俺はいつも通りに接するつもりだ。
……あ、そうだ。危うく忘れるところだった。

「いとう。」

通り過ぎようとして、すぐ引き返して伊藤の耳元に顔を寄せる。
唐突に戻ってきた俺に伊藤は驚いた顔をしたけれど、大人しく俺の言葉を待ってくれたのに甘えて

「俺は鷲尾のこと許したが、伊藤は許してもいいし許さなくてもいいから。たとえば謝罪を受けたとしてもな。」

周りに、鷲尾にも聞こえないぐらいの音量で、でも伊藤にはちゃんと聞こえるよう意識してそう言った。
言い終わって伊藤の表情を窺う。
聞き取れていないようには見えないほど変な顔していたので聞き取れていたのだろう。
伊藤に俺の言葉がどういう意味か聞き返される前に「じゃあまたあとで」とこの場を離れた。当の本人たちではなくどうしてか俺に視線が集まる。周りも俺もこのまま一緒に行くと思い込んでいるようでざわめいているようだったが、無視した。
俺の意見で伊藤の意見が変わってしまうのが嫌だった。ただでさえ記憶がない俺のことを受け入れてくれているのだから、自分の意志を優先してほしかった。

出来ることなら、円満に鷲尾が謝罪して収まればいいなとは思っている。でも無理強いするつもりもない。謝っているのになんで許さない、なんて被害者を責めるのが間違っているのだから。
鷲尾の謝罪の仕方と…被害者側の気持ちの問題だろう。
本人たち次第だ。すでに鷲尾を許した俺はもう干渉しないのが一番だ。

……いつもは伊藤がとなりにいたから隣が少し寂しいな、と思った。今の時期は蒸し暑いからあまり近くに人はいないはずがいいのにずいぶん涼しく感じて……少し寂しかった。
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