01 行くぞガラル地方!数多の出会いと繋ぐ願い
名前ーイズー
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ぽかぽかした陽気欠伸をかみ殺していると徐々に人が集まり始めて隣同士で会話が飛び交う。「おはよう」には「オハヨー」と返して、大きく開かれた窓からいつもと変わらない景色を眺めてると、教材を机の中にしまい終えた前の席の子が昨日のテレビの話題をふってきた、私も同じく見ていたからお互い好きな芸能人とか面白かった内容を喋っていると、時間ギリギリに表れた隣の席の子が息を切らしながら席に着き机に伏す。いつも通り挨拶を交わしてもっと余裕を持ってくればいいのにと何度も零すけれど、うるせーと返される。横目で見ていると、後ろに備え付けられたドアの窓からこちらへ向かう人影を目に留めるが、何度と経験しても浮き立つ心、未だに室内は賑わっている。
影が消えてすぐ前のドアがガラガラと開き、皆一斉に気づいて急にしんと静まった。
いつも従兄のお兄さんに洞窟を出るまで送ってもらい数分で着くコトブキシティのトレーナーズスクール。一般的な教養も受けるけどこの日の一限目は授業は通い始めた私達が今後関わるだろうある生き物に関して。
「通称ポケットモンスターと呼ばれる不思議な生き物と共存する世界ですが、私達人は野生のポケモンをモンスターボールという特別な機械でポケモンを捕まえることが出来ますね」
少し白ばんでいる黒板には主張するため黄色のチョークでポケットモンスター(ポケモン)と書かれていた。
「皆はおうちでもポケモンと暮らしていたり、人と協力してお仕事をしている様子を見ていると思います。皆にとってポケモンはどんな存在かな?」
「ともだち!」
「かぞく!」
「かっこいい!」
私達が住む世界では10歳からポケモンを連れて旅に出ることが出来る。
それまではポケモンに関して学び、旅に出るための知識を養う。
先生は生徒の発言を逐一黒板に書き留めるとキリが良いところで切り上げた。
「わぁ、みんな沢山発言してくれて先生嬉しいわ!
例えば旅のパートナーとして最初にもらえるポッチャマ。全体的に丸くて可愛らしい見た目だけど、進化したエンペルトはきりっとした表情で体も大きくなってかっこいいし、もし一緒にいたなら安心できるような気がしない?」
「するー!」
生徒の返事が合唱し先生はうんうん頷いた。
「私たちが大好きなポケモン、身近にいたりここから遠いところに住んでいたり、世界には沢山の研究者がいて今じゃ800種類近くにものぼります。大小さまざまで色も違う、多種多様なポケモン達、皆が此処で沢山のことを勉強するのは、皆が捕まえたポケモン達と仲良く楽しく過ごすためです。
さて、これまでいろいろ勉強してきたけれど、今日は皆が目指す姿について考えてみましょう」
大分幼い時の記憶だ。入学したての頃に初めてのグループワークをした授業。
お題はなんだっけ……そう、ポケモントレーナーについてだ。
世界にポケモンが知れ渡り、進化の条件を知ることが出来るのはポケモン博士、研究者がいるから。世界には中々人目に付きにくいところに生息したりその数が少ないことも明るみとなっていて密猟者も少なくない。非道な手からポケモン達を救うためにポケモンGメン、ポケモンレンジャーといった組織もある。それから技で魅せてポケモンの魅力をアピールするポケモンコーディネータや、ポケモンに愛情を育てるポケモンブリーダーがあるけれど、ポケモントレーナーは人とポケモンの信頼を深めバトルで高みを目指す存在。
誰しも強い存在になろうとする、シンオウ地方にもポケモンバトルのチャンピオンがいて、ポケモントレーナーはその存在に憧れて努力する。私もまごうことなく、その一人だった。
ポケモンとトレーナーの絆を深めながら高みを目指す中でその道は様々だけど、その一つでポケモンバトルを極める人が辿るのはポケモンリーグ。数多の挑戦者がジムリーダーという実力者8人に勝利することで決戦の場へやっと駒を進めることが出来る。そして四天王と呼ばれる砦を超えた先には、強大な力を携えてチャレンジャーを待ち受けるポケモンリーグチャンピオン。
基本ジム戦では一対一の戦い、観客はおらず静寂の中でバトルが始まるが、誰もが熱狂し結果を待ちわび、白熱した戦いが佳境を迎えれば会場全体が一体化したように歓声も息遣いも衝撃も耳に馴染む。
でも、私が伸ばし続けてきた手が届くことは無かった。
本当に掴もうとしていたんだろうか、誰もが夢見て努力し考え信頼を形にするというのに。
切磋琢磨し、背中を押されて遂に立った舞台で、願い続けたものをかなえようとしている最中に私は場にそぐわないことを思い出した。
ポケモンバトル自体、トレーナーのエゴで傷つけているだけだ、自己満足であるとそう主張する者がいないわけではない。むやみやたらに傷つけるのであればそれはポケモンに対する虐待だ。破壊、と同意。
だから私は、指示を出せなくなった。
夢を目前にして、大衆の前に立つことが怖くなった。
残酷な描写が脳裏に幾つも過り、私も同じことをしているのだと思ってしまって。
頭が真っ白になった私が最後に見たのは、長年付き添ってくれたパートナーが指示を仰いだ隙をつかれ、鋭利な鎌が振り下ろされた瞬間。
意識を失い地に伸びたパートナー、対する相手は仁王立ちで貫禄を見せつけていて。
最後の最後まで離別することが叶わなかった。夢の舞台まで駆け上がれたのに、その場所に絶対経とうと約束しあった家族同然のポケモン達を、私は、裏切ったのだ。
*
寝起きは髪が爆発する、毛先があっちこちに跳ねて櫛ですいても絡まることもしばしば、無理にやれば髪は傷むし抜けてしまうからスプレーを吹きかけ丁寧に梳かしていく。
真っ直ぐにそろった髪を再度確認し、洗面台を後にしようとしたら調度ソニアも起きてきたみたいでばったり会った。
「ソニア、おはよう」
「おはよう、早いわね。昨日あんなに手伝わされてたのに」
「疲れたからか早く寝つけてそのままぐっすり眠れたの。それに今日、いつ来るか分からないし」
「今日何かあったっけ?……て、そうね」
ソニアは思い出したようだったけど、一度部屋に戻ろうとした私をしっかりホールドして私はまた洗面台に向き直る。
「ソニア?私一回部屋に…」
「まだ来てないんだから大丈夫よ。それにやるにしてもきっとあそこでしょう。それならちょっとぐらい時間あるわよね」
マグノリアさんの家に滞在している間、私はソニアさんたちが買ってきてくれたものを有難く使わせてもらっている。財布も見つかったし何らかの形で返すと伝えればそんなことはしなくていいから無茶をするなと釘を刺されてしまった。今着ている服もソニアのおさがりだがお洒落なロゴが走ってて正直私に見合う気はしない。
鏡に映る自分をただ眺めていると、ソニアの手が私の髪を梳き始めた。少し冷たい指先が頭皮に触れて空気が入り込む、思わずビクリと肩が揺れた。
「ごめん!嫌だった?」
「いえ……髪触られるの慣れてないから…」
「そうなの?可愛いところあるじゃない。」
その手が止まることは無く、櫛を手にしては器用に髪を束ねていき肩甲骨辺りまでかかるそれは持ち上がり久々に首元がスース―したし、なんだか軽くなった気がした。そのまま何度か軽く引っ張られ結われていく。
「イズの髪長くて綺麗なんだから、もっとアレンジすればいいのに」
「あー、結ぶの得意じゃなくて」
「それならなんで伸ばしてるの?」
「なんか、切るのももったいないなーと思って、いつも毛先整えるくらいにしちゃう…」
「ふーん、……ほら、出来たわよ」
少し角度をつけてみると、後ろにまとまったそれはポニーテールになっていた。うなじの上に巻き上げられ髪ゴムで留められた先は均等に三つ編みがほどこされている。
「すごい…」
「それから、これもつけちゃお」
「え、それはいいよ!!ただでさえ似合ってないのに!」
「なによー、私の腕じゃ不満?すっごく似合ってるわよ」
真っ向から言われてしまえば照れてしまう、赤面した顔を隠すために顔を覆い下を向いた間にソニアは彼女がつけているハートの髪飾りと同じタイプの星を飾った。
「いいわね~、これでスカートは居てたら最高なんだけど……」
「スカートは絶対ヤダ!クロバットに乗るし」
「折角ガラルにいるんだからアーマーガアタクシー使えばいいのに」
「そのタクシー?もちゃんとみてないからやだよ…」
「はいはい、今日は妥協してあげるわ。ほら私も準備するんだから早く部屋に戻った戻った」
「引き留めたのソニアじゃん……」
調度その時玄関のベルが鳴る。朝を迎えてそんなに時間は経っていない、朝刊は既に受け取っているし、十中八九、あの人だろう。
「イズ—お客さんみたいだから出て—」
「はーい…」
廊下を歩く間大分気持ちが揺れていた。理由はダンデさんが昨日別れ際にした会話。
元々、好きなものは好きだ。シンオウ地方ではホウエン地方のようにポケモンコンテストも盛んだから、私の手持ちの中には着飾ることが大好きな子達がいながらも、競い合って自分を強くすることを好むポケモン達の方が多い。
それはきっと自分の意思である反面、私が強要したせいで定めてしまった未来なんだと思うし、二重に映る光景が目の奥に焼き付いて、玄関に辿り着いて開けるまで時間を食ってしまった気がする。
「おはよう!早速だが来てくれ!」
会ったら開口一番に言おうと口を開いた瞬間、まるでひまわりのように笑顔を咲かせたダンデさんは私の手を取って外で待機していたリザードンの背に乗せて、ダンデさんも後ろにまたがった瞬間飛び立った。いってきますも言えなかった。もはや誘拐のような俊敏さ、侮れない。
*
髪結んだんだな!似合ってるぜ!
