2章『結局のところすべては自分次第。』


「……。」
「……透?」

唐突に携帯電話を片手に黙りこくっている俺に、どうしたのかと名前を呼ぶ伊藤。

「……伊藤。」
「ん?…ぅおっ!?」

伊藤を呼びながら握っていた携帯電話を枕に投げつけて、逃がさないかのように両手で伊藤の肩を掴んだ。
俺の突拍子のない行動に伊藤が驚いてバランスを崩した。崩れるバランスに俺も驚いたが伊藤の肩は絶対に離したくなかった。伊藤の顔が俺より少し下にある意味を考えることもなく、

「俺は。俺の意志で伊藤を優先する。伊藤に懇願されたからって言うだけじゃなくて俺の気持ちとして、……いや、今電話を優先しようとした俺じゃ説得力なんてないんだろうけど、」

どっちを優先するとかそんな意図はなかったけれど、伊藤にそう思わせてしまったし伊藤が話し出そうとしていたのに俺が電話を出ることを決めてしまったから、ああ、もう。なんかもう滅茶苦茶だ。
桐渓さんと伊藤なら、間違いなく俺は伊藤を優先する。でもどういうことかさっきは俺は覚悟して電話に出ることを選ぼうとしてしまった。それは事実だ。
だが、俺の我儘なんだろうけれど……『今だけは俺を優先してもらっていいか』なんて。聞かないでほしい。
伊藤は俺のことを優先してくれるのだから、俺にとっても優先すべきは伊藤なんだ。いつだって優先したいと思っていたけど、今の俺の行動はそうは見えない。
今度からは、絶対伊藤を優先したい。今俺が伊藤はいつだって最優先なんて言えない。

「俺の中で、一番伊藤が大事だから。大事にしたい。出来る限り、伊藤の意志を優先したいんだ。だから、伊藤に頼まれたからと言うだけが理由じゃない。俺自身の意志だから。
だから、俺の様子を窺ったりしなくていい。前も言ったけど、伊藤にされることで嫌なことなんてないから。」

言いたいことは支離滅裂であることは自覚している。
それでも、伊藤に頼まれたから電話をあきらめたわけではなくて、嫌なことから逃げる口実でもなく伊藤のはなしをちゃんと聞きたいのだと言う俺の気持ちを少しでも分かってほしくて。
なんも考えず文脈も滅茶苦茶でも構わず、頭の中でなにを話したいかも何も考えずただ思ったことを伝えた。どう振る舞っていいか分からなかった。だけど俺の気持ちを知ってもらいたかった。その結果がこれになった。

「だから。……だから……」

言いたいことだけを言ったから、結論はなにも出ていない。勢いのままに言ったのだから当然である。
それでもなんとか言葉を探そうとする俺に、
「透、落ち着け。」
そっと俺の両頬を包むように触れられる。そしてそのまま優しい動きで目を合わせた。
少し下の位置にある伊藤の顔を見る。穏やかな笑顔だった。

「透の言いたいこと、たぶんなんとなく分かった。俺のわがままを透は自分の逃げ道にしたいわけじゃなくて、透自身が聞きたいと思ってくれているんだろ。透なりに、俺を大事にしたいって。そう思ってくれてるんだよな。」
「……ああ。」
「逃げ道にしてくれても俺は構わなかったんだぜ?」
「…それは、違うだろ。ともだ……いや、…し、んゆう、なんだろ。俺たち。」

伊藤は優しいから、俺は甘えてしまう。
どんな俺だって受け入れてくれて、なにも言わず傍にいてくれて、なにも言わずに鷲尾を追いかけた俺を待っててくれて。いつも俺の身を案じてくれる。
きっとあのまま頷いてしまった方がきっと俺にとって楽だったんだろう。本当は電話に出たくない俺の責任じゃなくなって話を聞いてほしい伊藤の責任にすればいいのだから。
でも、それはきっと親友と言えなくなってしまうのではないかと思った、それだけ。俺も、伊藤を大事にしたいんだ。伊藤が俺に大事にしてくれている以上に大事にしたい。今は難しいかもしれない。けれど、少しずつ俺も伊藤を支えたい。

「…真面目だなぁ、透は。」
「誠実で、ありたいんだ。伊藤は、俺になって、俺を初めて受け入れてくれたひとだから。」

俺も、どんな伊藤を受け入れたい。伊藤を大事にしたい。
俺の頬を包んでいる手に俺の手を重ねる。ぎゅっと暖かい手を握りしめる。
俺は

「伊藤の話、聞きたい。聞かせてほしい。」

伊藤が聞いてもらっていいかと聞くんじゃなくて。俺から頼む。
伊藤のことをもっと俺に、教えて。

俺の唐突な頼みに驚いたようで目を見開いた後、緩やかに笑みを浮かべながら「ああ」と頷いてくれた。
少し、悲しげにも見える伊藤の笑みの理由も俺はいつか知れるのだろうか。
そんなことを想ってしまった。
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