【現パロ】大学生の斜堂さん+座敷わらし少女「お座敷暮らし」
大抵の人間は終電を気にし始めたりするであろう、そんな夜更けの午後11時過ぎ――しかしそんなもの、幽霊には関係ない。
「今日は学校の後、バイト先で飲み会があるので……まぁ正直行きたくないですけど……仕方ないので行ってきますね。帰りはたぶんかなり遅くなります……本当に嫌ですけど……」
そういってこの部屋の主、斜堂は今にも死にそうなぐらい青白い顔で今朝から出かけている。
幽霊相手に気を使って用意してくれた昼、夜のお弁当を綺麗に完食し、あとは斜堂が帰ってくるのを墓乃上という幽霊は退屈に待っていた。
風呂場に行き、斜堂が買い与えてくれたシャボン玉をぷかぷか浮かべては暇を潰す。
いつ見ても綺麗な色だ。輝きだ。
なるべく大きな玉が作れないだろうか、と、しばらくストローに吹き込む息の強さや速さに試行錯誤していると、玄関の方からがちゃがちゃと鍵を回す音がした。
あ、やっと帰ってきたのか。
そう気づいてシャボン玉の道具を片付けていると、墓乃上は些細な違和感に気がついた。
いつもだったら「ただいま、墓乃上さん」と穏やかに聞こえるものだが、なんと今はそんな一言すらない。
代わりに聞こえるのは、「ああもう、」と苛立った声と、立て付けの悪い押し入れの襖を手荒に開けるガタガタという音だった。
おかしい。明らかにおかしい。
慌てて風呂場から居間に行き、彼の名前をひとつ呼んで見るも、その姿はなかった。
しかし鞄やら上着は乱雑に床に落ちている。
いつもきちんと几帳面な彼には似合わないと不思議に思いながら部屋を見渡し、そして墓乃上は短い悲鳴を上げた。「――斜堂さん!?」
「なにしてるんですかそんなところで!」
襖が開いた押入れ――の下段、斜堂は膝を抱えるように座ってはそこに収まっていた。
墓乃上は幽霊だ。
だから基本的に物理的干渉はできないのだから、いくら押し入れで寝ているからといって、わざわざスペースを空けなくてもいい、と前に話したが、「掃除したら意外とスペースが余っちゃったんですよ」と、押入れの下段は斜堂が墓乃上用にホームセンターで買ってきた座布団しか置いてない、墓乃上の部屋と化していた。
なぜ帰宅するなりそんなところに収まっているのか、ただならぬ様子に墓乃上はあたふたする。
「どうしたんですいきなり……!」
「……どうしたもこうしたも……」
おかしい。本当におかしい。
いつもなら穏やかな口調で、目線でこちらを見ながら話してくれる彼は、ちっともこちらを見てくれない。
普段からあまり元気には見えない瞳はいつもより暗く、ずっと下を向いたまま動かない。表情だって死んでいる。
「ボクにどうしろと……?」
「え?」
「『もっと元気出そうよ!』とか『自信持って!』とか曖昧なことしか言えないのにそれが正しいって勝手に付き合わされても……頼んでもないのに……というか授業に講師の明るさって必要なのか……? 塾なんて生徒は分かりやすい授業が聞きたくて来てるのに……いくら明るくても授業の進みが悪かったら意味ないのでは……だいたい講師が潔癖症でなにが悪いのか……一体ボクがどうすれば満足するんだ……」
表情と同じく暗い声でぼそりと呟かれた一言に首を傾げるも、墓乃上相手に話す、というよりは呪詛を呟くような言葉が一気に流れては止まらない。
――うわぁ……なんかだいぶ荒れてらっしゃる……。
というかこれ、もしや酔っ払っているな?
