1章『それぞれの想い。』
眼を開けると白い天井がめいっぱいに入った。ここは病院、自分は病院で眠り今起きたと認識した。
どうして病院に、と思ったと同時に自分は誰なのだ、とすぐに思った。
名前だけではなく自分はどう生きていたのか、家族は誰なのかなにもかもを忘れていた。
近くにいた自分の親族らしき老父ともう一人若い男性がいて、自分は誰なのか、あなたたちは誰なのか、そう聞いた。
それを聞いて2人は記憶喪失と判明した俺が第一に言われたのは、「お前のせいで」だった。
「お前のせいで薫は、灯吏は……死ぬことなんてなかった!」憤る老父の顔。
「しかもなんでお前あいつらのこと忘れてん……なんで、こんな酷くて冷たいやつが本当にあの2人の子どもか…?」関西弁訛りのある、若そうな男性は呆然と呟いた。
2人は嘆きと怒りの混じった冷たい目で俺を見てた。
昨日何を食べたのかも何もかも忘れてしまった、名前すらも分からない俺は、自身の名前を知る前に責められた。
彼ら自身から俺は誰なのか、『薫(かおる)』『灯吏(とうり)』は何が理由で俺が原因で亡くなってしまったのかはこちらから聞くことは出来なかった。
自分の母親と父親であると言うことだけは何とか理解した。
二人は俺に罵声を浴びせ続けた。
その代わり老父の秘書と名乗る九十九(つくも)と言う人が、入院中彼らが俺を責めた後にやって来て世話をしてくれて、そして細かいことを淡々と説明してくれた。
同情も無ければ親しみも持たない、例えるなら機械のような眼をしていた九十九さんだったが、そのときの俺には彼が一番楽な存在だった。
老父と男性は憎しみの混じった眼で看護師や医者には同情の眼で見られて気が滅入っていた。
九十九さんは俺が知りたいことをすべて答えてくれた。
「あなたは『一ノ瀬透』と言うお名前です。
先ほど病室にいた老父は俺の母方の祖父であり、彼が言っていた『薫』様はあなたのお母様で『灯吏』様はあなたのお父様の名前です。
関西弁の男はお母様の幼馴染でありお父様の親友です。
真実は分かりかねますが、あなたが信号を待たず車に轢かれそうになり、お2人はあなたを庇ったせいでお亡くなりになった、と考えておられます。
それを見たあなたはショックで記憶喪失になってしまった、と推測されます。実際はどうなのかは分かりません。
……退院なさりましたら、あなたは健(たける)様……お爺様の元へ引き取りとのことになりました。」
すべて俺がまとめて聞いたことを、九十九さんも同じようにまとめて返答してくれた。
変に隠されるよりも清々しく言ってくれた方がいい、自分の名前とか今度の自分のことよりも何故彼らが俺に対してあの態度だったのかの理由がわかって呆然とした。
ああ、そうだよな。
こんな理由なら俺へのあの態度は間違っていないだろう。
なんてことをしてしまったんだろう、と記憶のない自分を悔いた。
その日九十九さんはなにも言わずに病室を出て、俺は少し泣いた、必要とされない俺よりも2人が生きてくれていた方が、良かったのに。
どうして2人は俺を庇ったんだろう……。
俺が、死んでいたらよかったのに。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
何度も顔も声も何もかもを思い出せもしない両親に謝罪した。
どうしても思い出せない。
何度か祖父と男性に思い出させようアルバムを持ってこられたが、見ようとすれば頭痛が酷くそれどころではなくなってしまう。
頭を抑え、痛みにあえぎ吐き気まで催してきた俺にお構いなしに思い出させようと荒く言葉を攻め立ててくる2人にさすがに九十九さんが待ったをかけ、医師からも注意された。
それ以降は責めることだけになったので頭痛はなくなったけれど、冷たい視線はそのまま。
また彼らに会えば自業自得とは言えまた罵声を浴びせられる。
彼らが責めるのは分かるしそれを止める資格は俺にはない、だから、聞こえないふりに徹した。
俺のせいで両親は亡くなったと聞かされ、俺は2人を忘れてしまった現実さえどうしていいのかわからず、それを受け入れる時間もないままに責められる。
責める言葉をまともに聞いてしまえば、きっと壊れてしまうと無意識に防衛していたんだろうか。