全部、ソニアさんがやってくれたんですよ
そうなのか、じゃあ見たのは二人を除けば俺が初めてか?
……そうなりますね。
どうして、うれしそうなんだろう。
*
リザードンが下りた場所には一軒の大きな家が建っていた。人を攫うように連れてきた挙句不法侵入でもするんだろうか、と思ったけどここはダンデさんの実家らしい。お洒落な洋風の家、そして隣にはまさかのバトルフィールド。この人とんでもない人だな。
「リザードン、イズも気合を入れて来てくれたことだし俺たちもそれにこたえよう」
主人に答えるリザードンだったけど違う、そうじゃない。
ポケモンバトルに意気込んでこういう格好になったわけじゃない。全部借りたものだから、といっても意味はないから私はダンデさんに会ったら言おうと思っていたことを口にした。
「ダンデさん」
「どうした?あ、そうだよな話す暇があったらバトルだ。目と目があったら開始の合図———」
「そうじゃないんです。いや、ちゃんとバトルはするんですけど……」
口ごもる私に、ダンデさんは察してくれたのかうずうずしてるであろう心を抑えて聞く態勢をとってくれた。それを見て私の気持ちも幾分かは落ち着いて、歯切れは悪いけど何とか伝えられた。
「私、旅はしてるだけで、上を目指してるわけじゃないんです」
ダンデさんの表情は変わらない、寧ろさっきよりも引き締まって…いや私の身間違いか。
意識の奥で、ずっと気になっていたしこりがようやく理解できた。
世界を照らすお日様のように輝いた瞳は、まるで心を見透かすような、真っ直ぐで、あの日初めて会った時から逃げたくて、人の挙動に敏感になっている。
境界を敷いても、簡単に乗り越えてきそうな目に見えない不安。
最近また不安が膨れ上がっている、あの夢を見てから、ずっと。
逃れるように視線を地べたの方へ彷徨わせた私は上手く笑えていただろうか、作り笑いでも乾いたものでも、それなりの形になっていれば良い。自然と握り締めていた拳の中では揃えた爪が肉に刺さっていたけれど、対した痛みはないし視線から意識もそらせることができた。
「ガラル地方に来たのも、会ったことのないポケモンに会えると思ったからで、手持ちもクロバットしかいないし」
「ポケモントレーナーなら出会いを望むのは寧ろ本分だろう!新しい出会い。新たな仲間、冒険には未知のものが待ち受けているのだから。それに相棒が一匹というのは門出を祝すのにもぴったりだ。旅立ちの日と同じだもんな」
初心にかえるみたいでいいじゃないかと、ダンデさんは褒めてくれたのだと思う。でも私は、ダンデさんのいうようなトレーナではないんだ。
初めは一人で行くのも考えたけれどそれだとポケモンにあってもゲットできる確率は低いし、何よりクロバットがついていくと言って聞かなかった。たまには地元で友達とのびのびとしてていいんだよと言っても、クロバットと仲の良いドダイトスも連れてけって促してきたから一緒に来ることを決めた。
「私、そんな、立派なもんじゃないです。
今回の旅もクロバットが行きたいって言ってくれたから一緒に行くことにしただけで…ポケモン達が居なきゃ何もできないし、自分の考えも持てない、結局、此処へ来て色んな人に迷惑をかけてる…」
「イズ、そんなことは」
「私、何も変わってない」
不意にあの感覚がよみがえる。もう3年の前のことなのに。
土煙が晴れた先で湧き上がる歓声の中、ピクリとも動かないパートナーを前に、唖然と佇んだのは紛れもない私だ。全身の熱が指の先まで一気に冷えていく感覚、視界が歪み黒ずんでいく、耳朶を打つような自身の鼓動が酷く気持ち悪くて。
「みんな優しいから、受け入れてくれるし心配して声を掛けてくれる、それはとても心強いことだけど、それに頼ってばかりじゃ、私はいつまでも強くなれない……ずっと子供のまま!!」
「イズ」
ダンデさんが名前を呼んでくれたけど今の私には聞く余裕もなくて、感情をむき出しにしてしまう。
「頼らないと何もできないくずだったから私は守るものも守れなかったし、追い続けてきた夢を目の前にして怖気づいた!!努力しても、どうあがいても、たどり着けない……」
何度も同じ思いをしながら見ないふりをして歩き続けてきた。誰に何と言われようと大丈夫だと返して前に進み続けてきた。
だけど、逃げられないというように夢を見てから、突然忍び寄ってくる影がある。逃げて言い訳はない、だからこれは、目を背け続けた罰なのだ。
そう受け入れ、注がれる器に罅が入っていたことに私は気づかなかった。知らぬ間に決壊してあちこちに障害を及ぼす私は、害悪だ。
「私は———」
「突然すまなかった」
形振り構わず吐露してれば一気に視界が暗くなる。
どうして、一体何が、そう思った時、ふわりと私を包み込んでくれた大きくて重いあのマントの香りが鼻先を掠め、伝導する熱にゆっくりと顔を上げて私はやっと状況を理解した。
あれ、私、ダンデさんに、抱きしめられてる。
「え、あの、だ、ダンデ、さん?!」
「君の気持ちを知りもしないまま、話だけ進めてしまって」
混乱して爆発した頭でなんとか言葉を探し歯切れ悪くダンデさんの名を呼べば、彼の腕はそっと力を強め私は胸板に押しやられる。
ひゃああ、私が発狂したのが原因だけど、だからといってこんなイケメンに抱きしめられて正気でいられるかぁ。完全に火照り林檎のように真っ赤になったであろう顔をそろりそろりと持ち上げた両手で覆い隠す。
「ん、少し落ち着いたかな?」
「ひゃい、あの……近いです……放して下さい」
「そうだな、もう少しこのまま話そうか」
声が裏返り窄む中抵抗をはかったがあえなく延長戦をくらった。
顔面は熱が出たのかと思うくらい熱いけれど、落とされる声に動揺した心も激しく脈打つ心臓も落ち着きを取り戻して、私がちらりと目だけと指先から覗かせれば調度ダンデさんの視線とかち合って、彼は意地悪そうに歯を見せて笑っていた。
「意地悪ですね…」
「そんなことはないさ。……イズ、君がポケモンバトルを苦手とするなら決して無理強いはしない。
