【現パロ】大学生の斜堂さん+座敷わらし少女「お座敷暮らし」
――あ! せんせー、やっと見つけましたヨ!
ろ組のみんなが心配してましたヨ?
まったく……今度はなにがあったんです?
……なるほど。で、嫌味言われたのを思い出してまーた授業止めちゃったんですカ。
……まぁ、たしかにせんせーの神経質で暗い性格は直らないと思いますけど、別にそれでもいいと思いますけどねェ。
私のこの南蛮訛りも全然直りませんし……結局、誰になに言われようが開き直っちゃうのも有りだと私は思ってます。
それに安心してください!
もし例えせんせーがどんなに嫌なことを言われようが、その分、私がせんせーの良いところをうんと並べて教えてあげますヨ!
……ああ、ほら、ろ組のみんなが呼んでますヨ。
あの子たちはせんせーのそういう性格、嫌いじゃないからああやって笑ってくれるんですヨ。
ええ、もちろん。この墓乃上も同じですヨ?
他人になんと言われようとも、私はせんせーのそういうお人柄、なによりも大好きなんですから。
「――えっ、いや、今から……? それはちょっとなぁ……」
箱に仕舞われたかのような狭い空間、真っ暗な空間――古いアパートの一室にある押し入れの中。
そこに住み憑いている幽霊、墓乃上は眠りながら追っていた夢がぱちんと脆く弾け消え、それを見ていた、という記憶すらほぼない寝ぼけた頭でひとつあくびをした。
誰かを探して……ああ、強い日差しを遮るよう風に揺れる木陰で、たしか誰かと話していたような気はする……が、虫食い状態になっている記憶ではまともに思い出せない。
それになんだか閉じた襖の向こう側――この部屋の家主、斜堂が誰かと話している気配がする。
自分が押し入れで眠っている間は、大抵部屋の掃除をしているか本を読んでいるか、という大人しい人間なのだが、ちょっと聞き耳を立ててみれば言い合っているようにも聞こえる。
なんと珍しいことか――会話の邪魔にならないよう襖をほんの少しだけ開け、どうしたことかと彼を見てみる。
「――そう言われても、ボクは別に困ってるわけじゃ……いや、そうじゃなくて……」
耳元になんでもできる板、「スマホ」を当てて話している様子から、誰か遠くにいる人間と話しているのだろう、とは察したが、なにやらあまり良い流れではなさそうだ。
「――あっ、いや、だから今来られても困るって……」
家主の必死な拒否も虚しく、「通話」とやらは打ち切られてしまったらしい。
ただえさえ日頃から青白いのに、さぁっ、とより血の気が引いた色で押し入れに振り向くその顔と、ようやく本日目が合う。「――斜堂さん、」
「なにかあったんです?」
「墓乃上さん……なにかどころじゃないですよ、緊急事態です」
「緊急?」
「私の親戚……従兄弟も東京に住んでいるんですけど、」
「ど?」
「今からそっちに遊びに行くわ、と押し切られてしまいまして……ああもう、昔から変わんないんだからあいつ……」
そう頭を抱えては良くない方向に記憶が引きずられたのか、ぶつぶつと文句のような、恨みのようななにかを呟いている家主を前に、墓乃上は最近読んだ本で覚えた「トラウマ」という単語を思い出していた。
「その従兄弟さん、この長屋の住所知ってるんです?」
「ええ、ご丁寧に叔母が教えちゃってるみたいです」
「あらら……ああ、ならいい方法があるじゃないですカ」
「いい方法……?」
「私が霊感を使って悪霊とかを見せて、追い出しちゃえばいいじゃないですカ!」
そう明るく答える幼い顔に、あ、と思い出す。
ああ、そうだ。そういえば前に家にしつこい宗教勧誘が来た時、彼女はその方法で見事に撃退してみせたのだが――「いえ、」
「墓乃上さんには申し訳ないですが、今回はそういう荒っぽいことはしないでください」
「なんでです!」
押入れから這い出ては斜堂を見上げ抗議する幽霊に、斜堂はなんと説明してやればいいかと暫し思案する。
そっちに行くから、と無情にも強引に話を進められてしまったとはいえ、人が来るならある程度は片付けておかないと……と、斜堂の人格に染み付いている几帳面さがてきぱきと積んだ本などを片付けながら墓乃上へ答えを聞かす。
「今から来る彼は所謂スピーカー……まぁ、なんでもかんでも誰にでも話を大げさに言いふらすような奴なんです。そんな奴に『影麿は幽霊に取り憑かれている事故物件に住んでいる』なんて言われたら、叔母どころか私の母や祖母にだって心配されかねません」
なので今回は穏便に、何事もなく、平和的に済ましたいんです。いいですね?
