【現パロ】大学生の斜堂さん+座敷わらし少女「お座敷暮らし」

【画伯】

「うーん……」

 梅雨の雨が窓を叩く休日、六畳一間でそう唸って首を傾げたのはここに住み憑く幽霊、墓乃上だった。

「なんかちょっと違うんだよなぁ……」

 普段は拙い敬語を話す口から出るその呟きに、珍しいな、と斜堂はレポート作りに夢中になっていたパソコン画面から彼女へ視線を移す。

 彼女は押入れの襖に背を預け、スケッチブックを抱えながら鉛筆を握っている。
 そうしてまるでデッサンをする画家のように、違う、こうじゃないな、と口にしながら書いては消して書いては消して、と熱心に絵を描いている。

 スケッチブックや色鉛筆、クレヨンなどは斜堂がだいぶ前に百均で買って「お供え」していたものだが、彼女は大変気に入ってくれたらしく、暇な時にはよく自由気ままに落書きをしていた。

 上手いか下手かといえば……まぁ、お世辞にも上手い……とは言えないが……。

 以前、真っ黄色なクレヨンで塗り潰された丸太のようななにかを見せられ、「卵焼きです! どうです?」なんて笑顔で言われたことがある。

 それだけならまだしも、なぜかその丸太……否、卵焼きを背に乗せている奇妙な模様の動物のようななにかについては「猫です!」と言われた。

 「どうです?」なんて訊かれても、同居人が猫に卵焼きを背負わせた絵を見せてきた時の正しい応じ方、とはなんだろうか。

 一見しただけでは分からない画力と、猫に卵焼きを背負わせるという常人には真似できない墓乃上独特のセンス――まさしく画伯、というやつだ。

 斜堂自身も特に絵心があるつもりではないが、それでも彼女のパンチある画力とセンスを前にすると、なんて言ってやればいいのか分からなくなる時がある。

 そんな同居人の気なんぞ知らない画伯は、スケッチブック相手に赤いクレヨンを思い切りよく走らせている。「――ふふん、」

「なかなか上出来じゃないですカ……! さすがこの墓乃上!」

 どうやら画伯は満足できる一枚を描き終わったらしい。幼い自惚れにご機嫌な彼女の様子が微笑ましく、斜堂はひとつ訊いてみる。

「ずいぶん熱心に描いてましたけど……今回はなにを描いたんですか?」

「ん? ああ、これですカ?」

 そういって墓乃上が見せてくれたスケッチブックを前に、斜堂は思わず「え、」なんて言葉が詰まってしまう。

 これは……これはいったいなんだろうか……。

 赤と黒をメインに、緑や黄色で塗られた顔のない案山子……か、藁人形……のようななにかが、大きく両手を上げているようにも見える。
 そして彼女が愛してやまない黄色い丸太、ならぬ卵焼きは、そんな「なにか」を囲むように数本描いてある。

 ……ああ、懐かしい。昔インフルエンザになった時、こんなふうに意味の分からない悪夢を見た覚えがある……。

「は、墓乃上さん、これ、なんですか……?」

「え、卵焼きですヨ」

「あ、そっちは分かります」

 そうじゃなくて、と続く斜堂の言葉に重なるよう、墓乃上の元気な答えが返ってくる。「ああ、これはですネ、」

「そこにいた幽霊さんですヨ!」

 そう笑って指差したのは、今も雨にだらだらと濡れる窓ガラス――当然、ただの人間である斜堂にはなんにも見えない。見えるわけがない。

「いやァ、疲れた疲れた……見ながら描く、って難しいですねェ」

 大切なものを取り扱う手付きでクレヨンを一本一本仕舞う呑気な顔に、斜堂はもうなにから訊けばいいやら分からなかった。

 そもそもなぜ幽霊を描いた?
 霊媒師(の幽霊)として幽霊が見えるのは知っているが、だからといってなぜそんな幽霊の絵の周りに卵焼きを何本も描いた?

 その案山子みたいな赤黒い幽霊は、この窓の「外側」にいるんですか?

 もしかして「内側」にいるんですか?