目の前に同居人、墓乃上が心配した顔でいるのも構わず(というか気づいていない可能性もあるが)酒の勢いで加速した愚痴がどろどろ流れては止まらない。
まだまだ同居して日が浅いものの、斜堂という男の几帳面さと繊細さ、対人関係における不器用さと、それに加えてなんとまぁ生きにくそうな潔癖症を併せ持っていることは墓乃上もなんとなく理解していた。
昔言われた嫌なこととかを無意識に思い出す、それが嫌で眠れないから、と、わざわざ睡眠薬を毎晩欠かさず飲んでいることも知っている。
そんな男が行きたくもない、仕事先の付き合いだけで半ば無理やり付き合わされるような宴会に行ったらどうなるか……まぁこうなるのは当然か、と墓乃上は納得する。
「だいたいなんでバイト先の上司ってだけで『彼女作ったほうがいいよ! 人生経験上がるよ!』なんて言われなきゃ……人生経験上がった身でそんな無神経なこと言えるんだったら彼女の有無とか関係ないのでは……? どうせ仮にボクが彼女とか作ってもぐだぐだご高説という名前の嫌味言うくせに……なにしたって文句言われるのになんでいちいち顔色伺ってるんだろ……なんか……なんか無理……」
だんだん涙声になるそれに声を掛けてやる合間などなく、さてどうしたものかと部屋を占拠された幽霊は頭を抱える。
この人はあまりにも優しすぎる。
今までこんな風に本音を口にしている姿なんて見たことがないぐらいに。
いくら悪霊といえど、日頃から世話になっている家主がこうなっては放っておくわけにもいかない。
――とりあえず酔いを覚ましてやらないと……。
しかしどうしたものか。
幽霊という身では物体に触れることはできないが、この墓乃上という悪霊はまた別だ。
斜堂が「お供え」と唱えたものなら触れるどころか飲み食いだってできる。
ならば、今まで「お供え」してもらった物の中でできることを探してみるしかない。
今日の食事用にと斜堂が用意してくれた水筒を手に台所へ行ってみる。
いつぞや斜堂が体調を崩した時に看病する際、ひねると綺麗な水が出る栓があるもの――蛇口を「お供え」してもらったはずだ。
きっとまだ触れるはずだろう――とうに飲み干して空っぽになっていた水筒に向け、水を入れることに成功した。
「斜堂さーん、とりあえずお水飲みましょうよォ」
そう言って居間に戻ると、なんと今度は押し入れの襖がぴったりと閉じていた。
押し入れから出た気配はなかった。つまり斜堂が内側から閉めているのだ。「ちょっ……」
「斜堂さん、出てきてくださいヨ! なに私みたいなことしてんですカ!」
ぐっ、と引いてもびくともしないそれに、元々短気な墓乃上の口から舌打ちがひとつ鳴る。
「ああ、なるほど、悪霊相手にいい度胸じゃないですカ」
襖に向け両手を伸ばし、暫しの沈黙の後、ぱんっ! と勢いよく手を打ち鳴らしたと同時に襖がすぱんっと良い音を立てて開く。「おお、」
「できたできた。だいぶ力がいるけど……まぁこんなもんでしょうカ」
悪霊が悪霊らしく、己の力で強引にこじ開けたことに驚いたのか、意固地な二枚貝の如く閉じこもっていた家主もさすがにやっと出てきた。
人間の身体、しかも長身の彼ではそもそも体勢的にはなかなかしんどいものもあったのだろう。
「……なんですか今の力」
「斜堂さんをなんとか出そうと思ったらできたんですヨ。さすが私、室町の世にて最強だっただけありますネ」
「放っといてくれてもよかったんですけど……」
「同居人がひとりでずーっと愚痴言ってるのを?」
「墓乃上さんには関係ない愚痴ですし……」
「私だって内容はどーでもいいですヨ。でもねェ斜堂さん、そうやって私に頼ってくれないの、結構悲しいです」
「……」
いつもと変わらぬように、ふたりではやや小さいちゃぶ台を挟んで向き合う。
先程水を入れた水筒を手渡し、酔いを覚ませと言えば赤くなっていた目元が少し潤む。「……すみません、」