普段はあまり強く主張することのない斜堂が切羽詰まった様子で念を押してくるその姿に、彼とは友好的な関係を築いている悪霊は小さく頷いた。
「じゃあ私は押し入れでまた寝てますので……終わったら起こしてください」
渋々、といった様子だが、なんとか話はちゃんと聞いてくれたようで一安心した。
が――掃除をする手が、墓乃上が気ままに絵を描き、または頑張って読んでいる本や斜堂から教わった言葉を書き残すために使っているスケッチブックやキャンパスノートに触れ、まさに電流が流れたかのように斜堂はとんでもないことを今更、ようやく自覚した。
――男ひとり暮らしの部屋なのに、墓乃上のために買った女児向けの可愛らしい色と絵柄のお茶碗とお箸のセット、湯呑、お弁当箱、水筒、本や玩具、小さくリボンがついたハンカチ等が平然と馴染んでいるこの部屋は、なにも知らない他人から見れば異常そのもの!
いや違う、これには訳があって、と言ったところで、じゃあその訳とやらはなんなんだ、と訊かれても困ってしまう。
幽霊の女の子と同居しているだけなんです、と正直に言ったら、ほぼ無条件に精神科へドナドナされるコースだ。
おまけに幼女趣味の男、という最悪なトッピングを乗せて。
「――まずい、」
今度の古紙回収の時に出そうとベランダにまとめておいた段ボールのひとつを取り、引っ越しの際には大変お世話になったガムテープでそれを再度組み立て、「段ボール箱」になってもらう。
そしてそこへ墓乃上の私物を片っ端から放り込んでいく。
彼女の存在そのものが悪いように扱っていること自体には申し訳ないという気持ちもあるが、だからといって従兄弟、という名前ばかりの無神経な他人に知られてはまずいのだ。
「墓乃上さん、墓乃上さん、すみません、開けますよ」
ついさっき寝ると宣言したところ悪いが、閉じたその襖に呼びかけるとまだ寝付けていなかったのか、はい、という返事ひとつとともに襖が内側から開く。
「なんでしょう?」
「これ、墓乃上さんの荷物です。すみません、ここに隠させてください」
なんとも古風な二段式の押入れの内、上段は斜堂が使う布団やらなんやらが置かれているが、墓乃上が寝る下段にはさほど荷物がないため、今斜堂が抱えている荷物を隠すにはもうここしかないのだ。
そもそも墓乃上は幽霊なのだから、押し入れに荷物が溢れんばかりに詰まっていようが関係なく眠れるのだが、人が良すぎる斜堂はなるべく下段には荷物を置かないようにしていたのだ。
強いて言うなら趣味で集めている本が詰まった衣装ケースくらいしかなかった下段に慌てて荷物を隠すその様子に、墓乃上は思わず頭を下げていた。
「あの……なんか、色々とすみません……ご迷惑おかけして……」
「え? ああいや、墓乃上さんは気にしないでください、墓乃上さんはなんにも悪くないんですから……でも流石に幽霊の女の子と暮らしてる、っていうのがバレちゃうのは色々と大変なことになっちゃいますので……」
斜堂がそう口にした時、ちゃぶ台の上に置いてあったスマホへ通知が一件ぽんっと明るく鳴った。
読書日和の涼しい週末、昼下がり――最悪なイベントが強制スタートしようとしていた。
――今アパートの前着いたけど、部屋番号なんだっけ?