壊れないように聞かないようにするのは身勝手かもしれない、それでも、そうしてないと生きていけないと思った。
退院した後祖父の家に来て、記憶喪失ではあるが最低限の学力や日常生活に支障はないと分かるやいなや、すぐに小中高一貫の神丘学園と言うところへ編入した。
そこは中高は全寮制で、……俺と顔を合わせたくない、と言うことだったんだろう。
当時はまだ小学校4年生だったのでどうしても初等部は祖父の家から通った。
家に帰れば祖父から無視かたまに記憶は思い出す気になったか、と聞かれるだけ。
それに首を横に振れば舌打ちされた。
たまに変なカウンセラーのような人や親戚の男が何故かいたりもして、カウンセラーのような人には催眠術とか逆行催眠とか胡散臭さ満点の人ばかりで結局効果は全くなかったし、変に体を触られたりされたこともあって不愉快だった。
親戚の男はなにか優しい言葉をかけながらその言葉はどうも薄くて、何故か掌や腰を触られたりされて疑問に感じながら自身の身体を他人の手がはい回る感覚は気持ち悪いな、と思った。
これを受け続ければ祖父の気が済むのだろうか、と思って祖父にはなにも言わなかったが、九十九さんはそれを見つけた翌日にはカウンセラーも親戚の男もいなくなったので、なにかしてくれたのかもしれないが、聞いても『なにもしておりません』と、それだけだった。
家ではそれぐらいだったのでまだ良い方だった。
問題は学校だった。
同級生だけではなく上級生や下級生、先生にも何故かまじまじと見られて、……視線が怖くなった。
なにも言わずに見られ続けるのが怖かった、祖父たちからの冷たく蔑んだ目も苦手だったが理由ははっきりしていた分辛くとも分かっている。
でも学校は違う、俺のことを知らないのにじっと見られるのだ。
多分灰色の眼が珍しいのだろうが、それだけなら他にも明らかにハーフな子もいればアルビノの子だっていたのにどうして俺だけなのだろうと。
でも視線が怖いから学校に行きたくないなんて言えなくて、視線を気にしないフリをして日々を乗り過ごした。
たまに話しかけてくれる子もいたけど、うまく話せなくてうまく表情を作れなくていつの間にか離れてしまい、俺は孤立した。
中学生に上がればいやがらせなのか、先生や同級生に変なところを触ってこられたり体操着を盗まれることも増えて、どれだけ嫌われているのだろうと考えるともう嫌になって、無関心のフリをした。
体育の授業で二人一組になるのも俺だけあぶれたり、班を決めるときも俺だけ残ってしまいじゃんけんで負けたところにいれられる。
班まで決まったところまで行っても修学旅行や遠足に課外授業などすべて欠席して配られるプリントだけしていた、行事にも参加しなかった。
行事にでなかったのは、学校であぶれたりするのもあるが、あの男性からちくりと言われるのだ。
「あの2人が庇ってくれたおかげでお前は学生謳歌できるんやね、よかったやん」
行事の時期になるたびに彼はそう言ってくるのだ。
もちろん、両親のことを俺は忘れてはいないし楽しむことは出来ないと思っていたが、そう言われると尚更楽しんではいけない、と思わった。
それはいつしか、自分は幸せになってはいけない、にすり替わり罪悪感を持ったまま俺は高校生になった。
出席を取るときぐらいしか俺は名前で呼ばれることもなかったから、自分は『一ノ瀬透』なんだと自覚も薄いまま、まるで『一ノ瀬透』の器に入った『誰か』のような、そんな感覚で生きてきた。
そのまま、いつの間にか6年の年月が流れていた。
俺は、幸せになってはいけない。
そんな資格はない、だって俺のせいで二人は、両親は。
なのに記憶喪失になってしまった、そんな薄情な俺にそんなことは許されない。
自分の存在を、みとめてほしい、なんて、そんな甘えは許されない、許してはいけない、
これが俺の罪、法に裁かれることのない俺の罪、裁かれないのなら自分で裁かないと、いけないんだ
だから、平気な顔して、その罪を受け入れていかないと、自分を知ってくれる存在ももとめては、いけないんだ
「記憶とか関係なく、お前は『透』だからな!」
いつの間にか目の前にそう言って笑う、伊藤がいた。