【現パロ】大学生の斜堂さん+座敷わらし少女「お座敷暮らし」


――ああ、最悪だ。本当に最悪だ。

 連日テレビでは桜前線がどうのこうのと話す割には、まだまだ冬用の上着を手放すには厳しい気温の未熟な春のある日。進学を機に上京してきた学生、斜堂影麿は高熱に負け寝込んでいた。

 慌ただしい引っ越し準備に手続き、慣れない環境、疲れ、元々病弱だった斜堂の身体をダウンさせるにはあまりにも十分すぎる要素。
 ある程度引っ越しの荷物は片付き、そろそろ近所の散策でもしてみたいと思っていた矢先、彼をお出迎えしたのは明るい新生活ではなく、強烈な頭痛と寒気だった。
 そこから38度を超える高熱がやってくるまで大した時間はかからなかった。

 そうやって寝込む中、ふと水が欲しくなり、重たい身体をなんとか起こしてみる。
時刻は夜中の2時――正直何時から寝たのか覚えていない。
 ここから歩いて10分程の場所には24時間営業のドラッグストアがあるのも知っている。
 なんなら、5分も歩かぬ内にあるコンビニでも最近はちょっとした風邪薬か解熱剤ぐらいあるだろう。
しかし高熱と連動するように痛む関節と頭――到底外に出る気にはなれなかった。
 この狭い六畳一間の中で移動するだけでも精一杯なのだ。

 なんとか痛む喉で水を飲み干し、シンクの側に置いたままの踏み台に座り込んでは最悪だ、と再度呟いていた。
 引っ越しの荷造りをする時、期限が切れていたからと持っていた薬をほぼ捨ててしまっていたのだ。
 それが大きな間違いだった。
 現代医学というのは実に素晴らしいもので、期限が1,2ヶ月過ぎただけで捨ててしまうにはあまりにも惜しかった。
 病弱の身なのだから、せめて緊急用――つまり、今のような状態に備えて少しでも手元に残しておけばよかった、と、痛む頭をさらに抱える。
 おまけに、もう暫く使っていないから、と冷えピタも一緒に捨てた自分を呪ってやりたい。

 しかし無いものは無いし、この瀕死に近い状態で外に出るわけにもいかない。
 しかも上京したてのこの独り身では、誰かに看病を頼めるわけもなく――気がつけば思わず笑っていた。

 いつもこうだ。
 季節の変わり目、ちょっとした環境の変化、ストレス、流行る風邪もコンプリートするかのようにしっかりと全部罹っては寝込んでしまう自分の病弱さ、他人に迷惑を掛けてばかりの情けなさを思うと、ついつい笑ってしまう。

 ああ、なんて馬鹿らしい。
 人一倍弱いくせに、後先考えずに薬を捨ててしまうなんてあまりにも馬鹿馬鹿しい。

 ふらつく意識でなんとか布団に潜り、寒気と重苦しい身体にひたすらじっと耐える。
 ああ、なんて惨めなんだろうか。情けない限りだ。
 そうやって自分に呆れれば呆れるほど、押し殺しても笑いが溢れてしまう。

「――あらら、随分と元気そうですねェ」

 布団の外、枕元から聞こえた声に驚き、思わず視線を上げる。
 そこには暗がりでも分かる、黒猫のように大きな瞳がこちらを覗き込んでいた。「どーも斜堂さん、」

「お久しぶりですネ」

「……そうですね」

――ここに引っ越して初日の夜、そして次の日、ここの押し入れに住み憑いていると自称する幽霊、墓乃上みつよに出会い、本当に奇妙なことだが一緒に食事までした。

 かと思えば彼女は満足したのか、「しばらく寝ます」と一言だけ残し、そのまま姿を見せることはなかった。
 それから今、久しぶりに見る彼女は不思議そうに自分を見下ろしては首を傾げる。

「なにか良いことでもあったんです?」

「いえ、別に……ふふ、昔から身体弱いくせに薬捨てちゃって……自分って馬鹿だなぁって……」

 くすくすと笑ってしまう自分に対し彼女は、難儀なお人だ、と呆れた様子で呟いた。

「誰か看病に呼べないんですカ? 家族とか友達とか」

「いえ……家族は地方ですし……あはは、私に友達がいるように見えます?」

「なるほど、こりゃ重症ですねェ」

 惨め惨めだとは思っていたが、ついには幽霊にまで呆れられてしまった。「仕方ないですねェ、」

「同居人の好です、この墓乃上が知る中でとっておきの退病殺法をお教えしますヨ」

「退……え、なんですかそれ……」

「いいですか? まずは生きた蛇2匹の頭を一刀で断ち、頭は西へ、断ち離した胴は東へ向けて干し、」

「ありがとうございます墓乃上さん、今度現代医学って言葉教えますね」

 ただえさえ重苦しい高熱に加え、どっと疲労感が増した。
 そういえば彼女はいつの時代に生きていたのか……現代の感覚からは大きく離れた教えに、お気持ちだけ頂きます、と返しては再度布団を頭から被る。