だが、これまで…といっても一緒にいられたのは2日ほどだけど、君の相棒に是非、俺の長年の相棒をぶつけてみたいと思ったんだ。あの日からリザードンはどうもクロバットのことが気になるようで、何処か興奮気味だ。きっとポケモンにしか分からない気迫やオーラを感じ取っているんだろうな。
そして俺も、イズの冒険心と無鉄砲さには興味がある」
「……馬鹿にされてます?」
「そんなことは無いぜ、それに無鉄砲なのは君自身がよく知ってるだろう?」
「それは…」
的射た回答に何も返せなくて口ごもる私を見て、クスクスと笑いを零したダンデさんは端麗で誰もが見返るような風貌、ポケモン達とばかりスキンシップを取っていた私には耐えられる免疫はない。取りあえずもう一度放してくれるよう頼めば、彼はやわらかく微笑むと背中に回していた両腕を緩めてくれる。徐々に熱が離れていく感覚に寂しさを覚えていれば、完全にほどけることはなく、ダンデさんの手はそのまま私の両肩にのったから私は彼の顔を見上げた。
「誰しも夢を抱き、追いかけ、到達するため努力を重ねることだろう。原石を磨けば輝きを放つ宝石のようにね。イズのクロバットは、トレーナーに忠実であることもそうだが、昨日君が危険な目に合ってることを誰よりも早く気づいていたんだぜ。多分君は分からなかったと思うが、水面に顔を出したイズを避けて技を放っていてナマズンの動きをとめてくれた。そうしてできた隙に君を助けることが出来たんだ。
それだけでも、イズとクロバットの間に深い絆が生まれていることが分かるぜ」
上位の人間は、絆とか関係とか、簡単に言うけれど、結局は実力なのではないかと思っていまう。、火事場の馬鹿力は奇跡でしかなくて自力のぶつかり合いで上手が勝利を掴むのだから。気持ちよりもその人自身の力なんでしょう?
「流石、チャンピオンになるとそのトレーナー出なくてもポケモンのことが分かっちゃうんですね」
私は、未だに分からない。負けたあの日から旅に出て沢山のことを学んだし出会いがあったけれど、私に必要なものは何なのか、答えを探し続けてる。
「私は逃げてるだけ、やるべきことから目を背けてるだけ。いつまでも迷ってる私はポケモントレーナーである資格はない。
ダンデさんには分からないでしょう?だってチャンピオンだもん、強いもの。望むモノを手にするための力を持っているんだから」
捲し立てている内に熱の集約した目尻から一粒、二粒ととめどなく涙が零れ落ちる。
情けない、情けない。ダンデさんにぶつけたところで自分の弱さは変わらない。他人に弱みをぶつけてるなんて、ましてや会ったばかりで、それこそ助けてもらってばかりのダンデさんに。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
泣くのはみっともないからソニアから借りた服だということも忘れて目元を拭おうと腕を持ち上げた時、そっと手が重なったからばッと見れば、目じりを下げて悲しそうに笑っていた。
「少し、話そうか」
バトルフィールドの近くには屋外でイベントをするんだろう、ガーデンテーブルとチェアがおいてあり、先導してくれるダンデさんは割れ物に触れる様にそっと私の腕を引いてくれた。机を挟んで2人掛けの椅子が2つあったのだが、いま私は一人奥に詰めて座っている、ダンデさんは飲み物を取ってくると言って家の中へ入っていった。
姿が見えなくなったのを確かめて椅子に座った途端項垂れた。最低だ、暫くすれば涙も引っ込み自分の行動を後悔した。
「落ち着いたか?」
声が降ってきて近寄る人影にこくりと頷けば片手に持っていた二本を私に差し出してくれた。「どっちがいい?」と聞かれて紅茶を手に取れば掌に広がる熱、ホットだ。ありがとうございますと言って受け取って両手で包み込む。反対側に座ると踏んでいたが何気なく隣に座ったため居住まいを正した。
「…ダンデさん、さっきは、ごめんなさい」
「謝るのは俺の方だ、踏み込みすぎてしまった。すまない」
「……ダンデさんは、全く悪くないです。私が、悪くて…」
目元に手を添えれば、あたたまった指先は火照りの取れた体温には調度良く気持ちがよかった。それからどう切り出すべきか迷ってると、ダンデさんが口火を切ってくれた。
「もうソニア達から聞いているか?ガラル地方のジムチャレンジについて」
「少し……スポーツのトーナメント戦みたいな感じなんですよね?八人にジムリーダーに勝つことでそこに進めるって」
「そう、ポケモントレーナーの卵であっても誰であっても挑戦できるジムチャレンジ、だがそれを勝ち上がっても今度は勝ち抜いたチャレンジャーを倒さないとチャンピオンが待つチャンピオンカップには勝ち進めない。年に一度の開催で併合して行われるから、各地のポケモンバトルはエンターテイメントとして楽しまれているんだ」
髪は後ろにまとまってるから、垂れて顔を隠してくれることは無い。ちらりとダンデさんを見やればどこか遠くを見上げていて、ふと視線を降ろしたから私も深く俯いた。
「俺はポケモンバトルを始めた頃、負けることの方が勝つことより多かった」
「え、今じゃ10年も無敗なのに?!」
「おい、イズ。俺のことを超人か何かと勘違いしていないか?」
「そんなことはないですよ、人だとは思ってます。…だってまず想像できないですし」
チャンピオンが負ける姿、それが過去の者であったとしても今ここにいるのは無敗を誇るチャンピオンダンデさんだ。どうも想像が難しい。
そんなことをしてる私の顔はおかしかったのだろうか、ダンデさんが隣で噴き出すように笑ったから「なんですか」って言えば「イズは面白いな」って。
「俺は負けてばかりで悔しかった……だから、強くなるためにどうするべきか、どうあるべきか、悩んで、真似して、考えた。それが実ってチャンピオンになることは叶ったが、誰もが支持するチャンピオンの重圧を知った時は、怖気づいたぜ。
世代交代というのは、新しい時代というとらえ方も出来るがこれまでの均衡が崩れた意味でもある。当然前チャンピオンを尊敬する人は俺を快く思わない、罵倒されることもたまにあった。
誰も望まない人もいる、期待を寄せる人もいる。そんな板挟みの中でも俺には夢があったんだ」
「夢、ですか?」
「ああ、ガラル地方のトレーナみんなで強くなること!
