2章『結局のところすべては自分次第。』


「あーで、まあ。この後本当はもうちっとややこしいんだが、この俺の暴行事件の元凶…『黒幕』がいたみてえなんだよ。」
「?先輩たちが伊藤に喧嘩を売った、んじゃないのか。」

俺との会話で説明しようとしたことをどう言うのか忘れてしまったようで(今度こそ伊藤が話し切ってから質問しようと俺も反省しながら)考え込んだ後、言葉が出てきたすぐそんなことを言った。
どういうことなのか首を傾げる。
なにも考えず、集団で伊藤を襲った奴らが元凶なのだと思っていたがどうも違うらしい。

「俺に喧嘩を売れって指示してきた奴がいたんだと。喧嘩して停学処分を言い渡された次の日のことだったから俺は聞いてねえけど。
隣りのクラスの梶井信人ってやつ。知ってるか?」
「…いや。」

初耳だ。
隣りのクラスに知り合いもいないし、普段伊藤たちと話しているがその彼の名前が出て来ないので知らないし今初めて聞いた名前だ。
まぁそうだよな、と伊藤は質問しておいて俺の答えに頷いている。どこか安堵しているように見えたのはなぜだろうか。目の錯覚だろうか?

「…どうして、バレたんだ?」

その先輩たちが告発したのだろうか。それとも殴りかかるよう梶井が頼んだところを誰かに見られて告発されたか。そんな予想を立てて伊藤に聞くが、予想とはまったく違っていて。

「自分で言ったんだとよ。校内放送で。自分が先輩たちを吹っ掛けた、伊藤はなんも悪くない、てな。」
「……え。」

信じられない返答だった。
裏で自分の手を汚さずに吹っ掛ける奴の気持ちは分からないけれど、自分の手を汚したくないからそんなことをするのではないか。
その吹っ掛けた奴にバラされたりするのであれば、理解できなくとも納得できたが。

「しかも、その日いなかった俺にまで。わざわざ家にその録音されたのを送ってきやがった。すぐ捨てたけどな。」
「そう、か。」

あまりに自分の予想とはかけ離れ過ぎていて、伊藤の言うことに頷きながらもなかなか処理が出来なかった。
理解しようとしたけれど、なかなかそれをしたことを受け入れることに時間がかかって、結局理解できなかった。
確かに、湖越の言う通り伊藤はなにも悪くなかった。伊藤本人から聞いた方がいいと言っていた理由も理解できた。たとえ伊藤が悪くなかったとして、あまり聞かれたくないと言うのは分かる。
だが、まだ会ったことのない『梶井信人』と言う人間がなにをしようとしているのかが何の理解が出来なかった。
何が理由で伊藤に先輩たちを吹っ掛けたことにもだが、それを誰かにバラされるでもそれを見ていた誰かに告発されるでもなく、わざわざ校内放送まで使ってまでして自ら自分がやったことを告げた。
学校にいなかった伊藤にも知らせるなんてことをするぐらい。
本来隠し通すべきものを自ら話した。自分から言わなければ気付かれなかったのかもしれないのに、わざわざ?
理解が出来なくなって、伊藤を停学にさせた直接の原因となるはずの梶井にまず芽生えたのは怒りではなく疑問だった。なにをしたいのかわからなかった。

「それでオレが加害者じゃないとみんな分かっても、ビビられる態度は変わらなかったな。当然だ、態度も悪い。制服は気崩してて髪も染めてて目付きが悪い。
愛想もねえし、話かけられても広げる気もなくて、そのうえあの暴行を見て友好的に見れねえだろ。
つまらなくてどうだっていい行く気のない学校がさらに行くつもりはなくなった。このまま中退してもいいかとも思った。」

伊藤は冷めた口調でそう言う。
伊藤にとって高校はつまらないところだったのだ。せっかく冤罪とは言え岬先生たちが庇ってくれたおかげで謹慎処分で済んだのに、中退してもいいかと思うほどどうだっていいもの。
少し、悲しい気持ちになった。俺は伊藤といっしょに学校に行って楽しいと思っていた。叶野たちとも集まって話すのも、授業を受けるのも好きだと思っていたから。
俺が行っていたから、来てくれていただけだったのだろうか。本当はつまらないと思っていたのだろうか。
いくら親友と言ってくれても伊藤も個人の人間なのだから、自分と違う価値観を持っているとは限らないことぐらいは分かっていたけれど、まったく違うことを感じていたのだとすると少しだけ、寂しい、そう思った。

「…でも、今は中退しなくてよかったって思ってるぜ。」

顔には出ていないだろうけれど、静かに落ち込んだ俺に気付いているのかいないのか、ぽつりとそういう。伊藤の顔は照れているようだった。

「最初は、まぁ。透が同じ高校だからって言う理由で来てたけどな。
つまらないと感じていたけど、それはオレが壁造っていただけで、叶野とか湖越とか。…鷲尾も。いっしょにいて楽しい奴らなんだって分かった。
オレがそっちを見ようとしなかっただけでそんなに悪い学校じゃなかったんだって。そう思った。
落ちこぼれと言っても過言じゃねえオレの話聞いて、庇ってくれた岬先生たちの気持ちも捨てずに済んだからな。だから、透。
ありがと、な。」
「……こちらこそ。」

伊藤の言葉に心底安心して、唐突に礼を言われて驚いていっぱいいっぱいになってそれだけしか返せなかった。
自分だけが思っていたことではなくて、伊藤もちゃんと学校に来て楽しいと思ってくれていたこと、岬先生たちの気持ちにも気が付いていること、俺のほうが貰ってばかりだと思っていたけれど俺もちゃんと伊藤に少しでも与えることが出来ていたこと。
嬉しくて。ありがとうって言いたかったけれど伊藤にさき越されてしまったから、せめて俺もそう思っていることを伝われば、と握る手に力込めた。

伊藤は俺に笑う。
俺も、伊藤に笑いかけた。涙がちょっと滲んでしまって伊藤の顔がぼやけてしまったのが少し惜しかった。



「とまあ、オレの話はそんぐらいだ。……なにか、言いたいことあるか?」
「……伊藤。」
「おう。」
「そんなに怖い顔、してるか?」
「こんだけ話して一番に言うことそれかよっ」

最初らへんから、目付き悪い言われていてけれど確かに目付きは良くはないだろうけれど、そんな怖い顔してない。
一番言いたいことだったのだが突っ込まれてしまった。
言いたいことは大体言ってしまったから、唯一残っていることはそれだったから言ってみたけれど、伊藤が言われると思っていたこととは全然違ったみたいだった。
突っ込んで、少し間が合って伊藤は笑いだした。突っ込まれた理由は分からないが、どこか安堵しているように笑い続ける伊藤を見てまぁいっかとおもった。

「…話してくれてありがとう。」
「ああ。……こっちも、話聞いてくれて…引かないでくれてありがとうな。」

64/100ページ
スキ