そう表示されるメッセージに斜堂は返信を打ちながら腹をくくるとともに墓乃上を見ると、もう既にその押し入れの襖は二枚貝の如く、静かにぴったりと閉まっていた。
*
「――てか会うのめっちゃ久しぶりじゃね? 前会ったのは……なんだっけ?」
「たしか……林野おじさんの三回忌」
「ああ、そうそう! じゃあ三年ぐらい前か、いやぁカゲは昔から変わんねぇなぁ」
正しくは四年前だけど……とは思うが、別に彼は正しい情報なんて求めていないのだ。
明るく染めた髪、耳元を派手に飾るピアスに、斜堂からすれば鬱陶しい香水の香り――共通点は同じ年齢、という点しかない対極的な彼は、いつだって適当な感覚で、大雑把に、それでいて楽しく話せればそれでいいのだ。
しかしなんでわざわざ自分のところに来たのか……気が合わないことぐらい、彼のほうだって分かっていると思っていたのだが。
「急に来るなんてびっくりしたよ、どうしたの?」
何気ない質問の皮を被せたちょっとした嫌味を投げかけるも、そもそも彼にはそれを察するようなメンタルがないのだろう。悪びれる様子ひとつなく笑顔で返事される。「驚いた?」
「サプライズだよ、どうせカゲのことだから暇してるかと思って」
ああ、まったく、なんて最悪なサプライズなんだ!
そもそも自分が相手の家に上がり込む、という行為(しかも今回はかなり強引に)が、相手にとって喜びと非日常感を与える「サプライズ」だと思い上がれるその自惚れた思考も理解し難い。
正しく言うならば……ああ、そうだ、「テロ」だ!
「暇している」?
時間さえあれば誰かと出かけて派手に飲んでいるような彼から見れば、たしかに自分の生活は枯れているように思えるかもしれない。
しかし自分はそんな平和で、静かで、騒がしい人間に邪魔されることのない日常に満足しているのだ。
地元にいた時はなんだかんだと顔を合わせる機会も多くてうんざりしていたが、まさか東京に来てまで落ち着いた時間を邪魔されるとは……。
「なぁカゲ、お前東京来てからどっか遊びに行った? 渋谷とか新宿とか……オレ今夜行くんだけど一緒に来る?」
「渋谷はないけど……新宿には本買いに行っただけ。……それに明日はバイトあるからやめとくよ」
「本ねぇ……相変わらずって感じだなぁ」
斜堂の背後、襖の前に積まれた数多の本を見るその目に内心斜堂は焦る。
このいい加減で、無神経で、軽率な男は、平気で人の本棚を漁るような奴なのだ。
年頃にありがちなやましいことなど一冊も持っていない身でも、その振る舞いにはかなり困り苛ついた過去もある。
今ここに彼がいる空間、自分が茶を淹れようかと少しでも席を立ったらあの押し入れを、襖を開けられてしまうんじゃないかという恐怖もある。
きっとその行動に大した意味など彼にはないのだろう。
なんとなく気になったから、というどうしようもなくくだらない理由で、他人の本棚に、押し入れの襖に手を伸ばすような奴だ。
そんな斜堂の軽蔑も恐怖も知らない、分からない従兄弟はのんきな顔で、コンビニで買ってきたのであろうエナジードリンクのプルタブを開ける。「――あのさぁカゲ、」
「そんなに本読んでたってモテないぞ? せっかく東京に住んだんだからもっと遊ばないと損じゃね?」
ああ、ほら、また始まった。
そんなんじゃモテないだの、彼女を作れだの、飲み歩いて夜遊びをしろだの、なんで一方的に説教のようなことを言われなくてはいけないのだろう。
「いい加減そのオバケみたいな長い髪も切ってさぁ、イメチェンしたらけっこうモテると思うんだよなぁ……あ、オレの連れにさ、渋谷で美容師やってる奴いるんだけど、」
「そう言われても……さっき電話でも言ったけど、ボクは別にそういうことで困ってないし……」
「困ってない、って……まさか彼女いんの?」
「いないよ、興味がないっていう意味」
「はぁ~……昔から変わんねぇな、その真面目ちゃんすぎるところ」
オレはお前のことを思って言ってんだよ?