イズの故郷であるシンオウ地方、それからカントー、ジョウト、イッシュ、カロス、アローラ…世界には沢山の凄腕トレーナーが居て今この瞬間も切磋琢磨しているかもしれない。
そう思ったら、俺一人が強くなっても意味はない、誰もが知るポケモンバトルをさらにガラル中で盛り上げてさらに外へ広めたい。俺が強くあれば俺を追い越そうとする者も必ず現れる。
俺はその日が待ち遠しい、チャレンジャーの力を引き出したうえで叩き潰してこそチャンピオンという存在は際立つからな!」
「…ダンデさんってSっけありますよね」
「どうだろうな!わからん!」
いつの間にか上げていた顔はダンデさんの目とかち合うけれど、今度は逸らすようなことはしなかった。皆のことを想いガラル地方の未来を願っているダンデさんの夢は偉大なものなのに、かち合った彼の瞳はきらきらと輝いていつ来るか分からない世界を純粋に待ち続ける一人の青年のような気がしたからかな。
「イズはさっき、人とポケモンの関係性を理解できるのかと言ってたね。
勿論全てを把握できるわけじゃない、ポケモンの言いたいことを全て読み取ることは出来ないしな。
だけど、リザードンが俺の思いに応えてくれるように、イズのクロバットもイズを大好きだと思うからこそついて来てくれるんだろう、少なからず、彼がキミのことを大嫌いだとは思ってない」
ダンデさんの視線の先を追ってみると、長話を初めた人間たちに先行して思い思いに技を繰り出すクロバットとリザードンの姿が。たまに戯れる様子を見せながらお互いの良さを生かした戦い方が見て取れる。
「チャンピオンであり続ける以上、俺たちも特訓して鍛えているが、ああしてリザードンに後れを取らない動きをみるからに、トレーナーであるイズの育成が良いことも分かる。
イズはどんなことを考えながら、クロバットを育てたんだ?」
「あなたのポケモン、すっごくなついているわ!きっとあなたのことが大好きなのね」
どこかのポケモンだいすきクラブを訪れた時に進化前のゴルバットのなつき具合を見てくれたお姉さんが言ったことを思い出した。
旅が順調に進んでいたころの記憶だ。———こんな大切なこと、忘れてたなんて。
「…うん、あの子はズバットの時に羽を怪我していたから他の子より飛ぶのが遅れていたんです。それが響かないようにリハビリして進化後のことも考えて筋力をつけるようにして…クロバットの翼は足が発達して形成されるって聞いていたから。今じゃすっかり回復して凄く速いんです。ギ…とにかく早くて。だからエスバータイプのポケモン達にも錯乱しながら攻撃出来て」
「なるほどな、飛行タイプだからじめん技は聞かないし、スピードの向上は回避力にもつながる……なんだイズ、凄く考えているじゃないか!」
「でも、それで正しかったのかなって思うんです。皆別の未来があったはずなのに、私の考えで皆のなる姿を決めてしまってるから」
「…それなら、ポケモン達は嫌だと言ったのか?こんなことはやりたくないと」
「…多分、言ってはいないですけれど、本当はどう思っているか、私には聞くことが出来ないし」
過去の記憶をたどるが物忘れの激しい頭、今大事なことが思い浮かばずうんうん呻ってると、ポンと頭に何かがかぶさった、ダンデさんがその手を頭にのせてはねるようにして優しく撫でてくれている。
「これは結果論でしかないかもしれないが、確かに後から悩むことは沢山ある。ああしていればよかった。この時こうしていれば…と、生きる中で後悔が重なることは何度とある。
でもな、全てを否定してしまっては、今を楽しいと思ってるポケモン達は寂しいんじゃないか?」
「……寂しい?」
腑に落ちる、納得がいく、ダンデさんの言葉一つひとつが胸にストンと落ちてくる。
そっか、あの人の言ったこと、こういうことなのかな。
「イズは優しいんだ。ポケモン達を思いやる優しさがある。
だがその気持ちが強くなりすぎて、トレーナーとしての自分を振り返っては攻め立てている、一人で背負いすぎているんだ。
……イズは早く大人になりたいのか?さっき、そう言っていたから」
「……大人になりたいです。子供だから、全然強くなれないから」
「なるほどな……確かに大人は経験が豊富でその分知識が増える。昔の知恵と合わせれば俺らが知らない常識をぶつけることもあるからなぁ、厄介な相手だぜ。
じゃあ子供の利点は何だと思う?」
「え、なんだろ……時間があること、とか?」
「いいね、他には」
まるで先生のように続きを促したダンデさんを前にして、流石に焦った私は自然と腕を組み思考を巡らす。他にどういった返答がある?
若い?年齢的な問題?体が柔らかいとか?そんなの鍛えたり柔軟すればなんにでもなれるし。うんうん呻った私だったけれど明確な答えが出せずにいればまたダンデさんは面白おかしそうに笑っていた。
「一生懸命考えてくれてサンキューだぜ。
イズの答えはちゃんと正解に繋がっているよ。
実は俺はチャンピオンに就任してから、仕事が回るようになって休みはあるけど昔のような時間は作れなくなったんだ。
だから、君の世界はどこを歩いていても突けば開く宝箱のようなものなんだぜ。
何かに追われることなく熱中することが出来て、分からないことも尋ねたり調べることに制限はない。ポケモン達が居ればどこにでも飛んでいけるし、それこそ未知の出会いがあるかもしれない。
イズ、君には無鉄砲と言ってしまったけれど、無茶とするという意味をもつ」
「う…何度も言わなくても」
「それは裏を返せばどんなことにも立ち向かう勇気を持っているということだ。
試合の話は少し気になるところがあるが、俺が知ってる限りイズは大切なカバンの為に不慣れな土地でもあちこちを探しまわっているし、深さのある沼に潜ることも厭わなかったね。諦めてしまってもしょうがない状況で君は行動して見せた。
イズは俺から見ればまだまだ伸びしろがあって冒険心を持った女の子だよ。
決して弱くない、君の信念と愛をポケモンに注ぐ立派なポケモントレーナーだ」
ズキリ、胸の奥の痛み。だけど、それは私が抱えるべきこと。ポケモン達に向ける感情とは別物。フィールドで未だ遊んでいるポケモン達を目に留めたダンデさんはもう一度私に向き直る。
「そして君の育てたクロバットは、出会ったばかりで何を言うんだというんだと思うだろうけど、今を凄く楽しんでるように見えるぜ。それは、トレーナーにとってもすっごく嬉しいことだと思うが、イズはどう思う?」
私の返事を待ってくれているダンデさんの顔は酷く優して、雨に打たれる花のよう。
なら私はさっさとにほんばれしなきゃ。
「……私も、クロバットが、皆が、今を楽しいと思ってくれてるなら、嬉しいです」
返答を受けたダンデさんはまた花が咲いたように笑って見せてスクッと立ち上がった。
私も腰を上げようかと逡巡していると目の前に手を差し出される。
「人とポケモンは共通の言語がないから本意を読み取ることは難しい。だけど、互いの気持ちを察したり、支えあったり、その信頼は目では見えないもので繋がっているんだろう。
イズ。
もし君がいいのなら、俺は君にバトルを申し込みたい。一対一のシングルマッチだ。
君のポケモン対する愛や思いを是非俺にぶつけてほしい。引き出しの増えたキミに、俺のこれまでの経験がどれほど通用するか試してみたいんだ。キミたちの絆、見せてくれ」
融通が利かなそうな人だ、闘気がビリビリと伝わってくる。
すでにこちらを見下ろす目は笑っているけれど捕食者のそれに切り替わっている。
カッコいい容姿の奥底で見え隠れするのは、勝利を欲する獣の闘牙。
でも、今私の目の前で手を差し伸べているのはチャンピオンのダンデさんでも、話を聞いてくれたダンデさんでもなく、一人のポケモントレーナーであるダンデさん。
その手を取って立ち上がった私は、二まわりは高いだろうダンデさんを見上げて破顔した。
「買いかぶりすぎですよ。私、シンオウチャンピオンに負けてますし」
「なにっ、さっきの試合の話はあのシロナさんとの者だったのか?!ますますワクワクしてきたぞ!さあイズ、直ぐバトルフィールドへ!リザードン、クロバット、少し休憩したらバトルだ!」
軽く取っ組み合っていた2匹はダンデさんの言葉を理解しお互いのパートナーの元へ戻る。
「クロバット、大分遊んでたみたいだけど、体調はどう?これからバトルできそう?」
帰ってきた相棒に問いかければ問題ないというように宙返りをしてみせたクロバット、大きく口を開きキシシと笑っている。いつもより力強く私の周りを飛び回る姿を見て大丈夫そうだと判断した私はダンデさんに一声かけた。彼の方も問題ないようで互いに定位置に着く。
「相手にとって不足なしだ!イズ、良いバトルをしよう!」
「こちらこそ、胸を借りて精一杯頑張りますね」
心の奥底で扉を打ち付けるような音がして私は咄嗟に押さえつける。
忘れないよ。だけど今はこの戦いに身を投じたい。
久々に高揚して熱がこもる。グッと握りしめた拳は爪が刺さることが無い。
プレッシャーが抜けて体が軽い。今なら、私らしいポケモンバトルが出来そうだな。
▼バトル、開始!
