2章『結局のところすべては自分次第。』


「たぶん、まぁ最初の俺の態度も悪かったんだと思うんだ。」

伊藤はポツポツと話し始めた。
何となく離しがたくて伊藤の手に俺のを乗せたままだ。伊藤も指摘してこないからまぁ悪く思っていないのだろうと判断してる。

「入学式からこの髪色で制服も着崩してて、んでこの面だろ?睨んでねえのに睨んでいるように見られるんだよ。しかもそんときの俺は何も面白くなくてな、不愛想だったしなぁ。」
「……へぇ。」

髪色と着崩した制服までは想像がついたけれど、伊藤の顔はそこまで怖いだろうか。確かに白目が多く黒目は小さいが、睨んでいるようには見えない。それに不愛想なところがあまり想像がつかなかった。
内心首を傾げながらも指摘すれば話が脱線しそうな気がしたので相槌を打つぐらいにとどめた。とりあえず今は。

「そんな俺のこと怖がってるやつがいたのも知ってたが、何とかする気もなくてそのままにしてた。絡んでこないならそれはそれでいいかと思った。馴染もうとも思ってなかった。生徒にも先生にも態度はかえてねえ。
それでも怖がらず接してくる奴は……まぁ透も察してるだろ。」
「……岬先生、五十嵐先生、叶野、湖越……あと、鷲尾か?」
「はは、確かに怖がってもなければ興味もなさそうだったのは鷲尾だな。あと2人隣りのクラスにもいるが、まぁそんぐらいだ。あいつらとも透もそのうち会うだろ。そのうちの1人はこれからの話に関わりがあるしな……。」

俺の予想は大体当てていたが、あと2人いるらしい。そのうち会える、と伊藤は少し諦めたように呟いた。
どういう意味なのか聞きたいが、一先ずは伊藤の話を聞いてからだ。

「居心地が良いとまではいかなくとも学校生活に問題は特になかったんだけどな。
元々俺は高校に執着が無くてな。たぶん4月に学校行ったのって両手で数えられるぐらいにほとんど休みがちになってたしな。」
「そう、なのか」

毎日一緒に登校しているから、てっきり前々から真面目に通っているものかと思ったが違ったらしい。話せば話すほど知らない伊藤の話が出てくる。それを知れてうれしい。

「で、中旬ぐらいに先輩に絡まれてな。5人ぐらいにな。喧嘩売られてそれを買った。」
「……5人に、伊藤1人に……?」
「ああ。唐突に殴りかかられて…っ?…透、どうした?」
「あ。……悪い。痛くない、か?」

話を勧めようとするのを不自然に切って、俺のほうを窺っている。
どうしたのか、と思ったがすぐに気が付く。伊藤の手を握る自分の手にかなりの力が入っていたことに。
つい、怒りが沸いてしまった。
集団でひとりを殴りかかるなんて、そんなこと、なんで出来るのか。伊藤に喧嘩を売ってかつ数で物言わすなんて、怒りが沸く自分はきっと当たり前だ。だって、親友を傷つけられたら……怒ってしまっても仕方ない。

「ああ、平気だ。話戻すけど、まあ5人ぐらいならなんとでもなるしな。」
「…そうなのか。」

でも伊藤の口ぶりから傷つけられたわけではなく、どうやら返り討ちにしたようだった。それに少しだけ安心した。随分喧嘩慣れしているような口ぶりなのはまた今度聞くことにした。

「まぁな。だが、先生らが止めに入ってきたことに気が付かなくてよ。
最後のやつに顔面ぶん殴ろうと思って振り上げたと同時に、複数人の先生に辞めろの声が聞こえて直後にひとりこけたように目の前に入ってきた教師がいてな。たぶん殴られそうな生徒を庇ったわけではなくって、その場にいる自分に驚いて目を見開いていたそいつと目が合ったしな。……振りかぶった手を止められなくてよ。そのまま殴っちまった。
ちなみに殴っちまったのは牛島な。それがオレにビビってる主な理由な。」
「…道理で。」