品に欠けるケミカルなエナジードリンクの香りとその遠慮のない、上から目線極まるおせっかいに思わずため息が出てしまう。
斜堂には理解し難いが、彼のように常に誰かと楽しく繋がっていないとたまらないような人種は時折、気まぐれで斜堂のように内向的な人間にちょっかいをかけてくる時がある。
それが自身より下に見ている人間を見て安心したいという心理からか、それとも今目の前にいる従兄弟のように、自分が悦に入るために求めてもいないアドバイスと説教をしたい、という心理からなのか、斜堂からすれば本当に心の底からどうでもいい。
さっさと静かに、穏やかに過ごせる時間が戻ってきてほしいだけなのだ。
「だいたいさぁ、お前は暗すぎるんだよ。遊べるのなんか若い内、今だけなんだから遊ばないと」
「……そうだね」
「あとその服もダサいな、どこで買ってんの? ユニクロ?」
「そうだよ」
「ユニクロでももうちょい良い組み合わせあんだろ……インスタとか見てる? 流行ってる服真似すれば? 顔は悪くないんだから」
「……そうだね、そうするよ」
「そのいかにも友達いないです、って顔じゃあモテないんだから、もっと明るくなろうって。なぁ?」
「そうだね、」
ああ、ほら、やっぱりこうなる。
わざわざ家に来るなんてなんの用かと思えば、単なるストレス発散――殴り返すどころか、文句のひとつも言わない日陰者というサンドバッグに会いにきただけらしい。
こうなったらもう言い返すだけ無駄だ。
サンドバッグになんて言ってやろうか、と夢中になっているおめでたい頭相手にいくらこちらの気持ちを伝えても、そもそも最初から届くわけがないのだ。
いちいち苛立って、怒って、感情的に言い返していくほうが面倒だ。
現に今、適当に頷いて受け流しているだけでも勝手に話が進んでいく。
そうだね、そうするよ、という無難な相槌を丁度いいタイミングで言い、相手が存分に話して満足したらようやく終わる……きっとこの世で一番最低最悪なリズムゲームかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えながら聞いている内、段々と説教の物言いが少なくなってきた。
「――あれ、もうこんな時間か、」
そろそろ夜の頃合いを感じる時間。
そういってスマホを見るなり帰り支度をするものだから、きっとこれから夜の街に遊びに行く相手からなにかしらの連絡でも来ていたのだろう。
「じゃあなカゲ、オレもう行くわ」
「……そう、気を付けてね。ああ、あと叔母さんにもよろしく」
「おう、あー、あとお前明日から頑張れよ、イメチェン」
適当に話を受け流しすぎたのか、彼の中で斜堂は明日から髪を短く切り整え、インスタを参考に服をユニクロではないブランドもので揃え、適度に筋トレをしつつ、その上でマッチングアプリと相席居酒屋、ついでにナンパで彼女候補を探すことになっているらしい。
絶対にやらない。
蛍光ピンクが目に痛い厚底のスニーカーを履くため、玄関で靴紐を結ぶのに屈んでいるその背を見下ろす。
なんかあればいつでも連絡していいからな、と兄貴ぶった台詞に対し、ありがとう、とこれまた無難かつ無感情な言葉を返したその時だった。
「――ふざけるなよ、」
背後から聞こえた低い声に思わず振り向く。
押入れの中で静かに、物音ひとつなく眠っていたはずの墓乃上が廊下に立っている光景に、斜堂は思わず驚きの声を上げてしまう。
「はっ……!」
墓乃上さん! と言いかけてすぐに口を閉じた斜堂に、靴を履き終えた彼が首を傾げる。「ん?」
「どうした?」
「あっ……いや、その……む、虫が飛んでたからびっくりしちゃって……」
「ああ、そういやカゲ、昔から虫嫌いだもんな」
「そ、そうだね……」
従兄弟には墓乃上の声も、姿も見えていないらしい。
男が虫ぐらいでいちいち騒ぐなよ、とさり気なくこちらを馬鹿にしつつ笑うそれに、再度墓乃上の殺気立った声が重なる。「貴様……」
「悪霊のお気に入りに散々傷つけといて……タダで帰れると思うなよ」
そう怒る口元、いつもは可愛らしく見える八重歯がまるで牙になったかのような気迫に、その白い右腕がぱちんとひとつ指を鳴らそうと上がる動き――まずい!