影が消えてすぐ前のドアがガラガラと開き、皆一斉に気づいて急にしんと静まった。
いつも従兄のお兄さんに洞窟を出るまで送ってもらい数分で着くコトブキシティのトレーナーズスクール。一般的な教養も受けるけどこの日の一限目は授業は通い始めた私達が今後関わるだろうある生き物に関して。
「通称ポケットモンスターと呼ばれる不思議な生き物と共存する世界ですが、私達人は野生のポケモンをモンスターボールという特別な機械でポケモンを捕まえることが出来ますね」
少し白ばんでいる黒板には主張するため黄色のチョークでポケットモンスター(ポケモン)と書かれていた。
「皆はおうちでもポケモンと暮らしていたり、人と協力してお仕事をしている様子を見ていると思います。皆にとってポケモンはどんな存在かな?」
「ともだち!」
「かぞく!」
「かっこいい!」
私達が住む世界では10歳からポケモンを連れて旅に出ることが出来る。
それまではポケモンに関して学び、旅に出るための知識を養う。
先生は生徒の発言を逐一黒板に書き留めるとキリが良いところで切り上げた。
「わぁ、みんな沢山発言してくれて先生嬉しいわ!
例えば旅のパートナーとして最初にもらえるポッチャマ。全体的に丸くて可愛らしい見た目だけど、進化したエンペルトはきりっとした表情で体も大きくなってかっこいいし、もし一緒にいたなら安心できるような気がしない?」
「するー!」
生徒の返事が合唱し先生はうんうん頷いた。
「私たちが大好きなポケモン、身近にいたりここから遠いところに住んでいたり、世界には沢山の研究者がいて今じゃ800種類近くにものぼります。大小さまざまで色も違う、多種多様なポケモン達、皆が此処で沢山のことを勉強するのは、皆が捕まえたポケモン達と仲良く楽しく過ごすためです。
さて、これまでいろいろ勉強してきたけれど、今日は皆が目指す姿について考えてみましょう」
大分幼い時の記憶だ。入学したての頃に初めてのグループワークをした授業。
お題はなんだっけ……そう、ポケモントレーナーについてだ。
世界にポケモンが知れ渡り、進化の条件を知ることが出来るのはポケモン博士、研究者がいるから。世界には中々人目に付きにくいところに生息したりその数が少ないことも明るみとなっていて密猟者も少なくない。非道な手からポケモン達を救うためにポケモンGメン、ポケモンレンジャーといった組織もある。それから技で魅せてポケモンの魅力をアピールするポケモンコーディネータや、ポケモンに愛情を育てるポケモンブリーダーがあるけれど、ポケモントレーナーは人とポケモンの信頼を深めバトルで高みを目指す存在。
誰しも強い存在になろうとする、シンオウ地方にもポケモンバトルのチャンピオンがいて、ポケモントレーナーはその存在に憧れて努力する。私もまごうことなく、その一人だった。
ポケモンとトレーナーの絆を深めながら高みを目指す中でその道は様々だけど、その一つでポケモンバトルを極める人が辿るのはポケモンリーグ。数多の挑戦者がジムリーダーという実力者8人に勝利することで決戦の場へやっと駒を進めることが出来る。そして四天王と呼ばれる砦を超えた先には、強大な力を携えてチャレンジャーを待ち受けるポケモンリーグチャンピオン。
基本ジム戦では一対一の戦い、観客はおらず静寂の中でバトルが始まるが、誰もが熱狂し結果を待ちわび、白熱した戦いが佳境を迎えれば会場全体が一体化したように歓声も息遣いも衝撃も耳に馴染む。
でも、私が伸ばし続けてきた手が届くことは無かった。
本当に掴もうとしていたんだろうか、誰もが夢見て努力し考え信頼を形にするというのに。
切磋琢磨し、背中を押されて遂に立った舞台で、願い続けたものをかなえようとしている最中に私は場にそぐわないことを思い出した。
ポケモンバトル自体、トレーナーのエゴで傷つけているだけだ、自己満足であるとそう主張する者がいないわけではない。むやみやたらに傷つけるのであればそれはポケモンに対する虐待だ。破壊、と同意。
だから私は、指示を出せなくなった。
夢を目前にして、大衆の前に立つことが怖くなった。
残酷な描写が脳裏に幾つも過り、私も同じことをしているのだと思ってしまって。
頭が真っ白になった私が最後に見たのは、長年付き添ってくれたパートナーが指示を仰いだ隙をつかれ、鋭利な鎌が振り下ろされた瞬間。
意識を失い地に伸びたパートナー、対する相手は仁王立ちで貫禄を見せつけていて。
最後の最後まで離別することが叶わなかった。夢の舞台まで駆け上がれたのに、その場所に絶対経とうと約束しあった家族同然のポケモン達を、私は、裏切ったのだ。
*
寝起きは髪が爆発する、毛先があっちこちに跳ねて櫛ですいても絡まることもしばしば、無理にやれば髪は傷むし抜けてしまうからスプレーを吹きかけ丁寧に梳かしていく。
真っ直ぐにそろった髪を再度確認し、洗面台を後にしようとしたら調度ソニアも起きてきたみたいでばったり会った。
「ソニア、おはよう」
「おはよう、早いわね。昨日あんなに手伝わされてたのに」
「疲れたからか早く寝つけてそのままぐっすり眠れたの。それに今日、いつ来るか分からないし」
「今日何かあったっけ?……て、そうね」
ソニアは思い出したようだったけど、一度部屋に戻ろうとした私をしっかりホールドして私はまた洗面台に向き直る。
「ソニア?私一回部屋に…」
「まだ来てないんだから大丈夫よ。それにやるにしてもきっとあそこでしょう。それならちょっとぐらい時間あるわよね」
マグノリアさんの家に滞在している間、私はソニアさんたちが買ってきてくれたものを有難く使わせてもらっている。財布も見つかったし何らかの形で返すと伝えればそんなことはしなくていいから無茶をするなと釘を刺されてしまった。今着ている服もソニアのおさがりだがお洒落なロゴが走ってて正直私に見合う気はしない。
鏡に映る自分をただ眺めていると、ソニアの手が私の髪を梳き始めた。少し冷たい指先が頭皮に触れて空気が入り込む、思わずビクリと肩が揺れた。
「ごめん!嫌だった?」
「いえ……髪触られるの慣れてないから…」
「そうなの?可愛いところあるじゃない。」
その手が止まることは無く、櫛を手にしては器用に髪を束ねていき肩甲骨辺りまでかかるそれは持ち上がり久々に首元がスース―したし、なんだか軽くなった気がした。そのまま何度か軽く引っ張られ結われていく。
「イズの髪長くて綺麗なんだから、もっとアレンジすればいいのに」
「あー、結ぶの得意じゃなくて」
「それならなんで伸ばしてるの?」
「なんか、切るのももったいないなーと思って、いつも毛先整えるくらいにしちゃう…」
「ふーん、……ほら、出来たわよ」
少し角度をつけてみると、後ろにまとまったそれはポニーテールになっていた。うなじの上に巻き上げられ髪ゴムで留められた先は均等に三つ編みがほどこされている。
「すごい…」
「それから、これもつけちゃお」
「え、それはいいよ!!ただでさえ似合ってないのに!」
「なによー、私の腕じゃ不満?すっごく似合ってるわよ」
真っ向から言われてしまえば照れてしまう、赤面した顔を隠すために顔を覆い下を向いた間にソニアは彼女がつけているハートの髪飾りと同じタイプの星を飾った。
「いいわね~、これでスカートは居てたら最高なんだけど……」
「スカートは絶対ヤダ!クロバットに乗るし」
「折角ガラルにいるんだからアーマーガアタクシー使えばいいのに」
「そのタクシー?もちゃんとみてないからやだよ…」
「はいはい、今日は妥協してあげるわ。ほら私も準備するんだから早く部屋に戻った戻った」
「引き留めたのソニアじゃん……」
調度その時玄関のベルが鳴る。朝を迎えてそんなに時間は経っていない、朝刊は既に受け取っているし、十中八九、あの人だろう。
「イズ—お客さんみたいだから出て—」
「はーい…」
廊下を歩く間大分気持ちが揺れていた。理由はダンデさんが昨日別れ際にした会話。
元々、好きなものは好きだ。シンオウ地方ではホウエン地方のようにポケモンコンテストも盛んだから、私の手持ちの中には着飾ることが大好きな子達がいながらも、競い合って自分を強くすることを好むポケモン達の方が多い。
それはきっと自分の意思である反面、私が強要したせいで定めてしまった未来なんだと思うし、二重に映る光景が目の奥に焼き付いて、玄関に辿り着いて開けるまで時間を食ってしまった気がする。
「おはよう!早速だが来てくれ!」
会ったら開口一番に言おうと口を開いた瞬間、まるでひまわりのように笑顔を咲かせたダンデさんは私の手を取って外で待機していたリザードンの背に乗せて、ダンデさんも後ろにまたがった瞬間飛び立った。いってきますも言えなかった。もはや誘拐のような俊敏さ、侮れない。
*
髪結んだんだな!似合ってるぜ!