――なんて訊ける勇気は、斜堂にはなかった。

「……今日の夕飯、卵焼き作りますね」

 色々と言いたいことを抑えてようやく出た無難な一言に、幽霊の絵の周りに卵焼きの群れを描く悪霊はなんとも嬉しそうに返事をする。

「ありがとうございます! 私、斜堂さんの卵焼き、大好きなんですヨ!」

「そ、それならよかったです……」

 見なかったことにしよう、とスケッチブックから目を逸したが、墓乃上という画伯によるある意味衝撃的な一枚は、しばらく斜堂が夜な夜な見る悪夢にレギュラー出演することになるのだった。

【炭酸ジュース】

――期間限定 新商品!
 夏りんごサイダー (二本)百円!

そう派手に書かれたポップに思わず目が止まる。

 いつもと変わらず、行き慣れたスーパーのジュース売り場をたまたま通った時のことだった。
 普段ならこのコーナーに用があることはほぼ無い。
 自分も、同居している幽霊の墓乃上も、基本的には毎日安い麦茶かほうじ茶で満足しているし、斜堂がたまに飲むインスタントコーヒーならまだまだ結構瓶に余っている。
 先日墓乃上もコーヒー(と思い込ませているミルクココア)を初めて口にし、えらく気に入ったようだが、「こんなに美味しい南蛮のもの、そう簡単に頂くことなんてできませんヨ……」となぜか恐縮していた。
 墓乃上の中ではいつの間にか「コーヒー」は、南蛮渡来のものとして認定されたらしい。

 そんなことを思い出しながら、目の前にあるポップと共に並ぶペットボトルを見ながら少し考える。

――そういえば墓乃上さん、炭酸の飲み物って飲んだことあるのだろうか……。

 彼女が生きていたと推定される室町時代にそんなものがあったわけなく、また、死後に自分のような幽霊に理解のある誰かから「お供え」してもらったとも考えにくい。

 二本で百円。
 そう書かれたポップの通り、斜堂はペットボトルを買い物カゴへ二本放り込んだ。



「――斜堂さん、おかえりなさい!」

 わざわざ玄関まで律儀に来てはそう呼びかけてくる彼女へ、ただいま、と一言返しながら言葉を続ける。「墓乃上さん、」

「今日はちょっと面白いものを買ってきたんですよ」

「面白いもの……?」

「ええ、気に入ってくれるかなと思いまして……居間で少し待っていてくださいね」

「……?」

 家主の意味深な言葉に首を傾げる悪霊を気にせず、とりあえず買ってきた他の食材は冷蔵庫へ収める。
 それから普段あまり使うことのなかった製氷庫を開けると、今使いたい分には十分なほど氷があることに安心した。
 普段使っている彼女お気に入りのマグカップへ氷をいくつか入れ、買ってきたばかりの「面白いもの」――りんごサイダーを注ぎ込む。

「墓乃上さん、お持たせしました」

 家主に言われた通り、なによりも素直に居間で待っていた悪霊の前にサイダーを入れたばかりのカップを置いてやる。「これは現代の飲み物でして……」

「『炭酸ジュース』っていうんです」

「たんさん……凄い、なんか泡立ってますネ……!」

 ぱちぱち、しゅわしゅわ、と小さな音と共に弾けながらりんごの香りを飛ばすそれに、墓乃上はもう興味津々に見つめては感嘆の言葉を並べる。

「これはいったい……冷たいのに泡立っているなんて……凄い、こんな妖術がこの時代にまだあろうとは……」

 魔法と科学は紙一重……なんて言葉もあるが、その通り、今目の前にいる小さな霊媒師は、二酸化炭素を含ませて成る炭酸ジュースの原理を「妖術」だと思っているらしい。
 それはそれで彼女らしくて面白い考え方だが、炭酸ジュースは眺めるだけのものじゃないのだ。

「残念ながら霊能力ではありませんが……墓乃上さん、それ飲み物なんですよ」

「えっ、この不思議な液体、の、飲んで大丈夫なんですカ……!?」

「ええ、りんご味なのできっと気に入ると思いますよ」

「なんと……」

 恐る恐る、ゆっくりとカップに口を付け、覚悟したかのように一口飲んだと同時に彼女の肩が跳ねる。「――えっ……!」

「す、凄いです! なんか、こう、口の中でもしゅわしゅわしてて……! あ、甘いんですけど、ぱちぱちしてて不思議な味がしますネ……!」

 凄い、凄い、と目を丸くして驚く墓乃上の様子を前に、「ああ、予想通りだ」なんて内心笑ってしまう。

「墓乃上さん、美味しいですか?」

「ええ、とっても……! なんというか……例えるならそうですねェ、」

 うっかり霊感飛ばしちゃった時みたいな弾けかたですネ! 凄いです!