「……すみません、しばらく寝かせてください」

「……仕方ないですねェ。でも斜堂さん、私『お供え』してほしいものが三つあるんですヨ。大変でしょうけどそれだけ手伝ってください」

「お供え……」

 幽霊は物理に干渉できない――が、この墓乃上という霊は特殊なのか、一定の条件を満たすと例外的に人間と変わらずに物に触れ、食べることだってできるのだ。
 その条件とは、この部屋の家主が「お供えします、お供えします、お供えします」と唱えること――普段ならなんでもない頼みだが、正直、今の私に言うか、とも思う。
 が、もうなんでもよかった。
 とにかく静かに寝たい、放っておいてほしいからこそ、彼女の頼みを聞くことにした。「斜堂さーん、」

「『お供え』してくださーい。あ、布団にいたままで大丈夫ですヨー」

 居間から離れ、遠くの方で彼女の声がする。
 風呂場のほうだろうか。もうそれすらどうでもいいので、言われたとおり願いを聞いてやる。

「お供えします、お供えします、お供えします、」

 痛む喉がはっきりと話すことすら許してくれない。
きっと彼女には聞こえていないであろう小さな声しか出せていないだろうが、それでもしばらくすると「あ、大丈夫でーす」と満足げな返事が返ってきた。

「じゃあ次、これ。もう一度お願いします」

 思わず大きなため息が出てしまうが、了承してしまった以上は聞いてやらねばならない。
 気ままな幽霊に言われるがまま、早く終わってくれないかと思いながら『お供え』を唱え続ける。
 なにも知らない他人が見たらあまりの熱にうなされているのだろうと驚き、下手したら救急車を呼ぶことすら考えるかもしれない。
 そんな状況の中、いつもは睡眠薬を飲んでもなかなか出会えない強烈な眠気――いや、もしかしたら気絶に近いかもしれない。
 幽霊も、その頼みも、自身の情けなさ、いろいろな現状から意識を綺麗に切り離したように、再度深い眠りの中に気がつけば沈んでいた。



 ばちゃっ、ぱたたたっ……。

 元から薄暗いこの部屋に入るごく僅かな陽の明かりが枕元を照らし、その明かりと、耳元で聞こえる水音に意識がようやく徐々に目覚める。

――水……?

 不思議に思いながら暫しぼんやりしていると、いつの間にやら自身の額が冷たいことに気が付き、上半身を起こす。

「これは……」

「あ、起きました?」

 おはようございます、と笑う彼女の前には、水を張った洗面器にハンカチが何枚か沈んでいた。
 それらを絞ったものが自分の額にあったものだと理解するのに、時間などいらなかった。

「墓乃上さんが看病を……?」

「ええ、まぁ。言うの忘れてたんですけど、食べ物以外でも『お供え』してくれると触れるようになるんですヨ」

――そうか。だからあんなタイミングでお供えしてくれとわざわざ言ってきたのか……。

 内心面倒がって申し訳ない、と思う罪悪感が顔に出ていたのだろうか。
 彼女は「こちらこそ大変な時に協力してくださってありがとうございます」と、その綺麗に切り揃えた黒髪の頭を下げる。

「最低でも桶、手ぬぐい、あとあの……ひねると水が出る栓……?」

「蛇口のことですか?」

「ああ、そういう名前なんですネ。頭を冷やしてあげるにはそれが必要だったので……」

「なるほど、それで三つ必要だと……」

「お加減はどうです? 少しはマシになりましたカ?」

「ええ、おかげさまで多少は」

 まだまだ関節や喉の痛みは残るものの、脳まで染み込んでくるような熱っぽさは大分引き、それだけでも昨日の惨状に比べればかなり楽な気分だった。

「墓乃上さんにはちゃんとお礼しないといけませんね」

「ん、なぜ?」

「だって同居人として一晩中看病してくださったじゃないですか」

「別に……ちょっと手伝っただけですヨ。私、斜堂さんがここから引っ越しとかされたら困るんですヨ。時計が鳴ったらできるうどんとかまた食べたいですし……そう、私のワガママ。私のワガママでちょっと手伝っただけなんですから、」

「……照れ隠し?」

 思わず呟いてしまった小さな言葉は、不幸にもしっかりと彼女に伝わってしまったらしい。
 違いますヨ! という強い否定と、固く絞ったばかりのハンカチが顔に飛んでくる。「そんなんじゃないですヨ!」

「に、人間は黙って早く治して私に美味しいうどんでも『お供え』してくれればいいんですから!」

 幽霊の機嫌、否、少女の機嫌というものはなによりも難解で不安定だ。
 止める間もなく押し入れに入ってはぴしゃりと襖を閉じられてしまい、そこから物音はしなかった。

 しかし病弱で情けないこの身を助けてもらったことは事実だ。
 できるならば彼女が喜ぶご馳走でも作ってやりたいが……そういえば、彼女はいつの時代に生まれたのだろう、生きていたのだろう。
 今のところ自分が把握している彼女の好物は、時計が鳴るとできあがる不思議なうどん(カップうどん)、あとは焼き魚……今更思えば、自分はまだ彼女に対する理解が少なすぎる。

 しっかりと恩を返すためにも、同居人として一緒に暮らしていくためにも、自分はまだまだ「墓乃上みつよ」という存在を知らなくてはならないのだろう。

――とりあえず体調がもう少し戻って……買い物に行けるようになったら少し聞いてみよう。

 ひとりっきりで寝込んでいた最悪な昨日よりも、少なくとも身近に自身を心配してくれる存在がいる、というのが分かった今日、体調不良で寝込むことは変わらないが、それでもなんだか気楽な気持ちで再度眠ることができた。

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