全部、ソニアさんがやってくれたんですよ
そうなのか、じゃあ見たのは二人を除けば俺が初めてか?
……そうなりますね。
どうして、うれしそうなんだろう。
*
リザードンが下りた場所には一軒の大きな家が建っていた。人を攫うように連れてきた挙句不法侵入でもするんだろうか、と思ったけどここはダンデさんの実家らしい。お洒落な洋風の家、そして隣にはまさかのバトルフィールド。この人とんでもない人だな。
「リザードン、イズも気合を入れて来てくれたことだし俺たちもそれにこたえよう」
主人に答えるリザードンだったけど違う、そうじゃない。
ポケモンバトルに意気込んでこういう格好になったわけじゃない。全部借りたものだから、といっても意味はないから私はダンデさんに会ったら言おうと思っていたことを口にした。
「ダンデさん」
「どうした?あ、そうだよな話す暇があったらバトルだ。目と目があったら開始の合図———」
「そうじゃないんです。いや、ちゃんとバトルはするんですけど……」
口ごもる私に、ダンデさんは察してくれたのかうずうずしてるであろう心を抑えて聞く態勢をとってくれた。それを見て私の気持ちも幾分かは落ち着いて、歯切れは悪いけど何とか伝えられた。
「私、旅はしてるだけで、上を目指してるわけじゃないんです」
ダンデさんの表情は変わらない、寧ろさっきよりも引き締まって…いや私の身間違いか。
意識の奥で、ずっと気になっていたしこりがようやく理解できた。
世界を照らすお日様のように輝いた瞳は、まるで心を見透かすような、真っ直ぐで、あの日初めて会った時から逃げたくて、人の挙動に敏感になっている。
境界を敷いても、簡単に乗り越えてきそうな目に見えない不安。
最近また不安が膨れ上がっている、あの夢を見てから、ずっと。
逃れるように視線を地べたの方へ彷徨わせた私は上手く笑えていただろうか、作り笑いでも乾いたものでも、それなりの形になっていれば良い。自然と握り締めていた拳の中では揃えた爪が肉に刺さっていたけれど、対した痛みはないし視線から意識もそらせることができた。
「ガラル地方に来たのも、会ったことのないポケモンに会えると思ったからで、手持ちもクロバットしかいないし」
「ポケモントレーナーなら出会いを望むのは寧ろ本分だろう!新しい出会い。新たな仲間、冒険には未知のものが待ち受けているのだから。それに相棒が一匹というのは門出を祝すのにもぴったりだ。旅立ちの日と同じだもんな」
初心にかえるみたいでいいじゃないかと、ダンデさんは褒めてくれたのだと思う。でも私は、ダンデさんのいうようなトレーナではないんだ。
初めは一人で行くのも考えたけれどそれだとポケモンにあってもゲットできる確率は低いし、何よりクロバットがついていくと言って聞かなかった。たまには地元で友達とのびのびとしてていいんだよと言っても、クロバットと仲の良いドダイトスも連れてけって促してきたから一緒に来ることを決めた。
「私、そんな、立派なもんじゃないです。
今回の旅もクロバットが行きたいって言ってくれたから一緒に行くことにしただけで…ポケモン達が居なきゃ何もできないし、自分の考えも持てない、結局、此処へ来て色んな人に迷惑をかけてる…」
「イズ、そんなことは」
「私、何も変わってない」
不意にあの感覚がよみがえる。もう3年の前のことなのに。
土煙が晴れた先で湧き上がる歓声の中、ピクリとも動かないパートナーを前に、唖然と佇んだのは紛れもない私だ。全身の熱が指の先まで一気に冷えていく感覚、視界が歪み黒ずんでいく、耳朶を打つような自身の鼓動が酷く気持ち悪くて。
「みんな優しいから、受け入れてくれるし心配して声を掛けてくれる、それはとても心強いことだけど、それに頼ってばかりじゃ、私はいつまでも強くなれない……ずっと子供のまま!!」
「イズ」
ダンデさんが名前を呼んでくれたけど今の私には聞く余裕もなくて、感情をむき出しにしてしまう。
「頼らないと何もできないくずだったから私は守るものも守れなかったし、追い続けてきた夢を目の前にして怖気づいた!!努力しても、どうあがいても、たどり着けない……」
何度も同じ思いをしながら見ないふりをして歩き続けてきた。誰に何と言われようと大丈夫だと返して前に進み続けてきた。
だけど、逃げられないというように夢を見てから、突然忍び寄ってくる影がある。逃げて言い訳はない、だからこれは、目を背け続けた罰なのだ。
そう受け入れ、注がれる器に罅が入っていたことに私は気づかなかった。知らぬ間に決壊してあちこちに障害を及ぼす私は、害悪だ。
「私は———」
「突然すまなかった」
形振り構わず吐露してれば一気に視界が暗くなる。
どうして、一体何が、そう思った時、ふわりと私を包み込んでくれた大きくて重いあのマントの香りが鼻先を掠め、伝導する熱にゆっくりと顔を上げて私はやっと状況を理解した。
あれ、私、ダンデさんに、抱きしめられてる。
「え、あの、だ、ダンデ、さん?!」
「君の気持ちを知りもしないまま、話だけ進めてしまって」
混乱して爆発した頭でなんとか言葉を探し歯切れ悪くダンデさんの名を呼べば、彼の腕はそっと力を強め私は胸板に押しやられる。
ひゃああ、私が発狂したのが原因だけど、だからといってこんなイケメンに抱きしめられて正気でいられるかぁ。完全に火照り林檎のように真っ赤になったであろう顔をそろりそろりと持ち上げた両手で覆い隠す。
「ん、少し落ち着いたかな?」
「ひゃい、あの……近いです……放して下さい」
「そうだな、もう少しこのまま話そうか」
声が裏返り窄む中抵抗をはかったがあえなく延長戦をくらった。
顔面は熱が出たのかと思うくらい熱いけれど、落とされる声に動揺した心も激しく脈打つ心臓も落ち着きを取り戻して、私がちらりと目だけと指先から覗かせれば調度ダンデさんの視線とかち合って、彼は意地悪そうに歯を見せて笑っていた。
「意地悪ですね…」
「そんなことはないさ。……イズ、君がポケモンバトルを苦手とするなら決して無理強いはしない。
だが、これまで…といっても一緒にいられたのは2日ほどだけど、君の相棒に是非、俺の長年の相棒をぶつけてみたいと思ったんだ。あの日からリザードンはどうもクロバットのことが気になるようで、何処か興奮気味だ。きっとポケモンにしか分からない気迫やオーラを感じ取っているんだろうな。
そして俺も、イズの冒険心と無鉄砲さには興味がある」
「……馬鹿にされてます?」
「そんなことは無いぜ、それに無鉄砲なのは君自身がよく知ってるだろう?」
「それは…」
的射た回答に何も返せなくて口ごもる私を見て、クスクスと笑いを零したダンデさんは端麗で誰もが見返るような風貌、ポケモン達とばかりスキンシップを取っていた私には耐えられる免疫はない。取りあえずもう一度放してくれるよう頼めば、彼はやわらかく微笑むと背中に回していた両腕を緩めてくれる。徐々に熱が離れていく感覚に寂しさを覚えていれば、完全にほどけることはなく、ダンデさんの手はそのまま私の両肩にのったから私は彼の顔を見上げた。
「誰しも夢を抱き、追いかけ、到達するため努力を重ねることだろう。原石を磨けば輝きを放つ宝石のようにね。イズのクロバットは、トレーナーに忠実であることもそうだが、昨日君が危険な目に合ってることを誰よりも早く気づいていたんだぜ。多分君は分からなかったと思うが、水面に顔を出したイズを避けて技を放っていてナマズンの動きをとめてくれた。そうしてできた隙に君を助けることが出来たんだ。
それだけでも、イズとクロバットの間に深い絆が生まれていることが分かるぜ」
上位の人間は、絆とか関係とか、簡単に言うけれど、結局は実力なのではないかと思っていまう。、火事場の馬鹿力は奇跡でしかなくて自力のぶつかり合いで上手が勝利を掴むのだから。気持ちよりもその人自身の力なんでしょう?
