2章『結局のところすべては自分次第。』


アラーム音が鳴り響き朝になったことを知らされ、目を開ける。
布団から出て、すぐに空模様を確認した。
雨こそ降っていないもののやはりどんよりしている。
昨日俺は頭痛に苛まれていたので伊藤に雨に濡れた干していた洗濯物を取り出してもらって、改めて洗い干してもらった。
その前にすぐ寝間着に着替えたので岬先生のジャージも洗ったが、触らずともわかるほどまだ乾いていない。借り物なのですぐにでも返したいところだったが、乾いていない状態で渡すのはかなり失礼だろうと思いあとで岬先生に謝罪してもう一日家で乾かすことにした。
じめっとした洗濯物に囲まれながら起きる朝は、あまり気持ちいいものではなかった。

伊藤に(帰る際これでもかっていうぐらい)熱は測るよう言われていたので計ってみたが、35.9と俺の平熱だったので普通に学校に行くことにした。
昨日濡れてしまった制服もやはり乾いていなかったので、仕方なくジャージで登校することにした。半袖のYシャツはもう1枚あるが、下だけジャージなのもな……と考えこの間伊藤に貸した黒いTシャツを着て、その上にジャージを羽織り軽く腕まくりした。
長袖がこのじめじめした空気感に汗が出て不快だから半袖を買ったのに、と項垂れた。
伊藤に熱もないから登校するとメールして朝食を摂る。了解、と返信メールを流し見ながら天気予報を見た。この灰色の空を見て察していたが、雨が降るようだ。降水確率60%となっていたので今日も洗濯物を干すのを辞めるべきだと判断した。

天気の悪いだけのいつもの朝がやってきた。
けれど、昨日起こったことは夢でも何でもないことを岬先生のジャージがあることが物語っていた。
様子のおかしくなった鷲尾があんなこと言ってしまったこと、それは俺が追いかけたこと。伊藤が俺に話したくないことを教えてくれたことも。
俺と鷲尾のことは昨日で済んだ話だ。
だが、まだ鷲尾はやらなければならないことがある。
伊藤と叶野にしっかり謝ること。
それはいつの時間になるか分からない。2人がそれを許すかもしれないし許さないかもしれない。
……どちらにしても、俺は適切に友だちとしての距離感を保つつもりだ。伊藤にも叶野にも…鷲尾にも。友だちが友だちを傷つけた場合、どうすべき対応をとるべきなのか、俺の考えた答え以外にももっと正しい答えはあるかもしれないけれど。

俺はこうしたいから。こうする。それだけ、だ。

「……よし。」

鷲尾にとって今日覚悟する日なのと同じように、俺も鷲尾ほどではないかもしれないが覚悟しなくてはいけない日である。
岬先生がいてくれるとは言え、桐渓さんと話さなくてはいけない。
昨日電話に出なかった。一応『明日、しっかり話を聞きます。俺も話します。』とだけメールしたけれど返信は来なかった。
ほんの少しだけ。自分がしてしまったことでありそうしたことに何の後悔はしてないが、憂鬱な気持ちになる。
はっきりとしない天気がその気持ちに拍車をかける。
軽く溜息を吐いて立ち上がる。
伊藤といつも待ち合わせしている公園に向かう。
ほんの少しだけ憂鬱な気持ちだけど、前ほどではない。だって、今の俺は独りじゃない。
俺のことを受け入れてくれた伊藤がいて、普通に話せる友だちだっている。伊藤と会って、俺は『俺』になって初めて楽しいと言うものを知れた。
楽しいことを知った俺には多少のことは耐えられる気もする。…会うと、どうなってしまうか分からないけど。それでも気持ちが違うから。

「…いってきます。」

誰に言うでもなく、呟くように無意識のうちにそう言う。
1人で暮らしているのだから誰からも返ってこないことは分かっている。前の家にいたときも、返してくれるような人はいなかったから言ったことはなかったけれど。
でも、最近無意識に家から出るときについ言ってしまうのだ。伊藤が家に来るときや帰るときに挨拶してくれるから俺も移ったのか。でも、伊藤は「お邪魔します」と「また明日な、お邪魔しました」と言っても『いってきます』ではないな、と考え直す。
記憶があったときに暮らしていたところと聞かされていたから、記憶になくても無意識に馴染みがあるのだろうか。だから無意識に行ってきますと言ってしまうのだろうか。首を傾げる。

「はよ、透。体調平気そうだな。」
「…おはよう。大丈夫だ。」

朝の挨拶をしながら未だ、伊藤より先に俺は着いたことが無いことに気が付いたことによりさっき考えていたことを一先ず置いておくことにしていた。
どっから来ているのかも知らないし、伊藤の家も知らないのだ。俺の家より先にあることは知っているけれど、それ以上は知らない。マンション住なのかも一戸建てかどうかも。
…そこらへんも、そのうち教えてくれるだろうか。
伊藤と話しながらそんなことを思った。
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