「そ、そういえば友達、もう待ってるんじゃない? 早く行ってあげなよ」
強引だがそう急かしてやると、彼は再度スマホを見ては「ほんとだ、あいつもう来てるわ」と呟き、それじゃあな、となんとも気楽な様子で出ていった。
アパートの階段を下ってく足音が遠くなるのを聞き、ようやく、ようやく災難が去ったと思いきや、今度は怒れる同居人から強く問われる。「――なんでです!?」
「なんで逃しちゃったんですカ!? あんなに言われっぱなしでいいんですカ!?」
「墓乃上さんのほうこそ……今回はなにもしない、って話だったでしょう?」
「あんな人、うんと痛い目見してやらないと! 私ならそれができるんですヨ!?」
そう言い張る彼女の激しい口調に戸惑ってしまう。
普段は決して言いつけを破ったり、こんなふうに激昂するような子じゃないのに――少し、いや、かなり様子がおかしい。
*
「――私、押し入れの中で全部お話聞いてたんです!」
招かれざる客はもう帰り、もう隠す必要がなくなった墓乃上お気に入りのマグカップにお茶を淹れてやるも、いつもは嬉しそうに笑う口からは未だ強い怒りが出てくるだけだ。
ちゃぶ台には従兄弟が置き忘れたエナジードリンクの缶が置きっぱなしになっていたが、それを潰そうか、という手付きで握ろうとするその手荒な様子はただごとではない。
「お供え」していなかったためその小さな手は缶をすり抜け、実際握ることはできなかったが、それすらも腹ただしいと眉間に皺が寄る。
「あの人、ずーっと斜堂さんのこと馬鹿にしてたじゃないですカ!」
「ああ……あれはいつものことですよ、」
「いつも!? だったら尚更私が……」
「あの……墓乃上さん、少し落ち着きましょうよ。私は別に気にしてないんですから」
「気にしてない、って……なら、なら誰が斜堂さんのこと、守ってくれるんです?」
ちゃぶ台を挟んで真正面、見慣れたその大きな瞳にあった怒りが一転、小さく呟くその言葉とともに下を向く。
「気にしてないなんて言ったって……言われて嫌なこととか、色々、本当は感じるはずなのに、そうやってご自分の気持ち、守ってあげないなら……誰かが言い返して、守ってあげなきゃって、」
「だからって……墓乃上さんが本当に悪霊みたいなこと、する必要はないんですよ?」
「でも……」
ああ、なんて情けない。
てっきり彼女が怒っている理由は、彼の鼻にかけた態度が、物言いが気に食わないからだとばかり思っていた。
が、話を聞いてみたらなんということだ。
すっかり卑屈になり、まともに言い返すことも、怒ることすら面倒だと逃げている自分の代わりにその心を燃やし、未遂に終わったが、なにかしらの手を下そうとまでしていたのだ。「私は……」
「私、すっごく悔しいんです。斜堂さんがどんなに優しいか知らないくせに……あんなふうに好き勝手言われるのも、斜堂さんがご自分の気持ちをないがしろにしていることも、……もう死んでいるから、霊能力を使わないとなんにもしてやれない私も」
そう唇を噛み、ぽろぽろと泣き出した墓乃上は顔を覆い、悔しい、むかつく、ともうひとつ、ふたつ、感情をこぼした。
「……すみません。色々とご心配かけてしまって……墓乃上さんのお気持ちはとても嬉しいです、私なんかのために……ありがとうございます」
「私なんか、って!」
再度怒りをまとった声とともに強く睨まれる。
「なんで斜堂さんはそんなふうにご自分のこと、下げるんですカ! 私は……私は優しい斜堂さん『だから』守ってあげたいですし、ああやって馬鹿にされると本当にむかつくんですヨ! ……ああもう、なんで逃しちゃったんですカ、脅かしてやろうと思ったのに……!」