「流石、チャンピオンになるとそのトレーナー出なくてもポケモンのことが分かっちゃうんですね」
私は、未だに分からない。負けたあの日から旅に出て沢山のことを学んだし出会いがあったけれど、私に必要なものは何なのか、答えを探し続けてる。
「私は逃げてるだけ、やるべきことから目を背けてるだけ。いつまでも迷ってる私はポケモントレーナーである資格はない。
ダンデさんには分からないでしょう?だってチャンピオンだもん、強いもの。望むモノを手にするための力を持っているんだから」
捲し立てている内に熱の集約した目尻から一粒、二粒ととめどなく涙が零れ落ちる。
情けない、情けない。ダンデさんにぶつけたところで自分の弱さは変わらない。他人に弱みをぶつけてるなんて、ましてや会ったばかりで、それこそ助けてもらってばかりのダンデさんに。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
泣くのはみっともないからソニアから借りた服だということも忘れて目元を拭おうと腕を持ち上げた時、そっと手が重なったからばッと見れば、目じりを下げて悲しそうに笑っていた。
「少し、話そうか」
バトルフィールドの近くには屋外でイベントをするんだろう、ガーデンテーブルとチェアがおいてあり、先導してくれるダンデさんは割れ物に触れる様にそっと私の腕を引いてくれた。机を挟んで2人掛けの椅子が2つあったのだが、いま私は一人奥に詰めて座っている、ダンデさんは飲み物を取ってくると言って家の中へ入っていった。
姿が見えなくなったのを確かめて椅子に座った途端項垂れた。最低だ、暫くすれば涙も引っ込み自分の行動を後悔した。
「落ち着いたか?」
声が降ってきて近寄る人影にこくりと頷けば片手に持っていた二本を私に差し出してくれた。「どっちがいい?」と聞かれて紅茶を手に取れば掌に広がる熱、ホットだ。ありがとうございますと言って受け取って両手で包み込む。反対側に座ると踏んでいたが何気なく隣に座ったため居住まいを正した。
「…ダンデさん、さっきは、ごめんなさい」
「謝るのは俺の方だ、踏み込みすぎてしまった。すまない」
「……ダンデさんは、全く悪くないです。私が、悪くて…」
目元に手を添えれば、あたたまった指先は火照りの取れた体温には調度良く気持ちがよかった。それからどう切り出すべきか迷ってると、ダンデさんが口火を切ってくれた。
「もうソニア達から聞いているか?ガラル地方のジムチャレンジについて」
「少し……スポーツのトーナメント戦みたいな感じなんですよね?八人にジムリーダーに勝つことでそこに進めるって」
「そう、ポケモントレーナーの卵であっても誰であっても挑戦できるジムチャレンジ、だがそれを勝ち上がっても今度は勝ち抜いたチャレンジャーを倒さないとチャンピオンが待つチャンピオンカップには勝ち進めない。年に一度の開催で併合して行われるから、各地のポケモンバトルはエンターテイメントとして楽しまれているんだ」
髪は後ろにまとまってるから、垂れて顔を隠してくれることは無い。ちらりとダンデさんを見やればどこか遠くを見上げていて、ふと視線を降ろしたから私も深く俯いた。
「俺はポケモンバトルを始めた頃、負けることの方が勝つことより多かった」
「え、今じゃ10年も無敗なのに?!」
「おい、イズ。俺のことを超人か何かと勘違いしていないか?」
「そんなことはないですよ、人だとは思ってます。…だってまず想像できないですし」
チャンピオンが負ける姿、それが過去の者であったとしても今ここにいるのは無敗を誇るチャンピオンダンデさんだ。どうも想像が難しい。
そんなことをしてる私の顔はおかしかったのだろうか、ダンデさんが隣で噴き出すように笑ったから「なんですか」って言えば「イズは面白いな」って。
「俺は負けてばかりで悔しかった……だから、強くなるためにどうするべきか、どうあるべきか、悩んで、真似して、考えた。それが実ってチャンピオンになることは叶ったが、誰もが支持するチャンピオンの重圧を知った時は、怖気づいたぜ。
世代交代というのは、新しい時代というとらえ方も出来るがこれまでの均衡が崩れた意味でもある。当然前チャンピオンを尊敬する人は俺を快く思わない、罵倒されることもたまにあった。
誰も望まない人もいる、期待を寄せる人もいる。そんな板挟みの中でも俺には夢があったんだ」
「夢、ですか?」
「ああ、ガラル地方のトレーナみんなで強くなること!