 と、ご機嫌な笑顔で返された斜堂は、それは予想できない感想だ……なんてまたも内心思うのだ。

 まぁ……感想はどうであれ、墓乃上が気に入ってくれたならそれでいいか。

 せっかくだ。自分も少し飲んでみるかと斜堂は手元のコップに注ぎ入れ、思い出せばもう何年も口にしていなかったサイダーを一口飲んでみる。

 ……これが「うっかり霊感飛ばしちゃった時みたいな弾けかた」か……。

 子供の発想力というか、墓乃上ならではの独特な物の表現に心から感心しつつ、墓乃上がりんご味サイダーのことを「南蛮渡来の不思議な飲み物」だと勝手に認定するのを放っておいた。

【オムライス】

――完全にやらかしたな、これ……。

 この春からこの東京へ引っ越してきた内気な大学生、斜堂は普段から猫背な背中をさらに情けなく丸めながら、自宅の冷蔵庫を前に屈んでいた。

 先程買い出しにスーパーへ寄った時、たまたまタイムセールで卵10個入りパックが安売りされてたのだ。しかも2パック買うとさらに値引きだなんて惹かれる値札を前に、「まぁうちはよく卵使うし……」と安易な考えで手を出してしまった。

 そうして買ってきた卵20個を冷蔵庫に入れようとその扉を開ければ、3日前に買った卵4つがまだ卵を入れるポケット部分に居座っていたのだ。

 ひとり暮らしの大学生の冷蔵庫に、生卵24個――すっかり忘れていた。完全にやらかした。

 これが毎朝生卵と闘志を飲み干すボクサーならまだしも、斜堂はただの(むしろ貧弱な)大学生であって、生卵をジョッキに入れて飲み干さなくてはいけない場面になることは、賭けてもいいが今後一切ないであろう。

 しかし、他のひとり暮らしをする平凡な大学生とは違うことだってある。

 そう、この部屋に住み憑いている室町時代生まれの幽霊、墓乃上みつよは卵焼きが大好きなのである!

 今は押し入れの中で眠っているのか、姿どころか物音ひとつしないが……今夜の夕食に卵焼きを出したらきっと喜んでくれるだろう。
 ……とは思うが、いくらなんでも卵焼きだけで24個も消費するのはなかなか厳しい。

 斜堂は墓乃上と暮らし始めてから使い始めたレシピアプリを立ち上げ、検索ワードに「卵 大量消費」と入力する。

「……これだ、」

 卵をたくさん使い、斜堂でも作れる範囲のお手軽さで、具材は今冷蔵庫に入っているもので済み、なおかつ墓乃上が喜びそうなメニュー――迷うことなく「お気に入り!」ボタンを押し、とりあえずまずは米を研ぎ、炊飯器にセットした。



「――赤飯だ!!」

 夕食時――今日はずいぶんと長く眠っていた墓乃上は、寝起きでぼやけた目でちゃぶ台に乗った「それ」を見るなり、一瞬にして輝いた表情になった。

「赤いご飯……赤飯……! 凄い! なにかの祝い事なんです!? なにか良いことあったんですカ!?」

 皿に盛った「それ」に、室町生まれの悪霊はなんとも嬉しそうにはしゃいだ様子だ。
 昔は赤飯なんて高級品だった、ということ自体はなんとなく知っていたが、この墓乃上の様子からすると、当時は本当になによりものご馳走だったらしい。

「特になにかあったわけではありませんが……それは『チキンライス』といって、鶏と、野菜と、あと『ケチャップ』という調味料で作ったご飯なので、正しい『お赤飯』とは違うんですよ」