「こうやって墓乃上さんにも迷惑かけて……周りともなんかうまくいかないし……墓乃上さんに比べると自分ってなんか……情けないなって……」
「はぁ? なんでそこで私と比べるんです?」
「墓乃上さんは……自分の知り合いも、家族も、誰もいない現代で、昔のことも忘れて……でも諦めないで色々と思い出そうとしてますし、……なんかそれに比べたら、実家もあるのに、たかがバイト先で嫌味言われたぐらいで落ち込んでる自分なんて……」
「あーあ、まったく……心配して損しました」
ばっさりと切り捨てる一言を吐き、墓乃上は未だ泣きそうな斜堂を見下ろすように胸を張る。
「いいです? 私は室町の世にて最強だった霊媒師なんですヨ。いくらこの先記憶が失くなったって、絶対に思い出してみせます。それは私の使命なんです、目標なんです。いくら大変でもそれは私の試練であって、斜堂さんがご自分のやるべきことや辛いことと比べるもんじゃないんですヨ。それをなんです、私と勝手に比べて自分が嫌なこと、辛いことを抱え込まないでください。なんのために貴方を押し入れから引っ張りだしたと思ってるんです?」
怒っているのか、励ましているのか、家主同様に不器用な悪霊はそう言い残すと台所へ行き、斜堂が彼女へ買い与えて「お供え」した金平糖が入った袋を持って戻ってきた。
「――私、貴方に憑き合いますヨ。貴方が私の記憶探しを手伝ってくれるように、斜堂さんの愚痴が尽きるまで寝ません。ひとりで隠そうとしたら、また無理にこじ開けてでも引っ張り出します」
「……墓乃上さんは優しいですね。私と違ってはっきり言うから、なにがなんでも励まされちゃいますね」
いつも見慣れた穏やかな声に表情、それを目の前に墓乃上は安心すると同時に、頭の片隅で誰かに言ったような言葉が一瞬だけ光ったように思えた。
――せんせー、またこんな日陰にこもってるんです?
なにかあったんですカ? 私、話聞きますヨ!
「…………昔から慣れてたんじゃないですかねェ、」
さっきまでの威勢とは反対に、頬杖をついた口先からようやく呟いた小さな一言は、台所で湯沸かしケトルに水を入れている斜堂には届かなかった。
「今麦茶淹れるので……ちょっと待っててくださいね」
麦茶って酔い覚ましにも良いらしいんですよ、とこちらを見ては微笑む顔に、墓乃上も同じく笑ってやる。
「……斜堂さんって、本当は『ボク』って言うんですネ」
「えっ、」
湯沸かしケトルが沸く前に、微笑んでいたその顔が再度赤くなる。今度は酒の酔いではないそれに、彼女はからかうように教える。
「さっき押し入れで愚痴言ってた時に言ってましたヨ」
「あー……少し子供っぽいかなと思いまして……隠してたつもりなんで、ちょっと恥ずかしいですね」
淹れたての茶が入った湯呑をふたつ、ちゃぶ台に置いては再度向き合うように座ってはその顔を見る。
「いいじゃないですカ。一緒に暮らしているんですし……私、斜堂さんのこと、そうやって少しづつ知っていきたいです。嫌いなことも、愚痴を言いたくなるものも」
「……私も墓乃上さんのこと、もっと知りたいです。好きなものとか、過去の記憶も……できる限りお手伝いします。一緒に探しましょう」
その言葉に墓乃上は少し俯き、手にしていた湯呑を軽く、斜堂が持っていた湯呑にかちん、と当てる。
ひとりで隠すな、抱え込むなと言う割に、自分もまたひとりで思いつめすぎていたらしい。
それでもどうだ、死して尚良き理解者にであえたのだ。
私が彼を知るように、たった独りで途方もない記憶探しに暮れていた自分と同じ目線で立ってくれる良き同居人がいる――。
「――このお座敷暮らしに乾杯、ですネ」
少し照れくさく、はっきりとは言えなかったその一言に同じく、乾杯、と優しく返ってきたことに、墓乃上という幽霊は幸せ、という言葉の意味を思い出していた。