イズの故郷であるシンオウ地方、それからカントー、ジョウト、イッシュ、カロス、アローラ…世界には沢山の凄腕トレーナーが居て今この瞬間も切磋琢磨しているかもしれない。
そう思ったら、俺一人が強くなっても意味はない、誰もが知るポケモンバトルをさらにガラル中で盛り上げてさらに外へ広めたい。俺が強くあれば俺を追い越そうとする者も必ず現れる。
俺はその日が待ち遠しい、チャレンジャーの力を引き出したうえで叩き潰してこそチャンピオンという存在は際立つからな!」
「…ダンデさんってSっけありますよね」
「どうだろうな!わからん!」
いつの間にか上げていた顔はダンデさんの目とかち合うけれど、今度は逸らすようなことはしなかった。皆のことを想いガラル地方の未来を願っているダンデさんの夢は偉大なものなのに、かち合った彼の瞳はきらきらと輝いていつ来るか分からない世界を純粋に待ち続ける一人の青年のような気がしたからかな。
「イズはさっき、人とポケモンの関係性を理解できるのかと言ってたね。
勿論全てを把握できるわけじゃない、ポケモンの言いたいことを全て読み取ることは出来ないしな。
だけど、リザードンが俺の思いに応えてくれるように、イズのクロバットもイズを大好きだと思うからこそついて来てくれるんだろう、少なからず、彼がキミのことを大嫌いだとは思ってない」
ダンデさんの視線の先を追ってみると、長話を初めた人間たちに先行して思い思いに技を繰り出すクロバットとリザードンの姿が。たまに戯れる様子を見せながらお互いの良さを生かした戦い方が見て取れる。
「チャンピオンであり続ける以上、俺たちも特訓して鍛えているが、ああしてリザードンに後れを取らない動きをみるからに、トレーナーであるイズの育成が良いことも分かる。
イズはどんなことを考えながら、クロバットを育てたんだ?」
「あなたのポケモン、すっごくなついているわ!きっとあなたのことが大好きなのね」
どこかのポケモンだいすきクラブを訪れた時に進化前のゴルバットのなつき具合を見てくれたお姉さんが言ったことを思い出した。
旅が順調に進んでいたころの記憶だ。———こんな大切なこと、忘れてたなんて。
「…うん、あの子はズバットの時に羽を怪我していたから他の子より飛ぶのが遅れていたんです。それが響かないようにリハビリして進化後のことも考えて筋力をつけるようにして…クロバットの翼は足が発達して形成されるって聞いていたから。今じゃすっかり回復して凄く速いんです。ギ…とにかく早くて。だからエスバータイプのポケモン達にも錯乱しながら攻撃出来て」
「なるほどな、飛行タイプだからじめん技は聞かないし、スピードの向上は回避力にもつながる……なんだイズ、凄く考えているじゃないか!」
「でも、それで正しかったのかなって思うんです。皆別の未来があったはずなのに、私の考えで皆のなる姿を決めてしまってるから」
「…それなら、ポケモン達は嫌だと言ったのか?こんなことはやりたくないと」
「…多分、言ってはいないですけれど、本当はどう思っているか、私には聞くことが出来ないし」
過去の記憶をたどるが物忘れの激しい頭、今大事なことが思い浮かばずうんうん呻ってると、ポンと頭に何かがかぶさった、ダンデさんがその手を頭にのせてはねるようにして優しく撫でてくれている。
「これは結果論でしかないかもしれないが、確かに後から悩むことは沢山ある。ああしていればよかった。この時こうしていれば…と、生きる中で後悔が重なることは何度とある。
でもな、全てを否定してしまっては、今を楽しいと思ってるポケモン達は寂しいんじゃないか?」
「……寂しい?」
腑に落ちる、納得がいく、ダンデさんの言葉一つひとつが胸にストンと落ちてくる。
そっか、あの人の言ったこと、こういうことなのかな。
「イズは優しいんだ。ポケモン達を思いやる優しさがある。
だがその気持ちが強くなりすぎて、トレーナーとしての自分を振り返っては攻め立てている、一人で背負いすぎているんだ。
……イズは早く大人になりたいのか?さっき、そう言っていたから」
「……大人になりたいです。子供だから、全然強くなれないから」
「なるほどな……確かに大人は経験が豊富でその分知識が増える。昔の知恵と合わせれば俺らが知らない常識をぶつけることもあるからなぁ、厄介な相手だぜ。
じゃあ子供の利点は何だと思う?」
「え、なんだろ……時間があること、とか?」
「いいね、他には」
まるで先生のように続きを促したダンデさんを前にして、流石に焦った私は自然と腕を組み思考を巡らす。他にどういった返答がある?
若い?年齢的な問題?体が柔らかいとか?そんなの鍛えたり柔軟すればなんにでもなれるし。うんうん呻った私だったけれど明確な答えが出せずにいればまたダンデさんは面白おかしそうに笑っていた。
「一生懸命考えてくれてサンキューだぜ。
イズの答えはちゃんと正解に繋がっているよ。
実は俺はチャンピオンに就任してから、仕事が回るようになって休みはあるけど昔のような時間は作れなくなったんだ。
だから、君の世界はどこを歩いていても突けば開く宝箱のようなものなんだぜ。
何かに追われることなく熱中することが出来て、分からないことも尋ねたり調べることに制限はない。ポケモン達が居ればどこにでも飛んでいけるし、それこそ未知の出会いがあるかもしれない。
イズ、君には無鉄砲と言ってしまったけれど、無茶とするという意味をもつ」
「う…何度も言わなくても」
「それは裏を返せばどんなことにも立ち向かう勇気を持っているということだ。
試合の話は少し気になるところがあるが、俺が知ってる限りイズは大切なカバンの為に不慣れな土地でもあちこちを探しまわっているし、深さのある沼に潜ることも厭わなかったね。諦めてしまってもしょうがない状況で君は行動して見せた。
イズは俺から見ればまだまだ伸びしろがあって冒険心を持った女の子だよ。
決して弱くない、君の信念と愛をポケモンに注ぐ立派なポケモントレーナーだ」
ズキリ、胸の奥の痛み。だけど、それは私が抱えるべきこと。ポケモン達に向ける感情とは別物。フィールドで未だ遊んでいるポケモン達を目に留めたダンデさんはもう一度私に向き直る。
「そして君の育てたクロバットは、出会ったばかりで何を言うんだというんだと思うだろうけど、今を凄く楽しんでるように見えるぜ。それは、トレーナーにとってもすっごく嬉しいことだと思うが、イズはどう思う?」
私の返事を待ってくれているダンデさんの顔は酷く優して、雨に打たれる花のよう。
なら私はさっさとにほんばれしなきゃ。
「……私も、クロバットが、皆が、今を楽しいと思ってくれてるなら、嬉しいです」
返答を受けたダンデさんはまた花が咲いたように笑って見せてスクッと立ち上がった。
私も腰を上げようかと逡巡していると目の前に手を差し出される。
「人とポケモンは共通の言語がないから本意を読み取ることは難しい。だけど、互いの気持ちを察したり、支えあったり、その信頼は目では見えないもので繋がっているんだろう。
イズ。
もし君がいいのなら、俺は君にバトルを申し込みたい。一対一のシングルマッチだ。
君のポケモン対する愛や思いを是非俺にぶつけてほしい。引き出しの増えたキミに、俺のこれまでの経験がどれほど通用するか試してみたいんだ。キミたちの絆、見せてくれ」
融通が利かなそうな人だ、闘気がビリビリと伝わってくる。
すでにこちらを見下ろす目は笑っているけれど捕食者のそれに切り替わっている。
カッコいい容姿の奥底で見え隠れするのは、勝利を欲する獣の闘牙。
でも、今私の目の前で手を差し伸べているのはチャンピオンのダンデさんでも、話を聞いてくれたダンデさんでもなく、一人のポケモントレーナーであるダンデさん。
その手を取って立ち上がった私は、二まわりは高いだろうダンデさんを見上げて破顔した。
「買いかぶりすぎですよ。私、シンオウチャンピオンに負けてますし」
「なにっ、さっきの試合の話はあのシロナさんとの者だったのか?!ますますワクワクしてきたぞ!さあイズ、直ぐバトルフィールドへ!リザードン、クロバット、少し休憩したらバトルだ!」
軽く取っ組み合っていた2匹はダンデさんの言葉を理解しお互いのパートナーの元へ戻る。
「クロバット、大分遊んでたみたいだけど、体調はどう?これからバトルできそう?」
帰ってきた相棒に問いかければ問題ないというように宙返りをしてみせたクロバット、大きく口を開きキシシと笑っている。いつもより力強く私の周りを飛び回る姿を見て大丈夫そうだと判断した私はダンデさんに一声かけた。彼の方も問題ないようで互いに定位置に着く。
「相手にとって不足なしだ!イズ、良いバトルをしよう!」
「こちらこそ、胸を借りて精一杯頑張りますね」
心の奥底で扉を打ち付けるような音がして私は咄嗟に押さえつける。
忘れないよ。だけど今はこの戦いに身を投じたい。
久々に高揚して熱がこもる。グッと握りしめた拳は爪が刺さることが無い。
プレッシャーが抜けて体が軽い。今なら、私らしいポケモンバトルが出来そうだな。
▼バトル、開始!