「ほう、鶏をご飯に……いやァ懐かしいですねェ、生前はよく仕掛け罠でスズメを捕りまして……捌きやすいのはいいんですが、骨ばっかで食べにくかったものです」

「え、墓乃上さんが捕ってたんですか?」

「ええ、室町一番の霊媒師の墓乃上、できないことなんてないんですヨ」

 堂々と胸を張る悪霊に内心、狩りと霊媒師は関係ないのでは、なんて野暮なことは言わず、斜堂は台所に戻る。「――墓乃上さん、」

「それ、まだ完成してないんですよ。もう少し待っててくださいね」

「なんと……分かりました、」

 素直な返事が聞こえるが、少し振り返ってみれば今もなおチキンライス相手に感動の表情で見つめている。中身はどうであれ、「赤いご飯」というもの自体が嬉しくて嬉しくてたまらないらしい。

 その様子を背に、斜堂は買いすぎてしまった生卵を割ってはボウルに何個も入れる。
 今まで作ったことはないが、レシピも見たし、どうにかなるだろう――バターを一欠片投げ入れ、熱で溶かしきったフライパンへ溶いた卵を流し込んだ。



「――せ、赤飯の上に卵焼きが乗ってるなんて……!!」

 買いすぎてしまった卵から生まれた半熟とろとろのオムレツを赤飯……ではなく、チキンライスの上に乗せてやると、墓乃上はあまりの感動に言葉を失ってしまったらしい。

「ああ、なんたる贅沢……! 斜堂さん、これはいったいなんなんですカ……!?」

「これは『オムライス』という料理でして……上に乗っている卵焼きと、その下のご飯を一緒に合わせて食べるんですよ」

「なんと……! 贅沢な上、不思議な料理ですねェ……!」

 普段から大きな瞳がきらきらと輝き、凄い、素晴らしい、とせわしなく目の前に置かれたオムライスを眺める彼女へ、斜堂はスマホの画面を見せた。「この料理はですね、」

「まずは最初に、この卵焼きの上に『ケチャップ』をかけてから食べるんですが……現代ですと、こうやって簡単に絵を描いたりするのも楽しみのひとつになっているんです」

 「オムライス ケチャップ 絵」と検索ワードを打ち込んだスマホの画面には、黄色い卵の上に赤く描かれた愛らしい動物や、所謂ゆるキャラ、というものが並んでいる。
 が、それを前に墓乃上はきょとんとしてはひとつ呟く。

「描くって……どうせ食べるのにですカ?」

「いや、まぁそうなんですが……」

 生まれた時代が室町時代だったからか、それとも墓乃上自身の性格なのか、「食べ物を可愛くする」ということにいまいちぴんと来ていないらしい。
 今やありとあらゆるキャラクターがプリントされたクッキーやら、その丸っこいデザインをそのまま再現したような可愛らしいケーキだってあるが、墓乃上はたぶんそんなこと気にせず食べてしまうタイプだろうな……なんて思いながらも、そう言わずに、と冷蔵庫から出したケチャップを渡してみる。

「墓乃上さん、よくお絵かきするじゃないですか。せっかくですし、ちょっとやってみたらどうです?」

「なるほど……ああ、なら私、斜堂さんの分に描いてみたいです!」

 しばらく画面を睨んでいたかと思えば、なにか良い案が思いついたかのように笑って言う彼女。
 なぜ斜堂のものに描きたい、と言ったかは分からないが、彼だって特別それを断る理由もないので快諾の返事をひとつ返す。「ええ、」

「いいですよ。お好きにどうぞ」

 そういって差し出してやると、まだまっさらな状態のオムレツへ向き合った墓乃上は、慎重に、ゆっくりとケチャップをかけていく。
 その横顔といったら仕事に集中する職人かのような気迫で、それを眺めながら「なんだかんだ言いつつ、やり始めると凝り性なんだよなぁ……」と墓乃上の性格へ思いを馳せる。