岬先生や五十嵐先生は普通に接しているものの、他の先生は伊藤に距離を置いたりしているのは見たが、牛島先生はずいぶんと伊藤を怖がっているようだったのはそれが理由だったのかと納得した。
俺は伊藤の喧嘩を見たことないから伊藤の拳はどれほどの威力があるのか知らないけれど、俺を抑え込んだり出来てしまうほどだから力はかなり強いと思う。
それに……喧嘩慣れしているのなら、誰とも関わろうともせずにいた俺の抵抗なんて軽いものなのだと言うことにも気が付いた。
抑え込まれたりしたことはあったけれど、それでも痛いことをせず優しさを与えてくれる、その手がとても尊いもののように感じて、きゅっとやさしく握り込んだ。伊藤は「次はなんだよ」と呆れたように、でも嬉しそうに笑いながら手の甲をひっくり返して掌を向けて、俺の手を優しく握り返された。

「で、まぁ傍から見りゃどっちが喧嘩売られて買った、とかどうでもよくて。どっちが加害者で被害者なのかって言うのが焦点になる。
喧嘩を売った5人をぶん殴ってる俺と喧嘩を買った俺にぶん殴られている5人。なんの前情報もなくこれだけ見りゃ俺が加害者だと思うだろ。
そのあとすぐ会議室みてえなところに連れられて。自宅謹慎処分になった。」
「…待ってくれ。伊藤の話、聞いたのにそう言い渡されたのか?」
「俺の話を聞こうとする教師なんて五十嵐先生と岬先生ぐらいなもんだったな。あの2人が抗議してくれたからこれでも軽くなったんだぜ。退学の話も出てたしな。ま、一応喧嘩を売ったのはあっちって言うのもなんとか信じてもらえたみてえだから、警察沙汰にもならずに済んだしな。」
「……じゃあ、喧嘩を売った先輩たちは?」
「さぁな。興味ねえからあまり深く聞いてなかったが、確か学校からのお咎めはなかったとおもうぞ。傍から見りゃ被害者だしな。でも叶野から聞いたがどういうことが全員自主退学したみてえだけど。」

事も無げにそう言う伊藤とは真逆に俺の腹あたりに醜いものが生まれた気がする。
伊藤は気にしていないように言うが、伊藤は被害者じゃないか。喧嘩を売られなければ伊藤は殴らなかったのに。いきなり殴りかかられたのに。
被害者なら怪我をしないといけないのか。被害者が無傷の状態でやり返して、加害者は被害者にひどい怪我を負わされたら被害者になるのか。
どうして。たとえ反省して自主退学になったとしても、学校側はなにを以って伊藤に処分を言い渡したんだ。どうして、本当なら伊藤が訴えるべき側じゃないか。どうして加害者になってて、どうして伊藤はそれを受け入れているのか。
いつまでも反応のない俺に伊藤は色々察したのか頭を撫でられる。

「透も気にしなくていい。いつものことだからな。」

いつものことで済ます伊藤に少しカチン、と来て少し自惚れに近い質問をしてみた。

「……お前は、俺が理不尽に加害者に仕立て上げられていたら、どうするんだ?俺はそのことを気にしていないとして。」
「透が悪いと言う奴ら全員早く意識を飛ばしたいって頼んでくるまで手加減しつつずっと殴るだろうな。」

質問して間もなく一気に目の色を変えて表情無く一息でそう言い切った伊藤の顔は正直恐かった。
自分がされても怒らないくせに、俺がされたら怒ってくれるのか。少しうれしいけど、どうして俺が怒るのか分かってくれないのか。

「……そう言うことだから。」
「……あ、」

やっと気が付いたようだった。そう言うことだ。たとえ本人が平気な顔していて本当に気にしていなくても、近しい人からすると不快で仕方なくて怒り狂いたくなるだろう。
俺の意図を分かりやすく質問で聞いたのに、どうして自分にそれを置き換えないのか。
俺だって、伊藤のこと大事に想っているのに。

「…わりい。」

やっとそれぐらい俺から大事に想われていることを分かってくれたようで照れたように顔を赤くしながらそう言われたのに、俺はやっとわかってくれたかと言わんばかりに頷いた。
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