やけ酒ならぬやけお茶、といった感じで勢いよくお茶を飲んではそう憤る彼女を前に、思わずその黒髮が綺麗に整った頭を撫でようと手が伸びそうになった。が、止めた。
彼女は生者である自分のために泣いてくれるのに、自分は死者である彼女へ指ひとつ触れることができない。
目の前にいるはずなのに、どうしようもなく超えられない境界線があるというのに、墓乃上はそんなことどうでもいい、構わない、とばかりにこちらを見てははっきりと宣言するのだ。「――私、諦めませんヨ、」
「誰がなんと言ったって、その分、私がたくさん斜堂さんの良いところをうんと並べてやるんです。それだったら……わざわざ力なんか使わなくても、いくらだってできるんですから」
他人になんと言われようとも、私は斜堂さんのそういうお人柄、なによりも大好きなんですから。
真っ直ぐな目に力強く断言する堂々とした表情に、いくら傷が増えても仕方ないのだ、いくら悪く言われたって当たり前なのだから、と半ば麻痺していた心が強く揺らされる。
――ああ、なんでこんなにまで他人を想ってやれる良い子が、こんな若さで死んだのだろう。
なんて無情で、理不尽で、それでいて救いがないのだろう。
「……墓乃上さんは凄いですね。いつだってはっきりした態度ですから……嫌なことから無理やり引っ張って助けてくれる、そんな感じがします」
曇っていた浮かない表情からようやく、普段の穏やかで柔らかい声と笑みになった家主を前に、待ってましたとばかりに悪霊は食いつくのだ。
「ええ、だって斜堂さんはいつだって礼儀正しくて、作法も綺麗で、色々知識が深くて、勉強の教え方がとても上手だから分かりやすくて、えっと、それから……ああ、でも悔しいですけど、さっきの嫌な奴が言っていた中で、ひとつだけ同意したいこともあるんですよネ」
「へぇ、なんでしょう」
「……『顔は悪くない』ってところ……」
さっきまでは己の自慢を誇るかのような態度で色々と斜堂の長所を並び立てていた墓乃上が、彼から視線を逸し小さく答える。
「あいつに言われても嬉しくはないですが……その、墓乃上さんから言われるとちょっと恥ずかしいですね」
「だって本当ですし……」
墓乃上という少女を相手にしていると実感することが多いが、子供というのは本当に感情の転がり方が派手だ。
さっきまでは悔し涙を隠すために顔を覆っていた手が、今度は言ってから恥ずかしくなっていしまったのか、少し赤らんだ顔を隠そうとする。
そんな彼女から言われる励ましも、褒め言葉も、その態度も全てが微笑ましくて、もうすっかり嫌味を好き勝手言われていたことなんて心底どうでもよくなっていた。
「……墓乃上さん、」
「はい、」
「私のこと、守ってくださりありがとうございます」
まるで守護霊、ってやつみたいですね、と何気なく言うと、それは違う、とすかさず訂正が飛んでくる。
「私は悪霊ですヨ、守護霊だなんてとんでもない……現に私は、さっきの奴に嫌な幻覚を見せてやろうとしていましたし」
「どんな幻覚です? また悪霊とかですか?」
「いえ、それだと色々と騒ぎが大きくなってしまいそうでしたので……結んでも結んでも、いくら結んでも延々と靴紐が結べないような幻覚でも見せてやろうと思いました」
「それは……」
それはちょっと見たかったですね、という苦笑とともに、斜堂はどうでもいい奴が置きっぱなしにしていったエナジードリンクの缶を軽く握り潰しては、彼に言われた無神経な言葉も捨てるようにそのままゴミ袋へ放り込んだ。