「――できた!」

 その言葉とともに大変満足してくれたのか、自信たっぷりに胸を張る悪霊は斜堂に呼びかける。

「ねェ斜堂さん、はい、これ! 斜堂さんの分ですヨ!」

 天真爛漫、満面の笑顔と一緒に出されたオムライスには、赤いケチャップで皿から溢れんばかりの大きなハートマークが描かれていたのだから斜堂は驚く。

「墓乃上さん、これは……」

「え? ああ、本で読んで知ったんですけど、現代ではこの桃? を反対にしたような記号……『はーと』が『大好き!』って意味なんでしょう?」

「ええ、まぁ……たしかにそうですが……」

「なので私、『斜堂さんのお料理大好きです!』っていう日頃の感謝を込めてみたんです! どうです? 初めてにしてはなかなかだと思いませんカ?」

 彼女なりの想いが少し不格好に描かれた料理も、さすがこの墓乃上、と聞き慣れた幼い自画自賛すらも、今目の前に、今ここにある全てが可愛らしくて、思わずにやけてしまう口元が恥ずかしい。
 大人ぶってそれを片手でさりげなく隠す仕草は無意識なのだが、それでもうまく隠しきれなかったようだ。

「斜堂さん、気に入ってくれましたカ?」

「……ええ、そうですね。食べるのがもったいないな、って思います」

 このハートをスプーンで崩して、そのまま食べきってしまうなんてもったいないが……ああ、そうだ。この手があったな。

 斜堂は手元のスマホのカメラを立ち上げ、墓乃上からの感謝の気持ちがでかでかと描かれた一皿を写真に収めた。

「斜堂さん、なにしてるんです? いい加減冷めちゃいますヨ?」

「……そうですね。それじゃあ一緒に食べましょうか」

「ええ!」

 両手を合わせ、声を合わせ、「いただきます」と一礼してからスプーンを持つこのふたりに、生者と死者、室町時代生まれと平成生まれというあまりにも深すぎる溝なんて関係ない。

 好きな人が作ってくれる食事がなによりも大好き、というその気持ちと、それを改めて伝えてくれたことが嬉しい、という気持ちの間に、そんな空虚で虚しい溝なんて存在しないのだ。

「……あ、墓乃上さん、」

「はい、なんでしょう」

「ご自分のやつにはケチャップかけないんですか?」

「あ、忘れてましたネ……よいしょっと、」

 またハートとか描くのだろうか……いや、普段はよく猫を描いているし、猫とかかな……なんて微笑ましく見守る斜堂とは反対に、再度ケチャップが入ったボトルを握った墓乃上は淡々としたものだった。

 可愛いどころかなにかを描く様子はなく、適当な手付きで縦一文字にかけたかと思えば、それをそのままスプーンで崩しながら食べていく――「……あの、墓乃上さん?」

「ハートとかは……」

「『はーと』? それならさっき描いたじゃないですカ」

「そうですけど……ご自分のやつには描かないんですか?」

「え? 今から食べちゃうのにですカ?」

 よく分からない、といった様子でオムライスを口にし、一口飲み込んだその幼い顔が答える。

「そんなことわざわざしなくても、斜堂さんのお料理はとっても美味しいですヨ!」

 美味しい、美味しい、と頬張りすぎてリスみたいになっている彼女の嘘偽りのない笑顔と言葉に嬉しくなるが、斜堂はそれとは別に「やっぱり、」と内心思うものがあった。

 墓乃上さん、たぶん動物やキャラクターが描いてあったり、可愛い形になっていても遠慮なくそのまま食べちゃうタイプだな……。

 ……反対に考えれば、そういう見栄えには無頓着な子が、わざわざ自分のために覚えたてのハートを描いてくれるなんて……少し恥ずかしいが、自分はかなりの幸せ者らしい。

 写真に収めた愛情表現を噛み締めながら、スプーンで崩しながら食べる斜堂のスマホのロック画面――買ってから一度も変更していない、なんとも味気のない無機質なグラフィックだったが、この後すぐ「墓乃上がケチャップでハートを描いてくれたオムライスの写真」になるのだが、描いた張本人の悪霊はそんなこと知らず、「この赤飯は具だくさんでいいですねェ」なんて感動していた。

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